言葉



 あの日までは家族が毎年祝ってくれた。
 あのころの俺は、それが鬱陶しくてならなかったことは否定できない。
 でも、それを失った今となっては違う。
 そんなことが言えたのは、次の年にもまた同じような機会があるとわかっていたからだ。それが二度と手には入らない今となっては、どれだけ貴重な物か、いやと言うくらい身にしみてわかる。
 でも、時間は取り戻せない。
 失ったものも同じだ。
「……誕生日なんて、来なけれりゃいいのに」
 そうすれば、失ってしまったものを思い出す事なんてないのに。
 こう呟くと、俺は頭から毛布をかぶって堅く目を閉じた。

 今年も、そんな一日を過ごさなければいけないだろう、とシンは考えていた。それくらいだったら、誰にも自分の口から誕生日なんて教えない方がいい。そうも思う。
「ここでは……俺は厄介者だろうし、な」
 プラントでもそうだった。
 デュランダル前議長に最後までしたがった自分を誰もがもてあましていたと言うことにも気づいている。
 だから、ラクスからオーブに行くように言われても意義を挟まなかった。
 どこに行っても同じだ。
 だから、言われたとおりにする方がいいだろう。そう判断したのだ。
 もっとも、まったく異論がなかったわけではない。オーブにはアスランがいる。その彼が、自分を見てどのような反応を見せるのか。それが疑問だった。
 それ以上に恐かったのは、フリーダムのパイロットが自分を見てどんな反応をするか、だったかもしれない。
 自分は、彼をあれだけ憎んでいたのだ。相手も同じような感情をぶつけてこないとは限らない。そのことを、あのころの自分は気づかなかった。いや、気づこうとはしなかったのか。
 それを認識したのは、誰も自分のことを必要としなくなったせいで考える時間だけはたくさんできたからかもしれない。
 もっと早くこれに気が付いていたら、もっと別の道も選べたのだろうか。その先には、自分が大切だと思っていた人が全て微笑みながら待っていてくれたのかもしれない。もっとも、今更そんなことを言っても仕方がないということはわかっているが。
「シン・アスカ。準備はできたな?」
 その時だ。シンの耳にイザークの声が届く。
「はい」
 言葉とともに、小ぶりのバッグをシンは持ち上げる。そして、イザークの元へと歩み寄っていった。

 しかし、自分が預けられることになっていたのがまさかフリーダムのパイロット――キラの元だったとは予想もしていなかった事実だ。同時に『これは、かなり邪険に扱われるんだろうな』と覚悟を決めたことも嘘ではない。自分が彼にしたことを考えればそれが当然だろう、と。
 だが、事態はまったく違っていた。
 キラが暮らしていたのは、孤児院をかねた家だったのだ。
 前の戦いのおりに両親を失った――ある意味、シンと同じ立場の子供達とキラは一緒に暮らしている。
 本来であれば、キラの立場を考えれば別の場所にすまなければいけないのだろう。しかし、今まで一緒にいたラクスがプラントへと行ったために子供達が寂しがっているのだ、と。その上キラまでいなくなってしまえば、彼等の気持ちが不安定になってしまうのではないか。
 そう判断をした周囲の者が、彼等が落ち着くまでという条件付きでキラがここに残ることを認めてくれたらしい。
「あの子達の面倒を見るのを、手伝ってくれないかな?」
 シンの顔を見たキラが、一番最初に口にしたのがこのセリフだった。
「俺が、ですか?」
「そう。今までは、昼間は僕やラクスが一緒にいたんだけど、ちょっと無理そうだから。夜になれば、みんな帰ってくるんだけどね」
 まぁ、それはそれで一騒動だけど……とキラは苦笑を浮かべる。
「さすがに、母さんやマルキオ様だけじゃ子供達を見張ってられないから。ダメ、かな?」
 そのまま、彼は首をかしげるとこう付け加えた。
「……ダメって、わけじゃないですけど……」
 しかし、どうして自分が……とは思う。
「なら、お願いね」
 みんな、喜ぶと思うから……とキラは嬉しそうに微笑んだ。その表情から判断をして、一番喜んでいるのは彼なのではないか、とそんなことも考えてしまう。
「……はい」
 どうでもいいけどな、とシンは心の中で呟きながらも頷き返す。結局、どういわれようと自分に選択権なんてないんだから、とも。
「それとね。よければ、車の免許も取ってくれるかな。そうすれば、買い出しもお願いできるし」
 もちろん、費用はこちらで持つよ……とキラは笑う。
「あの……」
「それまではバイクを使ってね。適当に借りておいたから、気に入らなかったら言ってくれるかな?」
 どうしてそこまで、とシンは口にしようとした。しかし、それよりも早くキラはこう口にする。
「……まぁ、詳しいことは落ち着いてから、ね」
 まずは荷物を置いて、みんなに紹介しないと……と言われて、どう反応をすればいいのかシンにはわからない。
 わからないと言えば、いったい彼は自分をどうしようとしているのか。
 自分に何を望んでいるのか。
 何もかもが自分が予想していたことと違う。
「荷物はこれだけ?」
 そんなシンの困惑に気づいているのかいないのか。キラは言葉とともにシンの鞄を取り上げた。
「自分で持ちます!」
 そのまま歩き出そうとする彼の手からシンは慌てて鞄を取り返す。
「別にいいのに」
 小さなため息とともにキラはこう言い返してくる。
「そういうわけにはいかないんです!」
 シンの叫びが周囲に響いた。

 考えてみれば、キラという存在には最初から振り回されてばかりだ。
 それでも、とシンは心の中で呟く。そんな風にしてくれたからこそ、自分は余計なことを考えないですんでいるのかもしれない。そして、ここにいる人たちが何のこだわりもなく受け入れてくれることになったのではないだろうか。
 そんなことを考えながら、ベッドを抜け出す。
 無意識に確認したカレンダーの日付に、シンは思わずため息をついてしまう。
「そういや、今日は……」
 自分の誕生日だったな、とシンは呟く。だからといってどうなるものでもない。今の自分は、ただ年齢を無駄に重ねているだけだしな……とそう思うのだ。
「今日は天気がいいから……朝飯を食わせたらちび達を散歩に連れて行くか」
 その間にカリダや年上の子供達が洗濯や掃除を終わらせてくれるだろう。そう考えて、シンは手早く着替えを始める。
「ちび達が素直に飯を食ってくれれば、買い物にも付き合えるかな」
 無理なようなら、今日はキラが『休みだ』といっていたから、彼に任せてしまえばいいか。
 そう思いながら、脱いだパジャマをベッドの上に放り投げる。そして、そのまま部屋を出た。
「シンだ〜〜」
「おはよう」
 即座に子供達の数人が駆け寄ってくる。他の者達は、と思えば、既にキラに絡みついているのがわかった。そんな子供達をキラが微笑みながら相手をしている。
 彼等の言葉でシンの存在に気が付いたのか。キラが視線を向けてきた。
「シン君、おはよう」
 柔らかな声が、心地よいと感じる。
「おはようございます」
 どうして、あれだけ彼を憎むことができたのか。今となってはまったくわからない。あるいは《キラ》本人を知る機会を得たからなのかもしれない、と思う。
 まぁ、どちらでもいいけど……と心の中で呟く。
 このやさしい時間が続くなら、それでいい。
 自分がかつて手にしていたものとは違うが、それでもここは同じくらい温かいのだ。
「あぁ、そうだ」
 キラが何かを思い出した……と言うようにこう呟く。そのまま、視線を周囲の子供達に向ける。そうすれば、彼等は小さく頷いて見せた。
「シン」
 そのまま、シンに視線を向ける。
「今日、お誕生日なんでしょう?」
「おめでとう!」
「おめでとう」
 そして、彼等は口々にこう言った。
「……何で……」
 自分の誕生日を知っているのだろうか。誰にも教えていないのに、と。
「ごめんね。みんなに聞かれたから教えちゃった」
 職権乱用かな、とキラは小さな笑いを漏らす。
「でも、ここにいる以上、家族のようなものだし……家族なら、誕生日のお祝いをするのは普通だから」
 だからね、と言うキラの言葉にシンの胸の中にあった何かが壊れる。その代わりに涙があふれ出す。
「シン君?」
 どうしたの、とキラが慌てたように問いかけてくる。
 いや、それだけではない。
 彼はシンのそばに歩み寄ってくると、そっと肩を抱きしめてくれた。
「俺……」
 キラの肩に額を押しつけるとそのままシンは何かを口にしようとする。しかし、うまく言葉が出てこない。
「……何も言わなくていいからね。せめて、みんながお祝いの準備をするまでには泣きやんでね」
 それまで、こうしていてあげるから……とキラは囁くとともにそっと髪をすいてくれる。そんなキラに、シンはぎゅっと抱きついていった。




06.09.02 up



 なんか……無駄なシリアスになってしまいましたね。
 戦後話のねたから無理矢理引っ張り出したのがまずかったのでしょうか(苦笑)