密談



 モニターに映し出されている光景のせいだろうか。
 ブリッジ内の空気が次第に下がっていく。
「……あの……」
 それに耐えきれなくなって、シンは思わず側にいたバルトフェルドに声をかけてしまう。いや、彼だけではなくレイも苦笑を浮かべていた。
「まぁ、あれを見ては仕方がないだろうが……」
 だから『やめろ』といったのに、とその表情のまま呟いている。
「あ〜、ミーアちゃんだ!」
 ただ一人、キラだけがそんな空気をものともせずにいつもの態度を保っていた。
「あら……ご存じですの?」
 ザフト内では彼女が《ラクス・クライン》なのではないか、と問いかけながらラクスが彼の体を膝の上に抱きかかえる。
「ギルさんの所であったの。ミーアちゃんでいいって言われたから、そう呼んでるだけ」
 でも、どうして彼女を《ラクス》と呼ぶんだろう、とキラは小首をかしげた。
「ミーアちゃんはミーアちゃんの方がいいと思うんだけど……ギルさんが『ダメ』っていっていたし」
 おかしいよね〜とキラは付け加える。
「そうですわね。その人がその人であることがよろしいのに」
 キラの言葉のせいか――いや、彼を抱きしめているからかもしれない――ラクスの態度が少しだけ軟化した。
「そう言えばね〜」
 ふっと何かを思い出したか、というようにキラがさらに言葉を口にし始める。
「ラウさんが言ってたけど、ミーアちゃんはギルさんの理想の《ラクス・クライン》なんだって」
 ぴきっと空気にひびが入ったような気がするのはシンの錯覚だろうか。
「あら、そうですの?」
 ラクスの口元が微妙に引きつっている。
「僕はラクスさんのお歌も、ミーアちゃんが昔歌っていたお歌も好きなんだけど」
 しかし、この一言で全てを元に戻すキラはさすがなのかもしれない。
「それと、ね。ギルさんは《巨乳フェチ》なんだって」
 どういう意味なのかな? と口にするキラに、何と答えればいいものか誰もが悩む。
「ラウはなんて言っていたんだ?」
 不意にレイがこう問いかけた。
「えっとね……ギルさんがまだお子様だから、っていっていたよ。だから、胸にこだわるんだって」
 大人はそんなこと気にしないって言っていたけど、そうなの? とキラが逆に聞き返してくる。
「そうだな。外見だけで人を選ぶのは失敗のものだろうとは思うぞ」
 冷静に言い返すレイがまたこわい、とシンは思う。
「だから、ギルを振った艦長は正しい選択をしたのかもしれないな」
 さらりと付け加えられたこの言葉が、それを証明しているような気がするのは錯覚か。
「あら、そうですの?」
「そうなんです。といっても、前の戦争が始まる前、ですが」
 というよりも、自分が彼の元に引き取られた頃だから、十年近く前だが……とレイは説明をする。
「若気の至りって奴?」
「あら。どこでお聞きになりましたの、その言葉」
「タリアさん。どうしてギルさんと知り合ったの、って聞いたら、こう教えてくれた」
 そんな言葉をこんな子供に教えるのか……と思ってしまう。同時に、同じ男として、少しだけギルバートを気の毒に感じてしまった。
 かつて付き合っていた女性にそう言われたらどう思うだろうか。
「まぁ、それで懲りてくれればよかったんですけどね」
 懲りるどころか悪化した……とレイがため息をつく。
「それにしても……あの恰好は凄いな」
 カガリが別の意味で関心をしたようにこう口にした。
「よっぽど、スタイルに自信があるんだな」
 まぁ、あれなら納得できないわけじゃないが……とも付け加える。
「そのほうがみんなが喜ぶからって、ギルさんが言ってたよ」
 その言葉にシンは苦笑を浮かべる。
「確かに、女性兵がいない隊もありますからね」
 だから、彼女が人気なのかな……とシンは素直な感想を口にした。
「あれなら、動くだけで胸が揺れているのが見えるからね」
 妄想だけでも十分だろうな……とバルトフェルドが頷き返す。しかし、その瞬間、彼の顔面にラクスのブーツがヒットしたのは事実だ。その様子に、ここではうかつなことを口走れない、とも思ってしまう。
「それに、あれが一番、布が多いって、ラウさんが言ってた」
 他の衣装はどんなものだったのか……と心の中ではき出す。
「……まぁ、男性ならそうでしょうね」
 何かを思い出したのか。マリューが苦笑とともにこう言った。
「それにしても、議長もただの男性だったんですね」
 誰かさんと同じ思考だわ……と彼女がさらに言葉を重ねた瞬間、女性陣だけではなく、アークエンジェルのクルーも表情を曇らせる。
「……レイ……」
「どうした、キラ」
 マリューを見つめていたキラに名を呼ばれて、レイが即座に言葉を返す。
「マリューさん、ギルさんにあわせない方がいいよね」
 絶対、彼の好みだ、とキラは言い切る。
「……確かに」
 最高評議会議長の立場であるギルバートにとって問題があるとすれば、マリューがナチュラルと言うことだ。だが、それを除けばスタイルといい容姿といい、そして、その性格といい彼の好みそのものではないか。
「ダメだ! マリューをあんな胡散臭い奴に渡せるか!」
「そうですわね。マリューさんのお相手は、私たちから見ても納得できる方でなければ」
 それに、とラクスは意味ありげに呟く。
「確認をしないといけない方もいらっしゃいますしね」
「だよな」
 問題は、どうやって連れてくるかだが、それに関しては後で考えよう、と二人は頷きあっている。その言葉に、あれこれ気になることがあるが口を挟まない方がいいだろうな……とシンは懸命な判断を下す。
「問題なのは、私たちだけでは手が足りない……ということなんだが」
「んっとね。あの人の話をしたら、ラウさんがものすごく興味を示したの。で、ギルさんを連れ帰るついでに話をしようって伝えてくれてって言われてたんだった」
 忘れていた、とキラは慌てたように口を開く。
「まぁ、そうですの」
「あいつなら……まぁ、確実だろうな」
 何か複雑な事情があるのだろう。彼女たちの言葉に微妙な感情が見え隠れしている。
「ついでに、議長をしっかりとしつけて頂くようお願いしませんといけませんわね」
 本気で議長に対する憐憫の情を抱いてしまうシンだった。



06.10.15 up



 キラがアークエンジェルにいたのは、間違いなくラクスの暴走阻止のためでしょう(苦笑)