真夜中の悪夢



「レイ……」
 枕を抱えたキラが、レイの軍服の裾を引っ張っている。
「どうした?」
 聞かなくても理由は簡単に想像ができた。だが、本人からきちんと確認しなければいけないだろう、と判断をしてこう聞き返す。
「まだ、お仕事?」
 そうすれば、キラはこう口にする。
「いや。この後は、待機だ」
 それがどうかしたのか、と言いながらキラの目線に合わせてひざをつけば、ほっとしたような表情が確認できた。
「あの、ね」
 そのまま、彼は小首をかしげる。
「お仕事ないなら、一緒に寝てほしいの」
 でないと、怖いから……と彼は続けた。一人で寝ることができていたキラが、どうしてどんなことを言い出したのか、その理由はもちろんわかっている。
「ギルは今、仕事中だから、来ないと思うぞ」
 大丈夫だから、とレイは取り敢えず口にした。
「……でも……」
 カギをロックしていても入ってくるかもしれないから、とキラは付け加える。それはものすごく怖いから、と口にするだけで、彼の瞳には涙がにじんでいた。
「アスランも、シン兄ちゃんも、レイが寝てくれるなら、一緒に寝てもらえって、そう言ってた」
 そうすれば、ギルさんが寝込みを襲いに来ないってそう言ってた、とキラはこうも付け加える。
「アスラン達は……これから勤務時間か」
 ディオキアにいる今は、さほど心配はいらないと思える。それでも、何があるかわからない以上、誰かが待機をしていなければいけないということもまた事実だ。
「レイがだめなら、メイリンちゃんのところに行きなさいって、タリアさんは言ってくれたけど、ギルさんが来たら、困るでしょう?」
 女の人だから、と言うキラの主張はもっともなものだ、とレイも思う。いくらギルバートの方にその気がなくても、周囲はそう思わないのだ。
「本当にギルも困ったものだ」
 よりによって、ここまでキラを本気で怖がらせてくれるとは……とレイはため息をつく。
「ダメ?」
 そんな彼の態度をどう受け止めたのか。キラはさらに不安を滲ませながらこう問いかけて来た。
「ダメではない」
 キラが怖いなら、一緒に寝てやる……とレイは口にする。その瞬間、キラは本気で安堵の表情を作った。
「レイ!」
「ただ、シャワーぐらいは浴びさせてくれ」
 タリアがキラにそう言ったのであれば、報告書の方も多少遅れてもかまわないということだろう。なら、キラの不安を解消してやる方が先決ではないか。そう判断したのだ。
「うん。待ってる」
 だから、早くね……とキラは言う。
「わかっている」
 だから、いいこで待っていろ……とレイは口にした。そうすれば、キラは素直に頷いてみせる。
「俺のベッドに座っていていいぞ」
 そうすれば、すぐに眠れるからな……という言葉にキラは嬉しそうに移動を開始した。それを確認してから、レイはシャワーブースに足を向ける。
「……あまり時間はかけられないな」
 言いたくはないが、ギルバートがいつ仕事を抜け出してくるかわからないのだ。
 そうなれば、絶対ここに来るに決まっている。その結果、キラの恐怖心がさらに増幅される可能性は否定できないだろう。
 元の姿に戻ったときにこの記憶が残るとは限らない。だが、心の傷はそう簡単には消せないことだけは間違いないはずだ。
 自分にとって、キラは一番の恩人で大切な相手だ。それは、自分がギルバートに抱いていたものともラウがキラに抱いているものとも違う感情であろう。それでも、特別なことは間違いがない。
 いや、特別などという言葉では言い表せないほどの感情を彼に抱いている。
 だからこそ、自分が彼を守らなければいけないのに。どうして、それをギルバートが邪魔をするのだろうか。本気でそう思ってしまう。
「ともかく……これも、ラウに報告だな」
 自分ではギルバートの邪魔をすることしかできない。だが、彼であればしっかりとおしおきをしてくれるだろう。そうすれば、キラの心の傷はこれ以上ひどくならないのではないか。
「それがいいな」
 ならば、自分はそれまでの間のキラのフォローを頑張ろう。レイはこう呟くと同時に、服を脱ぎ捨てた。

 しかし、ここまで予想通りの行動を取ってくれるとあきれるしかない。
 わざと入り口の前に置いたゴミ箱その他――もちろん、同室のシンには警告済みだ――に足を引っかけて盛大に転んだ存在がいる。端末で自分を呼び出さずにそんなことをする人間が艦内にいるわけがないこともわかっていた。となれば、答えは自ずから出てくるだろう。ともかく、放っておくわけにはいかないだろう、とレイは体を起こした。そのまま入り口の方向をにらみ付ける。逆光で表情はよくわからないが、その人物のシルエットをレイが見間違えるはずがない。
「……何をしているんですか、ギル」
 今日、ここにいらっしゃるとは聞いていませんよ……と冷たい口調で付け加える。
「何、といわれても……」
 どうやって自分を丸め込もうと考えているらしいな……とレイは彼の口調から判断をした。もちろん、そう簡単に丸め込まれてやるつもりなど、最初からない。そんなことになれば、何度でも繰り返しかねないのだ、彼は。
「そのだな」
 何とか彼が言葉を見つけたその瞬間だ。
「……レイ……」
 さすがにこの騒ぎでは目を覚まさないはずがなかったか……と思いながら、レイは視線を己の傍らに視線を落とす。そうすれば、キラが大きな瞳をこちらに向けているのがわかった。
「また、来たの?」
 こわい人が……とキラは問いかけてくる。
「……恐い人……」
 この一言がギルバートにはショックだったらしい。その場で凍り付いたのがわかった。だが、レイに言わせれば自業自得だろう。
「一度ならず二度までも同じ事をするような人は、そういわれても仕方がないと思いますが?」
 違いますか? とレイは彼に視線を向ける。そんなレイにキラはすがりついてきた。その態度に、ギルバートはまたショックを受けたようだ。
「私はキラ君のことが心配なだけだ」
 不都合がないかどうかを確認しなければならないだろう、と彼は口にした。自分は一応、彼の保護者なのだし、とも。
「キラの保護者はラウだと思っていましたが?」
 即座にレイは言い返す。
「保護者であれば、そんな風にキラ君を怖がらせないでしょう?」
 さらに、第三の声が周囲に響く。
「……タリア……」
 ぎくっと肩を振るわせると、ギルバートは彼女の名前を口にした。しかし、どうやらその場にいるのは彼女だけではないらしい。
「ちょうどよろしかったですわ。もうじき、クルーゼ隊長から連絡が入る予定ですの」
 にっこりと微笑みながら彼女はこう言い切る。
「是非とも同席してくださいね」
 いやだと言ってもつれていく、と彼女の背後に書いてあるような気がするのは錯覚ではないだろう。
「だがな、タリア……私は、是非ともキラ君の誤解を解かなければ……」
 自分は恐い人ではないのだ、と……とギルバートは口にする。もちろん、そんなことが聞き入れられるはずがない。
「そういうことは、まだお日様が昇っている最中にしてください!」
 言葉とともに、タリアはさりげなく視線を背後に流す。そうすれば、アスランとハイネが進み出てきた。二人は左右からギルバートの腕を掴む。
「ということで、艦長室でゆっくりとお話をしましょう。キラ君はおねむですしね」
 子供はゆっくりと寝ないと大きくなれませんから……と彼女は口にした。
「そういうことだから、レイ。彼のことは任せたわよ」
「はい」
 彼女に任せておけばいいだろう。そう判断をして、レイは頷く。それを合図に、アスラン達はギルバートを引きずりながら移動を開始した。
「タリア! レイ!!」
 周囲にギルバートの悲鳴のような声が響く。しかし、それに耳を貸すものは誰もいない。もちろん、この後で彼がどのような目に遭うのかも、既にレイは自分が関知するところではないと判断をしていた。
「レイ」
「もう大丈夫だ。今日は絶対に来ない」
 だから、安心して眠れ……とレイはキラに囁く。同時に、自分もまたベッドに横になった。そうすれば、キラもつられたように横になる。
「お休み」
 そう囁くレイに、キラはしっかりと抱きついてきた。



07.01.14 up



議長の変態行為第何弾でしょう。取りあえず、ディオキアでの話と言うことで(苦笑)