準備



「えっとね……あのお船だと思う」
 そういいながら、キラは一隻の空母を指さした。
「そうか」
 どうしてそう思うのか、とか何かとは言わずに、アスランはただ静かに肯定の言葉を口にする。キラがそういったのであれば、まちがいないはずだ。そう確信していたのだ。
「となると……問題なのは、やはりオーブ軍だな」
 あれだけの数を相手にしていると、目標に逃げられる可能性があるし……と彼は続けた。いくら、こちらに精鋭がいても多勢に無勢ではかなり苦しいだろう、とも。
「……動けなくする?」
 やろうと思えばできるよ? とキラは彼は向かって告げる。方法ならいくらでも考えられるから、と微笑めば、アスランもまた微笑みを返してくれた。
「そうだな。それに関しては戻ってみんなと相談しようね」
 ミネルバはもちろん、カガリ達にしてもいろいろな考え方があるだろう。そういわれてしまえばそうなのかもしれない、とキラは思う。
「わかった」
 自分はあれこれ手助けをできるが、それはあくまでも手伝いでしかない。実際に動くのはアスラン達なのだ。その中の一人であるアスランがこう言うのであれば、それにはそれなりの理由があるのだろう。そう考えてキラはすぐに頷いてみせる。
「いいこだな、キラは」
 そうすれば、アスランは優しい微笑みをくれた。
「大丈夫。すぐにあの人達を確保するよ。最小限の被害でね」
 だから、今は我慢して……と囁くと同時に、彼はスロットルを切る。そのままセイバーは真っ直ぐにミネルバへと向かった。

 キラを抱えてブリーフィングルームへと足を踏み入れれば、そこはとてつもなく微妙な空気に包まれていた。その理由は言われなくてもわかってしまう。
「レイ」
 腕の中のキラに何かあっては大変だ――彼に矛先が向く可能性は全くないが、それでも万が一の可能性は否定できない。特にカガリとシンは激昂すれば周囲が見えなくなるのだ――そう思って、仲裁に入る前に彼に預けることにする。レイの方も状況がわかっているからか、即座にアスランの腕の中からキラの体を受け取った。そのまま、いつでも退避できるように、入り口のそばへと移動していく。
「……さて」
 それを確認してから、アスランはおもむろに口を開いた。
「目標の居場所は確認してきた。ただ……その周囲には地球軍だけではなくオーブの艦隊も確認できたぞ」
 この言葉に、カガリは一瞬目を丸くする。だが、すぐにその表情には怒りの色が表れた。
「ユウナ、だな……あいつ、ぶん殴ってやる!」
 絶対に! と力をこめて呟く言葉をアスランはあえて聞き流す。オーブが大西洋連合と同盟を結ばされてしまった以上、こうなることは目に見えていたのだ。
「あんたが同盟を拒否しなかったからだろうが」
 だからといって、火に油を注ぐようなセリフを口にするんじゃない。本気でそう思ってしまう。
「シン」
 取りあえず黙っていろ、と言外に滲ませながらアスランは彼をにらみ付ける。
「……本当のことだろうが」
 しかし、シンはまるで意地になっているような様子でこう言い返してきた。
「お子様だな、本当に」
 まだ、キラの方が聞き分けがいいような気がするのは自分の錯覚か……とため息が出てしまう。それは、他のものも同じだったらしい。
「いい加減にしなさい、シン!」
 タリアがきっぱりとした口調で彼に指示を出している。
「大人しくできないなら、出て行きなさい! ここにいるなら、口をつぐむ」
 どちらを選ぶのか……と言われて、シンは後者を選んだらしい。憮然と顔をしかめながらその場に立っている。
 それはそれで問題ではないだろうか。
 はっきり言って、彼の表情がカガリの機嫌を損ねているのは否定できない事実なのだ。
「だめだよ〜、シン兄ちゃん。おでこに縦線が残っちゃうよ〜」
 そんなの、かっこうわるいよ、とキラが絶妙のタイミングで口を挟んでくる。その瞬間、シンだけではなくカガリまで身に纏っていた空気を和らげた。
「……おそらく、オーブの旗艦にはあれが乗っているはずだ。あれを何とかすれば、しばらくは時間が稼げるはず」
 もっとも、軍人達が今でも自分を指示してくれていればの話だが……とカガリは口にする。その口調からは、先ほどまでの苛立ちは感じられない。
「大丈夫だと思うがね、俺は」
 バルトフェルドが苦笑とともにこう言ってくる。
「ただ……あれと地球軍の眼がある以上、彼等も無条件でカガリに味方できないだろうな」
 その言葉は間違いないだろう。
「ということは、やっぱりあれらを動けなくすることが先決だ、ということですね」
 そして、あの空母とオーブの旗艦を掌握しなければいけない。それはかなり難しいな……と思う。せめて、あちらと同程度の戦力があれば可能だと言い切れるが、このメンバーではあちらの損害が大きいだろう、とも。
「やっぱり、ウイルス、作っていい?」
 そうしたら、あっちの船を動けなくさせられるよ、とまるでアスランの気持ちを読み取ったかのようにキラが口にする。
「キラ……」
 だから、お前はそういうことをしなくてもいいんだ……とアスランはそんな彼に向かって声をかけようとした。
「ユウナのバカとでも表示させる?」
 バカなんでしょう、その人……とそれよりも早くキラはカガリに問いかけている。
「いいな、それ」
 そうなったときの様子を想像したのだろう。カガリが盛大に吹き出しながら頷いて見せた。
「お船の武器と、MSが動けなくなればいい? それとも、お船ごと、止める?」
 どっちがいいのかな? とキラはレイに問いかけている。
「……船ごと止めても、ここには空気もあるし船体が沈むことはない、とは思うが……降伏の意思表示ができなくなるのは困るか?」
「でもさ……船が動くと無謀にもつっこんでくる奴が出てこないか?」
 レイの言葉にシンがこう言い返す。
「誰が指揮官かはわからないが、そのくらいいいそうかもしれないわね」
 さらにルナマリアまでこんなセリフを漏らせば、もう結論は出たも同じなのではないだろうか。
「動きを止めてもらった方が、逃げ出されなくてすむわね」
「掌握も簡単だろうな」
「カガリさんの指示に従ってくれそうな人たちをピックアップして……艦の監視を頼んでしまえばいいわね」
 アスランは、自分が完全に蚊帳の外に置かれていることを自覚するしかない。
「……キラに任せる」
 結局、こういう結論を口にするしかない彼だった。

 数時間後、作戦が決行された。その瞬間、オーブ軍の内部でどのような反応が見られたのかは、あえて言うまでもないだろう。



07.02.25 up



アークエンジェル始動開始、でしょうか