タケミカズチの中で「いいざまだな、ユウナ」 あきれたようにカガリは目の前の男に向かってこう言い放つ。 「カガリィ……これはいったい、どういう……」 「それは私のセリフだ!」 彼に最後まで言わせることなく、カガリは相手を怒鳴りつける。その瞬間、ユウナは信じられないというような表情を作った。本気でこの男は何が悪いのかを理解していないらしい。 「ボクはオーブのために戦ってきたんだよ? 兵士達の命で、国を守れるんだから、いいじゃないか。連中は国を守るためにいるんだし」 信じられない、とカガリは呟く。 戦争は、ゲームではない。一人の命の後ろには多くのものの願いがある。その願いを、少しでも多く叶えてやるのが、指揮官としては当然のことなのだ。 それなのに、この男は……とカガリは拳を握りしめた。 「カガリ」 それ振り上げようかどうしようか悩んでいた彼女の耳に、場違いとも言える可愛らしい声が届く。 「どうした、キラ?」 まさか、一人で来たのか? そう思いながら、慌てて視線を向ける。そうすれば、小さな体の背後に、見慣れた軍服が見える。しかし、それを身に纏っているのはオーブの軍人ではない。それ以上に信頼できるものだった。 「あのね。頼まれていたもの、見つけたの〜」 アンディさんに相談したら、早く教えてあげたほうがい言って言われたから、一緒に来てもらったの、とキラは笑った。それは、まちがいなくほめて欲しいという意思表示だろう。 「そうか。ありがとう、キラ」 いいこだ、とカガリは微笑む。そして、そのまま手を差し出せば、キラが持っていた袋を手渡してくれる。 「取りあえず、データーを入れたディスクとそれをハードコピーした分だ」 中身は一緒だぞ、と教えてくれたのはバルトフェルドだ。 「ちなみに、付箋がついているのが、取りあえず必要だと俺が判断した箇所だな」 いろいろと楽しいことが書いてあるぞ、と彼は笑う。 「手間をかけさせたか?」 「何。お子様が頑張っていたんだ。大人が負けていられないだろう?」 他のモノも同じように頑張っているよ、と彼は付け加える。 「そうだな。私も頑張らないと、な」 もっとも、あちらが介入してこなければ……だが、と心の中で呟く。 「あ、そうだ。ラウさんからの伝言〜」 忘れるところだった、とキラが慌てたように口を開いた。 「あいつから、なんだって?」 現在、ザフトの指揮を執っている男。そいつが何を言ってきたのだ……とカガリは思う。できれば介入して欲しくないのだが、とも心の中で付け加えた。だが、彼にしても自分の責務がある以上、あまりこちらの都合ばかり押しつけられないだろうが。 「あのね。あっちのお船からも必要な情報は抑えておくから、希望があったら教えてくれって。それとね。セイランの尻尾は掴んである、っていってた」 だから、後は好きにやっていいよって伝えてくれ、といわれたの……とキラは可愛らしい口調で告げる。 その瞬間、ユウナの顔が強ばった。 「ほぉ……私の好きにしていいと?」 「うん。手が足りなかったらね、いくらでも、貸してくれるって」 でも、オーブの人で足りるなら何も言わないし言わせないっていってた……とキラの言葉にカガリは笑みを浮かべる。 「そうか。なら、遠慮はいらんな」 もっとも、最初からする気もないが……と彼女は心の中で呟く。 「カガリ! ボクよりも、そんな子供の言うことを信じるのか!」 ボクがどれだけオーブのために頑張ってきたと思っているんだ! とユウナが騒ぐ。 「そんな子供って、僕のこと?」 キラは確認するように問いかけてくる。 「僕は、キラです。子供じゃないです」 ちゃんと名前があるもん、とキラは言い返す。 「……お前、ボクを誰だと……」 「悪い人!」 ユウナに向かって、キラはきっぱりと言い切った。その瞬間、周囲にいたオーブの軍人達からも感嘆の呟きが漏れる。 「何だと!」 「だって、そうじゃない。偉い人なら、人を死なないようにしなきゃダメなんだよ? 自分のために人に『死ね』って言う人は、悪い人だもん」 僕はそう聞いたよ、とキラはさらに言葉を重ねた。 それはおそらく、ラクスあたりが言って聞かせたセリフだろう。だが、それはまちがいなく真理だ。 そして、キラは元々それを良く知っていた。だから、全てを忘れてしまっている今までもそういいきれるのだろう。 「そうだぞ、キラ。確かに、人が死なないようにするのが一番偉い人だ」 それが戦争の最中でも、被害を少なくするのが指揮官の役目だ……とカガリは頷く。 「子供にもわかる理屈が理解できないお前は、戦争に関わってはいけないんだよ、ユウナ」 人間は駒ではない。 彼等には彼等の人生がある。 それをただの道具におとしめてはいけないのだ……とカガリはユウナをにらみつけながら口にする。 「カガリィ!」 「お前の指揮権は、今現在を持って剥奪をする。独房で頭を冷やしてくるんだな!」 もちろん、それはオーブのものではない。ザフトに頼んでおいてやるから、逃げられると思うな……とカガリはどう猛な笑みを浮かべた。 「……カガリ……」 まさか、そこまでカガリがするとは思っていなかったのだろう。ユウナは呆然としている。 「あぁ、何なら、俺が連れて行こうか?」 代わりにキラを預かっていてくれ……とバルトフェルドが提案をしてきた。 「そうだな。それが一番確実そうだ」 オーブの軍人では、万が一という可能性が捨てきれない。それだけ、五氏族家の名は彼等にとって多大な影響を持っているのだ。 しかし、バルトフェルドであれば大丈夫だろう。 「アマギ」 だが、彼だけではオーブ軍人の反発を招く可能性がある。そう思って、カガリは信頼できると思う部下の一人に声をかける。 「はい、カガリ様」 「すまないが、バルトフェルド隊長とともにユウナの護送を頼む」 「了解しました」 即座に彼は言葉を返してくる。それに頷くと、今度は隣にいるトダカに視線を移した。 「トダカ。すまないが、生き残っている者達を確認してくれ。その後、各艦の代表者を私の元へ。これからのことを話し合わなければなるまい」 「……カガリ様、私は……」 「お前は軍人としてやらねばならぬ事をやっただけだ。責任を取るべきは指揮官だろう?」 そして、それはトダカではない。言外にそう告げれば彼は頭を下げてくる。 「それまでは……キラとお茶でもするか」 少しぐらいは癒しの時間を手に入れても怒られないのではないか。カガリは心の中でそう呟く。 「うん」 そうする、とキラはカガリの腰に抱きついてくる。 「と言うことで、すまないな、トダカ」 苦笑とともに問いかければ、彼はさらに頭を下げた。あるいは何かに気が付いたのかもしれない。でも、口にしないだけの分別を持っていてくれるようだ。 「……しばらく、キラとは遊べなくなるかもしれないしなぁ」 それも、自分の役目だ……とカガリは心の中で呟く。だから、その間我慢できるようにこのぬくもりを覚えておこうと、そう思っていた。 もっとも、その決意は三日と持たなかったのだが、それはご愛敬というものだろう。 終
07.04.15 up 所詮は、キラ馬鹿ですから>カガリ |