迷子目の前に、何故かオコサマがいる。 これが街中であれば微笑ましい、と思えるのだろう。だが、とハイネは呟く。ここはザフトの本部なのだ。 「……誰かの子供か?」 だとしても、ここまで来るはずはない。 しかもだ。 あのオコサマはまるで通い慣れているかのように、しっかりとした足取りで進んでいっているではないか。 「取りあえず、確認させてもらいますか」 何かの理由――ここの特殊性を考えれば可能性は低いだろうが――があってここを訪れたのなら、取りあえずそこまで連れて行ってやる。だが、そうでない場合はお尻を一つ叩いて――ここまで潜り込めたその実力と幸運を考慮して、だ――そのままお引き取り願おう。そう考えて、彼は気配を消してオコサマに近づいていく。 だが、意外なことにオコサマはしっかりとハイネの存在に気づいてしまったようだ。 驚いたように視線を向けてくる。 もっとも、そうしてくれたおかげでハイネとしてはその小さな体を簡単に確保できたわけだが。 「こら、坊主。勝手に入ってきていいところじゃないぞ、ここは」 ともかく、腕に抱きかかえながらこう言ってみる。 「勝手に、じゃないもん。ギルさんとラウさんがいいって言ってくれたもん」 許可書もくれた……と言いながら、オコサマは首から下げていたカードをハイネの目の前に差し出した。 「あらららら……」 そこには、ハイネどころかそれよりも偉い人間でも文句が言えない相手の名前が直筆で書かれている。 「と言うことは……クルーゼ隊長の所に行く用事でもあったのかな?」 ならば仕方がないのか。そう思いながらこう問いかけた。 「御用事じゃないの。家出なの、僕」 だが、オコサマ――キラの言葉はハイネの予想をさらに超えたものだった。 「ギルさんに愛想が尽きたの。だから、ラウさんのとこに家出してきたの」 ラウさんもいいって言ってくれたから。明るい声で告げられるその内容に、頭を抱えたくなってしまう。 「お兄さん?」 どうかしたの? と問いかけてくれる言葉が、辛うじてハイネをこらえさせてくれていた。 「ご苦労だったね」 キラを抱きかかえて現れたハイネを見て、ラウは微苦笑を浮かべながらこう言ってくる。 「申し訳ありません。差し出がましいことをしてしまいました」 ハイネは素直にこう言いながら、キラの体を下ろした。 「ありがとうございました」 キラはまずぺこり、とハイネに向かって頭を下げる。そして、次の瞬間、ラウの方へ向かって駆け出していった。 「転ばないように気を付けなさい」 そんなキラに向かって、ラウが優しい口調で注意をしている。その口調からも彼がキラを大切にしている、と言うことが十分に伝わってきた。 「ラウさん!」 そうしているうちにラウの元にキラは到着をする。その体を、彼は自分の膝の上に抱き上げた。 「で、今回の家出の理由は何なのかな?」 そのまままっすぐにキラの瞳をのぞき込みながらこう問いかける。 「あのね……お昼寝から起きたら、知らないお姉さんが一緒にねてたの。でね。誰ですかって聞いたら、ギルさんのお客様だって」 どこかで見たような気がするんだけど、でも違うような気がするの……とキラは付け加えた。 「どのような人かね?」 ふっと眉を寄せながらラウがキラに確認を求める。その言葉を聞きながら、自分がここにいていいのだろうかとハイネは悩む。だが、出て行けとも言われないからいいのか、と言うことにしよう……と心の中でこっそりと付け加えた。 「えっとね。ピンクの髪で、お歌が上手で……胸がおっきい人!」 最初の二点に関してはハイネにも思い当たる人物がいる。しかし、最後の一点に関しては、絶対とは言わないが、かなり違うような気がしてならない。 もちろん、自分の記憶の中にあるのはもう二年近く前の彼女の姿だ。だから……と思わなくもない。それに、キラの言う『大きな胸』という基準が誰にあるのか、とも思うし。 「そんなに大きかったのかな?」 「んっとね……この前もらったボールぐらい」 だからこのくらい、とキラは手で丸を作ってみせる。それは、まさしく巨乳というレベルだろう。ならば、絶対的に彼女ではないな、とハイネは結論を出す。 「そうか……」 同じ結論にラウも達したらしい。壮絶な微笑みを口元に浮かべた。 「ラウさん?」 どうしたの? とキラが不安そうに口にする。 「何でもないよ。ただ、あの男の悪い癖が出たな、と思っただけだ」 本当に、胸の大きな女性が好きだな……とも。 「……議長は巨乳好みだったのか……」 まぁ、それに関しては個人の趣味だから、自分が口を出すことではないだろう。しかし、とハイネは心の中で付け加える。 「あの方の偽物がそれ……っていうのはまずいんじゃないのかな……」 どこにいるのかはわからないが、本人が出てきたときにどうするんだよ……とそうも思う。それとも、本物をどうにかしようと言うのか、彼は。 「確かに、偽物の存在を認められるかどうか……はわからないね」 あの方の性格であれば……と同意をする声が飛んできた。 「……聞こえてましたか?」 まずい、と内心で呟きながらも、ハイネはこう問いかける。 「残念だが、しっかりと、な」 もっとも、だからといってどうと言うことはないが……と彼は笑う。 「……そうですか……」 どこまで信用していい物か……とハイネはちょっと悩む。確かに、自分はFAITHという立場ではあるが、目の前の相手はそんな自分よりも上と言える存在なのだし、と。 「あの男を個人的に知っている人間は、皆納得するだろうからね」 もっとも、他人の前ではあまり口にしない方が身のためだろう……と彼は笑う。 「……ギルさんって、胸がおっきな人が好きなの?」 素朴な疑問……と言っていいのだろうか。キラがこう言って小首をかしげて見せた。 「そうだよ。グラディス艦長を覚えているだろう?」 この言葉に、キラはしっかりと首を縦に振ってみせる。そして、ハイネもラウが告げた人物の顔をしっかりと脳裏に思い描くことができた。女性でありながら的確な判断力を持っていて、経験がないにもかかわらずミネルバの艦長に選ばれた女性だ。 「昔、ギルは彼女に惚れていてね。もっとも、しっかりとふられたわけだが」 その時から、彼女の判断力は的確だったといえるだろうね……と言う言葉に同意をしていいものかどうか。 「ギルさん、ふられたの?」 「そうだよ。他にも、何人か声をかけているようだが……皆同じように胸が大きい女性だったな」 どうやら、女性は胸が大きい方がいい……と言う間違えた認識を持っているようだよ。ラウは苦笑とともに言葉を重ねていく。 「胸の大きさよりも、もっと大切なものがあるのだよ」 それはそのうちキラもわかるようになるだろうがね……と彼は締めくくった。 「と言うことで、私はあの男にいろいろと話を聞きに行ってくるが……キラはどうするかな?」 一緒に行くか。それともここで待っているか……とラウはキラに問いかけている。 「ラウさんと一緒に行った方が、いい?」 ギルさんに嫌がらせになる? とキラは小首をかしげて見せた。そのしぐさはものすごく可愛いのだが、内容はちょっと、と思ってしまう。 「そうだね……でも、その間にキラの側にいてくれる人がいないか」 さて、どうしようか……とラウは悩むような仕草を作る。 「こう言うときに、レイがいてくれればよかったのだがね」 「……じゃなかったら、イザークさん達の所に行ってきていい?」 ディアッカさんに遊んでもらうの……とキラは笑う。 「ふむ。そっちの方が安全かもしれないね」 彼等であれば、自分も安心だ……とラウは頷く。 「そう言うことだからね、ハイネ。この子をジュール隊に届けてくれないかな? ジュール隊長には私の方から連絡を入れておく」 「わかりました」 そう答えるしかないだろう。そう思っているハイネの元に、キラが全力で駆け戻ってくる。そして、そのまま長い足に抱きついた。 その後、ギルバートとラウの間でどのような話し合いが行われたのかはわからない。だが、キラの家出が今回も半日で終わったことは間違いようのない事実だった。 終
06.09.11 up 議長の女性の趣味は適当です(苦笑)まあ、後に続いている話と関連性がありますので、こういう事に。 |