キラは、普段ネオ――フラガの私室から滅多に姿を現すことはない。それは、彼がコーディネイターだというだけではなく、地球軍の軍人ではない、と言うことも関係している。自分が下手に動いてフラガの足を引っ張ってはいけないと考えているのだ。
 だが、そんなことを考えるものは艦内にいなかった。
 彼の存在は、間違いなく自分たちにとって必要なものだから、だ。
 だから、別段、出歩いたところで気にする者はいない。そして、そのことをキラにも伝えている。
 しかし、キラはその言葉を耳にしても部屋から出ようとはしない。口には出さないが、それがフラガの望みなのだと彼は気づいていたのだ。自分が彼の腕の中にいること。その状況を続けるためならフラガは何でもするだろう。だから、そんな彼を安心させるためにキラはここにいるのだ。
 しかし、そのことで文句を言っていたのは、意外なことにあの子供達だ。
 だが、逆に言えばフラガの部屋に行けばキラはいつでもいる。
 そのことを認識してからは、その文句は多少減ったようだ。もっとも、それではキラを独占できない……という理由で文句を口にしていたらしい。それを真っ正面からぶつけられてな、といいながらフラガがキラに甘える口実にしていたことも事実ではあった。
「……キラ……」
 そんなある日のことだ。
 こう言って、ステラがドアから顔を覗かせる。
「どうかしたの?」
 紅一点の彼女に向かって、キラは優しい笑みを浮かべた。そして、おいでと手招く。そうすれば、ステラがいつものようにふわふわとした仕草で近寄ってきた。
「あのね……お願いがあるの」
 そして、こう口にする。
「お願い? 僕に?」
 何? とキラは小首をかしげて見せた。
「僕にできること?」
 そして、さらに言葉を重ねれば、ステラは頷いてみせる。
「一緒に……作って欲しいものがあるの」
「……何?」
 ステラがこう言ってくるのだから、きっと、軍に関係したものではないのだろう。だが、それ以外で彼女が何を……と思うのだ。
「んっとね……チョコレート」
 だめ、とステラは聞いてくる。
「……チョコレートって……どうして……」
 何で自分が作らなければいけないのだろう。そもそも、どうしてステラがこんな事を言い出したのか、キラにはすぐに理解できなかった。
「ネオがね……明日は二月十四日だねって……バレンタインでしょ?」
 だから、チョコレート、と彼女は付け加える。
「……あの人は……余計なことを」
 ここが戦場で、今は戦争の真っ最中だとわかっているのか……とキラは思う。
 あるいは、自分が欲しいからそんなことを言ったのか。
「スティングとアウルが欲しいって……でも、一人だとうまくできるかわからないから」
 しかし、ステラの気持ちを無視することはできない、とキラは思う。
「僕も、作ったことはないから、どうなるかわからないよ?」
 一応、作り方は調べてみるけど……とキラは微笑む。いざとなれば、市販のチョコレートをとかして適当に形を作るだけでもいいだろう。そんなことを、ミリアリアが口にしていた覚えがあるのだ。
「じゃ、頼んでくる」
 厨房の人に使わせてもらえるように……とステラは口にすると、そのまま外へと飛び出していく。
「ステラ?」
 止める間もあればこそ、というのはこういう事を言うのだろうか。
「まぁ、ステラのお願いは珍しいから」
 他の二人と違って……とキラは苦笑を浮かべる。
「……ともかく、初心者でもできるレシピを探しておこうかな」
 失敗したら、今回の騒動の首謀者に責任を取ってもらえばいいし……とキラは心の中で付け加えた。

 しかし、これが別の意味での大騒動に発展するとは思ってもいなかった。このときは、まだ。

「……艦長?」
 いきなり何を言うのだろうか、彼は。そう思いながら、キラはイアンを見上げる。
「ですから……小さいのでかまいませんので、艦の人数分のチョコレートを用意して頂ければ、皆が喜ぶと思うのですよ……」
 もちろん、大変なことはわかっているが、この状況である以上、乗組員の士気を大切にしたいのだ、と彼は付け加えた。
「ですから、何で僕に……」
 自分ではなく、厨房の人間に頼めばいいのではないか、とキラは言外に問いかける。
「普段、大佐が君を独占しているのでね。なかなか見られないと陳情が来ているのだよ」
 ますます意味がわからない。キラは思わず小首をかしげてしまう。
「皆の気分転換、と言うことで、頼めないかな?」
 そうすることが、いざというときどれだけ実力を発揮できるかをキラは知っていた。しかし、この間に乗り込んでいる人間全員となれば、どれだけの数が必要なのか。
「……当分、チョコレートが食べられなくなりそう……」
 キラは思わずこう呟いてしまう。
「すまない」
 そんなキラに向かって、イアンが頭を下げる。そんなことをされても……とキラは思うが、あえて何も言わない。
 まぁ、自分は暇なのだし、そのくらいぐらいは協力するしかないだろうな、と心の中で呟く。それでも、これだけは釘を刺して置かないとと口を開いた。
「では、あの人をしっかりと見張っていてくださいね」
「わかっている。大佐にばれたら、絶対に邪魔されるだろうからね」
 本当に独占欲が強い方だ……とイアンは苦笑を浮かべた。そんな彼に、キラも曖昧な笑みを返す。
「準備はできているはずだからね」
 この言葉に頷くと、キラは厨房へと向かった。

「……ムウさん?」
 当日、ものすごく不機嫌そうな表情のフラガに押し倒されて、キラは目を丸くする。
「坊主、お前な」
 そんな彼に向かって、フラガはわざとらしくため息をついて見せた。
「義理チョコを作るのはかまわないが、本命の俺になにも持ってこないっていうのは何なんだ?」
 期待していたんだぞ、と彼は口にする。
「だって……ムウさん、甘いもの苦手でしょう?」
 だから……とキラは言葉を続けようとした。しかし、その言葉はムウの唇であっさりと封じられる。ようやく解放されたときには、もう、言葉をつづれない状況に追いやられていた。
「確かに、甘いものは苦手だからな……その分、坊主をもらうとするか」
 にやりと笑うと彼はキラから衣服をはぎ取り始める。
 いつもしていることと、何が違うんだ! と言うキラの叫びは、結局誰の耳にも届かなかった。

 翌日、ベッドの中で蓑虫になっているキラと、そんな彼に必死に謝り倒しているフラガの姿があったのは言うまでもないことだろう。


05.02.12 up



ステラとの会話を書きたかっただけ……とも言える話ですね。この二人は仲がよさそう。