バレンタイン




「……お前、何を読んでいるんだ?」
 頭の上からシンの声が降ってくる。
「見ればわかると思うが?」
 チョコレートの作り方だ、とレイは顔を上げることなく言い返す。
「何で……」
「……もうじき、バレンタインだろうが」
 キラに渡すのだ、とレイは当然のように付け加えた。
「……バレンタイン……そう言われてみれば、そうか」
「わかったなら、邪魔をするな」
 失敗をしたくないのだ、とレイは口にする。同時に、自分にできる最高のものを渡したいのだ、とも。
「……やはり、試作は必要だろうな……」
 だが、そのための場所をどうするか。今、自分たちがいるのはキラと同じ――不本意だがアスランも一緒だ――家だ。そう考えれば、ここは練習をするのにふさわしいとは思えない。
「……ミリアリアさんにでも相談してみるか」
 でなければ、メイリンだな……とレイは呟く。彼女たちであれば協力してくれそうな気がする、とも。
「お世話になっている以上、お礼代わりに何かを贈った方がいいんだろうな、俺も」
 そんなレイの耳に、シンのこんな呟きが聞こえる。
「……シン?」
 だが、その言葉の裏にもっと別の感情が見え隠れしているような気がするのがレイの錯覚ではないだろう。
「なんだよ! いいだろうが!! 俺が誰にバレンタインのプレゼントを渡そうと!」
 第一、アスランだって同じ事を考えているに決まっている! とシンは叫び返してくる。
「……それもわかっている! でも、負けるつもりはないからな」
 相手が誰であろうともだ。
 絶対に、キラの心を手に入れてみる、とレイは心の中で呟いていた。

 あんなことをした存在だというのに、女性陣は自分のために手を貸してくれた。
 その事実がレイにはありがたいと思う。
「でも……どうしてでしょう」
 自分は憎まれても仕方がないのに、とレイは問いかける。それに、キラにはもっとふさわしいと思える人間がいるのではないか、とも。
「どうして……って、ねぇ」
「二度も同じようなバカをする人間を信用できるか!」
 こう言い切ったのはカガリだ。実はここは彼女の私邸だったりする。
「第一、あいつは昔、私に指輪を寄越したんだぞ? いくら双子とはいえ、許せると思うか?」
 だから、邪魔してやりたくなるのだ、と彼女は笑う。
「カガリさん」
 そんな彼女の言動にミリアリアも同じような表情を作った。
「気持ちはわかるけど、そう言うことはあまり人前では言わない方がいいと思うわよ」
 一応、代表なんだし……と彼女は笑う。
「わかっている。だから、お前の前でしか言っていないだろうが」
 即座にカガリが反撃を開始する。
「そういうお前は、あいつとどうなっているんだ? エターナルであったんだろう?」
「……だから、ふったの、あれは」
「そうは見えなかったが?」
 会話だけを聞いているとかなり険悪なように思える、しかし、その表情は実に楽しげだ。それはきっと、彼女たちがお互いを信頼しているからだろう。
 だが、自分にはそのような相手がいただろうか。
 そう考えて思い浮かぶのは《シン》だ。しかし、彼とは微妙に違う関係のような気がする。
「……俺は……」
 何をしてきたのだろうな……とそう思う。
「というより、これから何をしていくべきなのかを考えた方がいいか」
 取りあえずは、キラに喜んでもらえるようにおいしいチョコレートを作ることか。レイはそう考えることにした。

 バレンタイン当日、レイはきれいにラッピングをしたボックスをキラに向かって差し出した。
「レイ君?」
「俺が作ったんです……あまりうまくできなかったかもしれませんが……」
 良かったら食べてください、と緊張のあまりつっかえながらもレイは何とかこう口にする。
「ありがとう」
 そうすれば、キラはふわりと微笑んでみせる。
「君が作ってくれた、というのが一番嬉しいよ」
 その微笑みは、記憶の中のあの人のものとはまったく違う。だが、今の自分にとっては何よりも大切だと思えるものだ。
「いえ。このくらい、当然です」
 キラは、自分に《生きていく意味》を与えてくれたのだ。だから、とレイは心の中で呟く。
「それに……料理は結構面白かったですから」
 しばらくは、それに集中してみてもいいかもしれない、とレイは思う。そうすれば、キラの負担を減らすことができるだろうし、誰かさんにはさりげなく嫌がらせも可能だろう。もちろん、それはキラに伝えるつもりはない。
「そう?」
 それは良かったね……とキラはさらに笑みを深めた。
「やりたいことをみんなやって、その中から自分のしたいことを決めればいいよ」
 それまでの間、レイを養うことぐらいは可能だから……とキラは付け加える。
「そんなことおっしゃると、一生、何をするか決めませんよ、俺は」
「ん〜、それでも困らないかなぁ」
 それはどういう意味だろう。
「……つけ込みますよ、俺は」
 ずっといられるなら、隠されている意味なんて関係ない、とも考える。
 こういったレイに対して、キラはただ微笑みだけを向けた。




06.02.13 up



 レイの手作り……ちょっと恐いかも(苦笑)