プリン



「アスラ〜ン」
 こう口にしながら小さな体が飛びついてくる。
「どうしたんだ、キラ」
 そんな彼に向かって微笑みかけながら聞き返す。そのまま、彼の体を抱き上げてやった。
「お願いがあるの〜」
 視線を合わせると、キラはふわりと笑う。
「何だ?」
 自分にできることであれば、たいがいのことは叶えてやれるが……と心の中で呟きながら聞き返す。
「プリン、作って欲しいの〜」
 そうすれば、キラはさらに笑みを深めながらこう言ってくる。だが、その内容はアスランにしてみれば簡単な部類にはいるか、と言うものだった。
「プリン? キラの分だけでいいのか?」
 確認のためにこう聞き返す。
「じゃなくてねー、バケツに一つ、作って欲しいの」
「……キラ?」
 バケツに? とアスランは思わずオウム返しに口にしてしまう。
「そう。バケツプリン〜!」
 食べたいの、とキラは笑った。
「……作れないことはないだろうが……絶対に残すぞ」
 そういえば、昔そういわれて作ってやったことがあったな……と思い出しながらアスランはこう言い返す。作ってやった自分も自分だが、とそう付け加える。
「んっとね。僕だけで食べるわけじゃないから、大丈夫だと、思うの」
 みんなで食べるんだよ、とキラは言い返してきた。
「みんな?」
 一人で食べるのではないのか、とアスランは口にする。
「うん。ミーアちゃんがね。ラクスさんに謝りたいんだって。だから、そこでみんなで食べるの」
 どうせなら、みんなで一つのをわけて食べようと思うの……とキラは付け加えた。その方が仲良くなれそうな気がするから、と。
「そうか」
 確かに、ミーアが悪いわけではない。
 どう考えても、悪いのは彼女に嘘八百を教え込んだ変態議長だろう。それに関してはアスランも同意だ。二人とも大好きと言ってはばからないキラが、彼女たちに仲良くして欲しいという気持ちもわかる。
「そういうことなら、何とかしてみよう」
 多分、作れるだろう。そう思いながら、アスランは頷いて見せた。
「うん。ミーアちゃん、今週はここにいるって」
「わかった。あちらにも連絡を取っておくよ」
 キラの言葉に、アスランはさらに笑みを深めるとこういう。
「ありがとう、アスラン!」
 歓声を上げながら、キラがアスランの首に腕を回してきた。そんな彼の仕草をそっと背中に回した手で助けてやる。
 結局、自分はキラの世話を焼くのが好きなんだよな……とアスランは心の中で呟いた。大きなキラはそれを嫌がっていたが、このキラは喜んでくれる。
 それでも、本来のキラに会いたい。そう思い気持ちも、また事実だった。

 二日後、キラは大きな――とは言っても、今のキラの体と比較しての話だ――バケツを抱えて歩いていた。
「やっぱり、あたしが持つわ」
 そんな彼の後ろを歩いていたミーアが心配そうにこう声をかけてくる。その服装は、いつもと違って清楚でおとなしめだと言っていい。それは、やはりこれから会う人々に関係しているのだろう。
「大丈夫だよ」
 それに、とキラは笑い返す。
「女の子に重いものを持たせちゃダメなんだって。シン兄ちゃんが言ってたもん」
 指の形が悪くなるんだって、と付け加えれば、ミーアは目を丸くする。だが、次の瞬間困ったような笑みを浮かべた。
「そんなこと。気にしなくていいの」
 小さい子が、重いものを持って歩けば、背が伸びなくなるんだから……と彼女は付け加える。
「それはやだな」
 アスランみたいにおっきくなるの、とキラは言い返した。それでも、手にしているバケツは離そうとはしない。逆にしっかりと抱え直した。
「でも、ミーアちゃんの指の形が悪くなるのもいやなの。ミーアちゃんの指、好きだもん」
 なでてくれると気持ちいいから、と言いながらまた歩き出す。
「そういってくれると、嬉しいわ。これは、あたしのままだから」
 でも、とミーアがさらに言葉を口にしようとする。しかし、それよりも早く脇からのびてきた誰かの手が、キラの腕の中からバケツを取り上げた。
「女の子は大切に。いい心構えだ」
 そう言いながら笑っているのは、バルトフェルドだ。
「アンディさんだ」
 どうしたの? とキラは問いかける。
「お姫様二人に頼まれて迎えに来ただけだ。あれらが来られないのであれば、何が出てきてもおかしくはないだろう、と言うことでな」
 だから、自分が来たのだ……と彼はさらに笑みを深める。同時に、バケツを抱えている手とは反対側の腕でキラを抱き上げた。
「アンディさん?」
「この方が早いだろう?」
 それに、たまには自分が役得でもいいだろうが……と彼は笑う。
「そちらのお嬢さんもいいな?」
「はい」
 ミーアは小さな声で頷く。
「大丈夫だ。誰も、君は取って食わないから」
 ラクス様もな、と付け加えられて、ミーアはさらに身を縮める。
「大丈夫だよ、ミーアちゃん。ラクスさんは優しいから」
 きっと仲良くしてくれるよ、とそんな彼女に向かってキラは声をかけた。
「確かに。君はキラのお気に入りのようだしね。それに、あの方に協力をしてくれるなら、こちらとしても好都合だ」
 だから、心配しなくてもいい……とバルトフェルドも口にする。
「それに、せっかくのお楽しみが、それでは半減してしまうぞ。しかし、さすがアスランだな」
 本当に作るとは思わなかった、とバケツの中になみなみと存在を主張しているプリンを見ながら彼は笑った。
「おいしいよ。それに、カガリさんがいっぱい食べた言っていったんだもん」
「わかってるって」
 キラもたくさん食べるんだもんな、と言う彼に本人はしっかりと首を縦に振って見せる。
「……議長にだけは、知られないようにしないと……」
 その様子を見ていたミーアがこう呟く。
「でないと、プリンのプールを作りそうだわ」
 さらに付け加えられた言葉にキラは小首をかしげる。
「そんなの、泳げないし食べきれないからいらない」
 そのままこういった。ちょっと楽しそうな気はするけれど……と言うのは、まちがいなくキラの本音だ。でも、それを作るための労力を考えれば、やめて欲しいと思う。
「それに関しては大丈夫だろう。後でクルーゼ隊長に話をしておくからね」
 彼ならば、きちんと止めてくれるよ。意味ありげな笑みとともにバルトフェルドはこういった。
「ラウさんなら、そうだよね」
 ギルバートを止めてくれるだろう、とキラも思う。だから、彼に任せておけばいいだろう、とキラは信じていた。
「ラウさん、一緒にいてくれないかなぁ」
 そうしたら、絶対恐くないのに。この呟きに、二人がさりげなく目配せを交わしていたことにキラは気付かない。
「何。大丈夫だよ」
 ラクスからでも頼んでもらうから。そういうバルトフェルドに、キラは笑みを深めた。

 ミーアが熱烈なラクスファンだ、とわかったからだろうか。
 それとも、キラがミーアの膝の上にいたからか。
 取りあえず、二人の歌姫は友好を深めることになったらしい。
「と言うわけで、キラ。私のお膝にも来てくださいますか?」
 そして、一緒にプリンを食べましょう。そういう彼女にキラは頷いてみせる。そしてミーアの膝から降りると素直にラクスの元へと移動をした。
「あのね、お願いがあるんだけど」
 よいしょっと彼女の膝の上によじ登りながら、キラは口を開く。
「何でしょう?」
 それにラクスは優しい微笑みとともに聞き返してくる。
「今度、ラクスさんとミーアちゃんとで歌、歌ってくれる?」
 聞いてみたいの、と言えばラクスはころころと笑い声を漏らした。
「もちろんですわ。ねぇ、ミーアさん?」
「ラクス様がよろしいのでしたら、是非!」
 二人の言葉にキラは嬉しそうに笑う。そしてプリンへと向き直った。



07.03.26 up



ミーアちゃんフォロー話です。この後、きっと彼女も議長いじめのメンバーに加わるでしょう(苦笑 ラクス様、万歳。