拍手で連載中の『同居人』のその後の話になるかと……

バレンタイン




「キラさ〜ん! もしもし?」
 こう言いながら、シンはそっと彼の体を揺する。しかし、キラの意識は完全に眠りの中に落ちていた。
「……最近、忙しそうだったもんな、キラさん」
 だから仕方がない。
 そうは思うのだが、やはり何か気に入らないというのも事実だ。
「今日は何日なのかも、わかってないんでしょうね、きっと」
 小さなため息とともにそっとキラの乱れた前髪を指先で整えてやる。そうすれば、キラの目の下にくっきりと隈が描かれていた。
「……少しは、俺を頼ってくれてもいいのに……」
 もちろん、自分の実力なんてキラに比べれば月とすっぽんだろう。それでも、自分で手伝えることがあるのではないか。シンはそう思うのだ。
「第一、俺の気持ち、わかっているはずですよね?」
 自分はちゃんと告白をしたぞ……とシンはそっと付け加える。
 それを忘れられたのだろうか。
「……襲いますよ、キラさん」
 自分だって、一応健全な男だ。好きな相手の無防備な姿を見て我慢していられるかどうか。はっきり言って『無理だ』としかいいようがない。
「いいんですか?」
 そう言いながら、そっと顔を寄せていく。
 それでも、キラは目覚めてくれる気配を見せない。
「本当に、キス、しますからね」
 断りの言葉を口にしたのは、いったい誰に向けてのものか。それはシン自身にもよくわからなかった。そのままそっと唇を寄せていく。
 触れあわせれば、薄い皮膚越しにキラのぬくもりが伝わってきた。
 しかし、すぐにシンは身を離す。
「これでも起きないなんて……」
 信じられない、とシンは呟く。
「まぁ、いいや……毛布でも持ってこよう」
 キラを連れてベッドに行くことができないわけではない。それでも、そんなことをしたら自分を抑えておく自信がないのだ。
 だから、一回離れて頭を冷やそう。
 そうすれば、冷静に対処できるのではないか。そう思ったのだ。
「ついでに、飯の支度をするか」
 キラが作ってくれる料理よりも見てくれも味も劣る。しかし、今の自分にできることはそれしかないのではないか。それに、自分が作れば、それだけキラを休ませることができるだろう。
 今のキラは、限界ぎりぎりのように思える。だから、とシンは立ち上がった。そして、そのままキッチンへと向かう。
 しばらくして、タマネギが煮える甘いにおいが周囲に漂い始めた。

 キラが目覚めたのは、月が天頂を通り過ぎた頃だった。
「……あれ……?」
 状況が飲み込めないのだろう。目をこすりながらしきりに首をひねっている。
「目、覚めた?」
 そんな彼に向かってシンはこう呼びかけた。
「疲れてたんだろ。帰ってきたら、そのままソファーで寝てしまったんだよ、あんた」
 覚えていませんか? とシンは問いかける。
「……えっと……」
 この言葉に、キラは小首をかしげて見せた。その仕草がとても可愛らしいと思える。
「ちょっとの時間のつもりだったんだけど……」
 そして、こう呟く。
「疲れているんだから、仕方がないって」
 そんな彼に向かってシンは微笑む。
「と言うわけで、夕飯は俺の手作りで我慢してくれよな」
 味の方は保証しないよ、と付け加えた。
「シン君が作ってくれたの?」
 キラが目を丸くする。しかし、すぐに微笑みを浮かべた。
「ありがとう」
 そして、言葉を口にし始める。
「それに、誰かのために作ってくれた料理がおいしくないはずがないんだよ」
 だから、これもきっとおいしいに決まっている……とキラは付け加えた。
「食べてからもそう言ってくれると嬉しいけどな」
 シンはこう言いながら、キラから毛布を受け取る。
「冷めないうちに食べてくださいね」
 その方がきっとおいしいから……と言えば彼は頷いた。そのまま歩き出していくのを見送ると、シンは毛布をたたむ。それをソファーの上に置いてからキラの後を追いかけた。
 ダイニングに入れば、キラが目を丸くして立っているのがわかる。
「シン君?」
 どうしたの、これ……と言いながら、彼はシンの方を振り向いた。
「今日は、バレンタインだから」
 がんばってみた、とシンは笑う。
「だって、両思いになって初めての記念日みたいなもんだし……」
 だから……と言葉を重ねようとすれば、キラは嬉しそうに笑い返してくれる。
「……じゃ、ホワイトデーは期待していてね」
「キラさんが忘れなければね」
 間近で微笑むキラの唇をシンはしっかりと奪った。




06.02.13 up



 きっとラブラブ(苦笑)