「……で、何が言いたいわけ?」 二人とも……とキラは翡翠と紅玉の二対の瞳をにらみつける。 「何って……」 「……あのですね、キラさん……」 二人とも同時に口を開きかけて言葉を飲み込む。 そして二人ともお互いの顔を盗み見るように視線を向けた。 はっきり言って、それが一番気に入らない、とキラは思う。 「言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよ! 男のくせに!」 だらしない、とキラはとうとう堪忍袋の緒を切った。 「キラ……」 次の瞬間、キラの耳にラクスの柔らかな笑いが届く。 「そんな風に怒らなくてもよろしいのではありませんの?」 彼女の表情は実に楽しそうだ。それが、キラには別の意味で恐ろしいと感じさせていることを彼女は気づいているだろうか。 いや、気づいていないはずがない、とキラは心中で付け加える。 はっきり言って、そういう相手なのだ、ラクス・クラインという少女は。 「今日が何日かを思い出せば、二人がそんな行動に出たのか、わかりますわよ」 だが、彼女としてはキラにヒントを出してくれているつもりらしい。あるいは、楽しみたいのはアスラン達の言動、と言うことなのかもしれない。 「何日って……今日は、二月の……」 そこまで口にしたところで、キラはようやくラクスが何を言いたいのかわかった。 同時に、シンはともかくアスランの態度にあきれてしまう。 「アスラン……君はレノアおばさまのご命日だって言うのに、そんなくだらないことでけんかしていたわけ?」 本当にあきれるしかないね、とキラは彼をにらみつける。 「そうは言うけどね、キラ」 「第一、君はカガリの恋人じゃなかったんだっけ?」 「だから、それは表向きだって……君がみんなの前で《男》で通していたことと同じだよ!」 でなければ、絶対、ユウナにあれこれされていたに決まっているんだ……とアスランは拳を振り上げながらそう言いきる。 確かにその可能性はあるかもしれない、とは思っていた。 元々は別の理由で《男》として過ごしてきたのだが、カガリ達がそう心配するから今は隠さなくてもいいのに《男》として過ごしていたことも事実。 「そういう態度が気に入らないってわかっているわけ、君は」 「仕方がありませんわよ、キラ。アスランは『朴念仁』なのだそうですもの」 ですから、多少のことは目をつぶらないとつきあい切れませんわよ……と言う言葉に頷いていいものかどうか。キラは一瞬悩んでしまった。と言うよりも、アスランにさらに追い打ちをかけていいものかどうか悩むという方が正しいのかもしれない。 「君もだよ、シン・アスカ!」 その代わりというように、キラは矛先をシンに向ける。 「君が僕を恨んでいることはよくわかっている。だからといって、今の状況で艦内の雰囲気を壊すようなことは慎んでくれないかな?」 この戦争が終わったときには、いくらでもその感情を受け止める覚悟はあるから、とキラは菫の瞳を彼に向けた。 「そういう事じゃないんです……俺は……」 俺はただ、とシンは困ったように目を伏せた。 「俺は、キラさんからのチョコレートが欲しかっただけなんです」 キラさんは、どこか妹に似ているから……と彼は小さな声で付け加える。 「僕が?」 そんなことを言ったら、彼の妹に悪いだろう、とキラは思う。きっと、その少女は自分のように血まみれの手をしているわけがないのだから、と。 「似てます……自分のことよりも、他の人のことを優先するところか……」 だから、と彼は言葉を重ねる。 「妹は……マユは毎年、チョコレートをくれたので……それで……」 それが本当なのか、キラには判断ができない。しかし、こう言われるとむげに否定するのも悪いような気がしてならないのだ。 「……まぁ……けんかをやめてくれるって言うならチョコレートぐらい……」 作ってあげてもいいんだけど……とキラは付け加えようとした。 だが、それよりも早く、 「たかだか、ザフトの紅服の分際で! キラの手作りチョコをせしめようなんて、百年早いわ!」 こう言いながら、カガリが乱入をしてきた。 キラ以上にカガリに反発を覚えているシンが、それで黙っていられるわけがない。 同時に、アスランも彼女には遠慮がいらないらしい。 目の前で始まってしまった低次元な三つどもえの戦いにキラがさじを投げたとしても誰も責めないだろう。 「……ともかく、義理チョコぐらいは作ってあげようか」 後で機嫌を取る必要があるんだし、そのくらいは……とキラは呟く。 「お手伝いしますわ、キラ」 にっこりと微笑みながら、ラクスがキラの手に自分のそれを絡めてくる。 そのまま二人は、アスラン達に気づかれないようにその場を後にした。 三人の言い争いがいつ終わったかを、キラは知らない。 そして、アスランとシンが無事にキラからチョコレートをもらえたかどうかもまた、謎のままだった。 「って……何でお前がちゃっかりとキラさんからチョコレートをもらっているんだよ、レイ!」 「そうだな。許せないな」 「八つ当たりはやめてください。荷物を運ぶのを手伝って差し上げたら、キラさんがくださっただけです」 宝物のようにキラからもらったチョコレートを抱えていたレイが八つ当たりをされていたところから推測して、二人はもらえなかったのだな。ルナマリアはそう判断をした。そして、この事実を誰に教えようかとほくそ笑む彼女の姿があったことを、彼等が知らなかったのは幸せかもしれない。 終
05.02.12 up こちらは女の子キラ。この設定で話を作っても楽しいかも……と無謀なことを。 しかし、ちゃっかりとキラからチョコレートをもらっているレイはおいしい立場でしょうか(苦笑) |