1話の後



「……どこに行くの?」
 腕の中でキラがこう問いかけてくる。
「ミネルバ、だ」
 多少の問題はあるだろうが、あそこが一番安全だろう。そう思ってレイはこう言い返す。
「……ミネルバ?」
 レイの言葉に、キラは小首をかしげてみせる。
「きれいな船だぞ」
 こう言って微笑んでやれば、キラは嬉しそうにレイを見上げてきた。
「お船。ギルさんが見せてくれるって言ってたの」
 でも、お仕事が忙しくてなかなか連れて行ってもらえなかったのだ、とキラは付け加える。と言うことは、キラがこの姿になったのはここ二、三日、と言うことではないのだろう。
「そうか」
 いろいろと確認をしなければいけないな、と思いながらも、レイはキラを抱きかかえたままエレカへと乗り込んだ。
「お出かけ〜」
 それが嬉しいのだろう。キラは楽しげに笑い声を立てる。そんな彼の様子が、レイも嬉しかった。

 しかし、ミネルバではそういうわけにはいかない。
「レイ……」
 どうしたの、その子……とタリアが問いかけてくる。もちろん他の者達の視線も彼の腕の中にいるキラへと向けられていた。
「議長から預かってきました」
 言外に、彼の側に置いておくのが危険だから……と付け加える。
「そうね。それに関しては否定できないわ」
 即座にタリアが頷いた。
「議長も悪い方ではないのだけど、構い過ぎるわ。レイはよく知っているでしょうけど」
 それこそ、横のものを縦にもさせない、とタリアは苦笑を浮かべる。
「それでは、子供の成長に悪影響しか与えないわ」
 レイの時は、そばにクルーゼがいてくれたからこそそこまでひどくはなかったのだし……と彼女はさらに苦笑を深めた。
「そう言うことです」
 そう言えば彼等は昔からの知り合いだったな、と思いながらレイは頷く。ひょっとして、デュランダルと彼女が別れたのも、それが理由だったのだろうかとも思う。もっとも、そんな個人的なことは問いかけるわけにはいかないだろうが。
「それに関わって、クルーゼ隊長に連絡を入れたいのですが」
 報告と、相談しなければいけないことがある……とレイはいつもの口調で告げた。
「ラウさん?」
 どこにいるの? とキラは顔を上げる。そのまま周囲を見回した。
「あらあら……」
 可愛らしいその仕草に、誰もが微笑む。
「ちょっと待ってね。メイリン?」
「はい。今、手続きを取ります」
 ぼーっと見ていたメイリンが慌てたように姿勢を変える。
「艦長……できれば、人目が着かないところでクルーゼ隊長と話をさせて頂きたいのですが」
「わかっているわ」
 二人の会話を他人に聞かせれば、デュランダルに対するイメージがぶち壊されてしまう可能性があるのだ。一応、あのカリスマ性で人々を掌握している彼なのだから、せめてイメージぐらいは守ってやろうとタリアも考えているのだろう。
「通信設備のある場所に移動して会話を許可するわ」
 一応、記録だけは取るが……と苦笑を浮かべる彼女に、レイも頷いてみせる。
「仕方がありません」
 規則である以上、とレイは口にする。
「ところで、その子は同席させるの?」
「その方が説明が早いかと」
「……わかったわ。それまでは、お膝に来る?」
 お名前は? と問いかけながらタリアは優しい微笑みを浮かべた。そう言えば、彼女は一児の母だったな、と思いながら、レイはキラの体を床に下ろす。
「キラです」
 ぽんっと背中を叩いて促せば、キラは満面の笑みとともに自分の名前を口にする。そして、そのままぺこりと頭を下げた。
「キラ君……いいお名前ね」
 礼儀正しいその仕草に、タリアはさらに笑みを深めた。
 これならば大丈夫だろう。レイは内心でほっと胸をなで下ろしていた。

 何か不安を感じていたのだろうか。
 予想以上の早さでクルーゼと連絡を取ることができた。
「お久しぶりです」
 レイはこう声をかける。だが、クルーゼからの反応はすぐには戻ってこない。彼の視線はまっすぐにレイの腕に抱かれたキラに向けられていた。
「ラウさんだ〜」
 しかし、キラは違う。
 ひょっとして、完全ではないが《キラ》としての記憶があるのだろうか。
 それとも、デュランダルが教えたのか。
 確かめようがないのが厄介だ、とレイは思う。
『……ひょっとして、キラ、か?』
 ようやくクルーゼが口を開く。
「は〜い! キラで〜す」
 自分の名前を呼んでもらったのが嬉しいのだろう。キラはこう言って手を振ってみせる。だが、クルーゼは苦虫を噛み潰したような表情を崩さない。
『レイ……』
「俺たちが留守にしている間に、ギルがキラさんに何やら怪しい薬を飲ませたらしくて……」
 すみません……と自分のせいではないが謝罪の言葉を口にしてしまう。
『いや、君のせいではない。そうなる可能性があったのに、キラから目を離した私にも責任はあるな』
 いくらあの男の命令だったとはいえ……と付け加えたところでクルーゼの眉間にしわが寄った。
『最初からそのつもりで仕事を押しつけたわけではあるまいな』
 そして、こう呟く。
「……否定できないですね、それに関しては」
 いくら自分でも、とレイはため息をついてみせる。
 そんなレイの腕の中で、キラは首をかしげつつ、何かを考え込んでいる。
「キラ、どうかしたのか?」
 具合でも悪くなったのか。そう思って問いかける。
 デュランダルが使った薬の成分がわからない以上、キラにどのような副作用が出てくるのか、本当に予測できないのだ。
「何で、お面、付けてないの?」
 しかし、キラの口から出たのはこんなセリフだ。
「キラ?」
「ラウさんは、あのお面付けてないとラウさんじゃない〜〜」
 だから、どうしてそういう主張になるのか。
 それよりも、キラの記憶はどうなっているのかの方がレイには気になった。ひょっとして、あの辛い日々のことも覚えているのか、とそう思う。
『隠す必要がなくなったからだよ。キラは私の顔が嫌いなのかね?』
 クルーゼも同じようなことを考えているのではないか。だが、まったくおくびにも出さないところはさすがだ、と思う。
「ん〜〜! 嫌いじゃない」
『ならかまわないだろう?』
 キラの言葉に満足そうに頷きながら、クルーゼはこう言い返している。そのまま、彼は視線をレイへと向けてきた。
『書類上のあれこれは私が引き受けよう。悪いが、私が戻るまで、キラを預かっていてくれ』
 でなければ、あの男が何をしでかすかわからないからな……という言葉には、レイも同意だ。
「もちろんです。キラはいいこだから、ちゃんと言うことを聞けるものな?」
「うん」
 きっぱりと言い切るキラの態度から、やはり根本は変わっていないのだ、とレイは安心をする。
『そうか。あぁ、必要なものは運ばせる。だから、あの男にキラを渡すなよ』
「はい。幸い、グラディス艦長は事情を飲み込んでくださっているようですので」
 キラの正体以外は……とレイは言外に付け加えた。
『彼女であればそうだろうな。彼女自身のためには別れて正解だったと思うが……あの男を監視するという点に置いては、な』
 まぁ、それでも協力をしてくれるのであれば文句は言えまい……と苦笑を浮かべる彼に、レイは同意をするしかできない。
『そう言うことだからね、キラ。レイの言うことを聞いていいこにしていなさい。そうしたら、ご褒美を考えて上げよう』
「うん、楽しみにしている」
 だから、早くお迎えに来てね……という言葉に、クルーゼの鼻の下がのびたことを、レイはあえて気づかないふりをした。

 こうして、キラはミネルバの住人なったのだった。




06.05.05 up



 4月の通販用ペーパーでした。
 1話の後のミネルバの話……です、はい(苦笑)ラウさんが別人ですね〜〜