HOLY NIGHT「……しまった……」 カレンダーを見ていたアスランがこう呟くのがレイの耳にも届く。 「どうかしましたか?」 その膝に頭を預けてキラが眠っている。だから、大声を出すことも立ち上がることもできない。それはアスランもわかっているようだ。レイが立ち上がらなくても気にする様子を見せない。 「クリスマスなのに、ケーキを予約するのを忘れたな……と思ってな」 キラが楽しみにしていたのに、とアスランはため息をつく。 「戦争が終わったからね」 クリスマスのイベントを派手にやってあげると約束をしていたのだ、と彼は付け加えた。 「本当に、ギルも困ったものです」 その原因が誰にあるのかレイもわかっている。 彼のワガママで、ザフト――と言うよりは、ミネルバのメンバーと言うべきか――が走り回る羽目になったのは、つい先日のことだ。そのせいで、キラに寂しい思いをさせてしまったことも事実。しかし、その他にこんな弊害も出ていたのか……とレイはこっそりとため息をつく。 「ともかく、ケーキを何とかしないと……材料を買うにしても、明日じゃな……」 さて、どうするか……とアスランは顔をしかめている。 「ご自分で作るおつもりですか?」 レイの言葉に、アスランが頷いて見せた。 「それが一番確実だろうが……何を作るかな」 ブッシュ・ド・ノエルは時間的に厳しいし、キラが好きな苺のデコレーションでは材料がそろわないだろう、と彼は眉間にしわを寄せた。 「……アイスケーキは?」 「え?」 レイの言葉に、アスランが目を丸くしてこう問い返してくる。 「この前、ネットで見ていたアイスケーキをキラが『おいしそう』と言っていましたので……」 喜ぶのではないか、と思ったのだ。レイはそう言い返す。 「そうか……」 アイスクリームであれば、この近くの店でもすぐに何種類か手に入れることが可能だろう。それに、厨房にある素材からいくつかのフルーツをわけてもらえれば、それなりに見栄えがするものができるのではないか。アスランがこんなことをぶつぶつと呟いている。 「……キラとパイロットメンバーぐらいで食べる分なら、何とかなるな」 とける前に作ることも可能だろう、と彼は結論を出したようだ。 「しかし、隊長はともかくとして……あの人にまで押しかけられたら足りなくなるな」 ぼそり、とアスランはさらに付け加える。それが誰のことを指しているのか、レイにもわかってしまった。 「ギルなら放っておいてもかまわないと思いますが? いまだに、こちらからの希望を叶えてくれる気配がないのですから」 戦時中であれば、多少の遅延は黙認できた。 しかし、そもそも彼があんなことをしでかさなければ、自分たちは一番必要なときに彼の助言を得られたのではないか。 今の彼でも、十分、自分たちの支えにはなってくれた。その幼い言動が、自分たちの心を温めてくれたことも事実。 しかし、だ。 それでも、自分は本来の姿の《キラ》にあいたい。 そして、この一年の自分の行動を、その柔らかな声音で肯定して欲しいのだ。 こう思っているのは自分だけではないだろう。 アスランやラクス達はもちろん、ラウもそう思っているだろう、と言うことをレイは知っていた。 だからこそ、一日でも早く、キラには元の姿に戻って欲しい。 それが自分たちの心ならの願いであることは、間違いなく事実だ。 なのに、とレイは心の中でため息をつく。 今、腕の中にあるぬくもりも失いたくないのだ。 「……俺は、ワガママなのかもしれないな……」 ぼそっと、そう呟く。 「レイ?」 どうかしたのか、とアスランが問いかけてきた。 「いえ、何でもありません」 アスランであれば、自分の言葉を笑って聞き流してくれるだろう。だが、ギルバートがそれを耳にした場合、何をしでかしてくれるかわからないのだ。 自分は、自分と同じ存在が欲しいわけではない。 だが、ギルバートならやりかねないとしか言えないのだ。 「そうか」 何かを感じ取ったのだろうか。アスランがあえてこの一言だけでそれ以上追究してこない。 「ともかく、ケーキだな。ごちそうはケータリングですませるにしても、それだけははずせない」 かといって、自分一人ではケーキの材料を持ってくるのは難しいか、と彼は呟く。 「シンがそろそろあがってくると思いますよ」 キラのためと言えば付き合ってくれると思いますよ、とレイは即座に同僚を人身御供に差し出すことに決めた。 「そうだな。あいつを連れて行くか」 キラを起こすのはかわいそうだし……とアスランは頷く。 「と言うことで、そこいらで適当に捕まえるか」 そして、そのまま談話室を後にする。 「……ギルが乱入しないように、手を打っておかないとな」 もっとも、キラをベッドに移してからだな、とアスランの背中を見送りながら呟く。しかし、すぐには動くことができなかった。 目が覚めてみれば、ミネルバ内の様子がいつもと違う、とキラは感じてしまう。 「どうしたのかな? ギルさんが来たとか……」 だとするなら、ある程度納得できるけど……とキラは小首をかしげた。 「ともかく、着替えて……ご飯を食べに行った方がいいよね」 レイもシンもいないけど、と呟きながらベッドから滑り降りる。そうすれば、いつものようにいすの上に今日の着替えが用意してあるのが目に入った。パジャマを脱ぐと、キラはそれを素直に身につけ始める。 ボタンを留めていたときだ。 不意に端末がなった。 「……僕がでていいんだよね」 レイがいないから、とキラは呟く。あるいは、レイからの連絡かもしれないし……と思って、キラはいすを引きずりながら端末へと向かう。 そして、いすの上に乗って端末を操作する。 「はい、キラです」 何かご用ですか、いいながらモニターをのぞき込めば、ラウが微笑んでいるのが見えた。 「ラウさん!」 『起きていたね。今から、一緒にご飯を食べよう』 迎えに行くから、待っておいで……と彼は付け加える。 「はい!」 忙しいラウがここを訪ねてきてくれるのは珍しい。だから、キラは素直にうれしさを表現した。そうすれば、ラウも微笑んでくれる。 『すぐに行くからね』 言葉とともに通話が切られた。それを確認してから、キラもいすを飛び降りる。 「ラウさんが来る前に、いすを戻して……パジャマをたたんで、ベッドをきれいにしないと」 やらなきゃないことはたくさんあるの〜、と付け加えながら、キラはぱたぱたと動き出す。 レイに言われているからではなく、その方が寝るときに楽だから、というのがその理由だ。もっとも、それをギルバートに言えば『そんなこと、使用人に任せておけばいいよ』とにこやかに答えてくれた。それは違うのではないか、とそう思う。 「あぁ言う大人が、せいかつむのうしゃ、なのかな」 前にカガリお姉ちゃんが言っていたけど……とキラは呟く。 「タリアさんもそうだねって言っていたし……」 ギルバートは生活無能者なのか、とキラは小首をかしげる。 「でも、生活無能者って、どういう意味なのかな」 そういえば、調べようと思っていたのだがいつも忘れていた……とキラは呟く。 「ラウさんに聞いたら、教えてくれるかな」 それとも、とキラは首を反対側に首をひねった。 「自分で調べた方がいいのかな?」 どちらにしても、ラウに相談してみよう。キラがそう結論を出したときだ。ドアの外から入室の許可を求める音がする。 「はーい! 今開けます」 言葉とともに、キラはドアへと向かった。それでも、すぐにドアを開けることはない。レイに言われているとおり、相手を確認する。それで、ドアの外にいるのがラウだとわかったので、そこで初めてドアのロックを外した。 「ラウさん、久しぶり」 そのまま、彼の腰に抱きつく。 「元気そうだね、キラ」 重くなったかな? と付け加えながら彼は軽々とキラの体を抱き上げる。 「少しだけ、背も伸びました」 「そうか。それはいいことだね」 にっこりと笑うと、そのまま彼は歩き出した。 「ラウさん?」 「ここの食堂もおいしいが……今日はお外に食べに行こう」 司令官に、おいしいという噂のお店を教えてもらったからね……と付け加える彼にキラは微笑みを返す。だが、すぐにあることに気付いてしまう。 「僕だけ?」 レイやアスラン達は? とキラは言外に問いかけた。 「たまには、私がキラを独り占めしてもかまわないだろう?」 普段はレイ達が一緒だから、ゆっくりとできないのだし……とラウは言い返す。 「彼等にも許可は得ているからね。大丈夫だよ」 これがギルバートの言葉であれば、キラも即座に信用しなかっただろう。だが、相手はラウだ。彼がこんな時に嘘を言うはずはない。そういう認識がキラの中にしっかりと根付いている。 「じゃ、ラウさんとご飯を食べに行きます」 こう宣言をすれば、ラウは満足そうに頷いて見せた。 そのころ、ミネルバの食堂でどのような騒動が起きていたのか。ラウがキラを連れ出した理由にはそれもある。 「……何か、訓練の方がまだ楽なような気がする」 ぼそっとシンがこう呟く。 「諦めなさい!」 「そうよ、シン。でも、キラ君が喜んでくれるわよね」 「アークエンジェルの方々もいらっしゃるそうだからな。万全を尽くしてお迎えしなければいけないだろう?」 でなければ、何を言われるかわかったものではない。そういうレイにシンも渋々ながら頷いてみせる。 「それとも、アスランの手伝いをするか? 厨房の方が大変そうだが」 コック達ももちろん、ごちそうの準備はしている。だが、アスランはさらにケーキの仕上げをしているのだ。そんな彼にこき使われるのと、会場の準備とどちらがましか、と言いたいのだろう。 「……アスランのケーキは全員に行き渡らないんだろう? 簡単なケーキでも作っておいたほうがいいんじゃねぇ?」 パウンドケーキぐらいなら、何とかなると思うぞ、とシンは言い返す。 「作れるの?」 「作れないのか?」 メイリンの問いかけに、シンは真顔で聞き返した。そうすれば、彼女はさりげなく視線をそらす。 「……手持ちの材料で間に合うようなら任せる」 一応、アスランの許可をもらっておけ、とレイが告げた。 「そうする」 言葉とともにシンはその場を離れる。 「副長! それはそっちじゃなくてこっちです!」 この言葉を耳にしたアーサーが思いきりこけている姿が、しっかりと確認できてしまった。 クリスマスだから、ということで、ラウにねだって、キラはあれこれと買い物をしてきた。 「本当にそれでよかったのかね?」 少しぐらいなら援助をして上げたよ、とラウは問いかけてくる。 「でも、僕のお小遣いで買いたかったから……」 でないと、自分からのプレゼントにならないだろう、とキラは言い返す。そのために、お小遣いを貯めてきたのだし、とも。 「いいこだね、キラは」 キラの言葉を耳にしたラウはこう言って微笑む。 「そんなキラにご褒美があるよ」 言葉とともにラウはキラを連れてミネルバの食堂へと向かった。 「ラウさん?」 何かあるの? とキラは小首をかしげつつも彼の後を付いていく。 やがて二人は、食堂へとたどり着いた。 「入ってごらん」 ラウがキラの背中を押す。それに促されるまま、キラはドアを開いた。次の瞬間、彼の目が大きく見開かれる。 「クリスマスのお祝いだ〜」 そして、嬉しそうにこう叫んだ。 「キラ、おいで!」 その中心でアスランが手招く。 「キラのために準備したんだぞ」 彼の隣で、シンが笑う。 「俺たちからのクリスマスプレゼントだよ」 レイがこう締めくくった。 それにキラは満面の笑顔を作る。 「わーい!」 そして、そのまま彼等に向かって駆け出していった。 そのころ、ギルバートは山ほどの書類とともにプラント最高評議会の一室に閉じ込められていた。しかも、ここのロックは何故か最高評議会議長の彼でも解除することはできない。 「……キラ君……」 本来であれば、地球に行ってキラとともにごちそうを食べていたのに……と彼はぼやく。 だが、彼は知らない。 現在、彼を閉じ込めているこの部屋のロックプログラムを作ったのがキラであることを。そして、それを依頼したのが、彼を地球に向かわせないようにと判断をしたラウとレイだと言うことを、だ。 「こうなれば……新年だけは、意地でもキラ君と一緒に過ごしてやる」 この書類を片づけなければ、この部屋から出られない。そういうのであれば、死ぬ気で片づけてやろうではないか。その気持ちのまま、ギルバートは書類の山を崩し始めた。 終
06.12.24 up と言うわけで、アンケートの結果、ケーキはアイスケーキに決定を。しかし、いい加減、キラを元の姿に戻してやらないといけないような…… |