シャトルの窓からも巨大な船体が確認できる。
「おっきい!」
 ギルバートの膝の上で、キラは感嘆の声を上げた。だが、ギルバートはとてもそんな気持ちになれない。
「あれにはミネルバも収納できるからね」
 それでも、キラの気持ちに影を落としたくないから、説明の言葉を口にした。
「そうなんだ」
 ザフトって、やっぱり凄い! とキラは即座に言い返してくる。その言葉を耳にすれば、ギルバートの気分も浮上するか、に思えた。だが、すぐにあることを思い出して急降下してしまう。
「そう言えば、ラウさんはあそこにいるんだよね〜〜」
 しかも、無邪気な口調でキラが追い打ちをかけてくれる。
「……あぁ、そうだね」
 これから起こるであろう騒動を考えると、胃が痛む。
 彼の毒舌は筋金入りだ。それに比べれば、アスランやレイ、タリアのそれなど可愛いものだろう。
「でも、彼はきっと忙しいだろうから、私の側にいるのだよ?」
 第一、中も広いのだ。キラが迷子になれば、それこそ大騒動になるだろう、とギルバートはまじめな口調で告げた。
 もちろん、本心はまったく違う。
 キラが側にいれば、あの男も多少は態度を和らげてくれるのではないか。それを期待してしまう。

 もっとも、それは完全に希望的観測でしかなかったが。

 本当にあの男は、ろくなことをしない。
 いや、他人の役に立つようなこともたまにはするのだ。だが、身内と認定したものに関しては役に立つことよりも迷惑しかかけていないように思えてならない。
「……本当に、どうするべきなのかね」
 レイ達の話を総合すれば、それを悪いとは考えていないようなのだ。だが、それはあくまでもあの男の都合であって、自分のそれではない……とそう考えた瞬間だ。
「クルーゼ隊長」
 側にいた管制官が声をかけてくる。
「議長が後少しでお着きになります」
 出迎えないのか、と彼は言外に問いかけてきた。
「あぁ、すまなかったね。地球軍の動きを考えていたせいで、すっかり忘れていたよ」
 ユニウスセブンの混乱に乗じて動くかと思っていたのだが……と言いながら、ラウは立ち上がる。
「それは、申し訳ありません」
「何。出迎えなければ失礼になる。声をかけてくれてありがたかったよ」
 もっとも、相手は喜ばないかもしれないがな……と心の中で付け加えた。
 特に、自分がこれから何をしようとしているのかを相手が悟っている場合は、だ。
 それならば、何が何でもご期待に添わなければいけないだろう。ただ、問題はあの子のことか。そんなことを考えながらラウは歩き出す。
 レイが一緒であれば彼が適切な判断をしてくれたはずだ。
 しかし、彼はミネルバとともに地球に降りたはず。そもそも、自分の直接の部下ではない以上、仕方がない。
 後は……と考えたときだ。目の前にかつての部下達の姿を発見する。
 その瞬間、ラウはにやりと笑う。
「彼は……使えるな」
 これで懸案は解消したな、と付け加えると二人に声をかけるためにラウは歩を早めた。

 目の前にずらりと出迎えの兵士が並んでいる。それは、ギルバートの立場を考えれば当然のことだろう。
「たくさん人がいる」
 ギルバートの腕の中から、キラは感嘆の声を上げた。
「そうだね」
 こうして抱きしめていれば、いくらラウでも即座に文句はもちろん、イヤミを言ってくることはないだろう。後は、二人きりになることを避ければいいだけだ。そう考えながら、ギルバートはタラップを降りる。
「ようこそ、ボルテールへ」
 だが、その瞬間耳に届いた声に、反射的に身をこわばらせてしまった。
 確かに、彼がここの最高指揮官だ。だから、自分に声をかけるのも彼であるはず。だが、同時に一番聞きたくない声でもある。
「ラウさんだ」
 しかし、キラは嬉しそういに彼に向かって手を振っていた。
「元気そうだね、キラ君」
 キラ相手だから、だろうか。ラウは優しい口調でこう言ってくる。同時に、両手を少し広げて『おいで』とアピールをしている。その背後ではイザークが複雑な表情をしていた。
「……マジ、小さくなってんのな、キラ……」
 その隣でディアッカがどうしていいのかわからないというような表情でこう呟いている。
「……色が黒くて金髪のお兄ちゃん……」
 キラの方も彼のことを知っているのだろうか。何やら小首をかしげて考え込んでいる。その体を抱え直しながらギルバートはゆっくりとラウの所へ近づいていく。
「すまないが、キラ君が疲れているようなのでね。ひとまずは休息できる場所に案内してくれないかな? それと……私がミネルバを離れた後の報告を……」
 さっさとキラと部屋に閉じこもってしまおう。仕事は通信でも十分にこなせるはずだ、とそんなことを考えながらギルバートが指示を出していたときだ。
「思い出した! アスランお兄ちゃんが言っていた下僕の人だ!」
 キラがいきなりこう叫ぶ。
「……下僕……って……」
「だって、お兄ちゃん《ディアッカ・エルスマン》さんでしょう?」
 違うの? とキラはギルバートの腕の中で可愛らしく小首をかしげる。
「……それは、そうだけど、な……下僕……」
 どういう説明をしやがるんだ、あの野郎……とディアッカは呟く。
「間違ってはいまい、ある意味」
「イザーク!」
 お前がそれを言うか! とディアッカが言い返している。もっとも、イザークにしても即座に反論を返しているようだが。
 そんな二人の側で、ラウが意味ありげな微笑みを浮かべている。彼がこんな表情を浮かべているときは要注意なのだ、とギルバートはよく知っていた。
「……ギルさん、痛いです……」
 無意識のうちにキラを抱きしめる腕に力をこめてしまっていたのだろう。キラがこう訴えてくる。
「あぁ、すまない」
 慌てて力を緩めるが、周囲の視線は冷たい。
「キラ君」
 不意にラウが声をかけてきた。
「はーい? 何ですかぁ」
 こう言ってキラが彼の方へと視線を向ける。
「ディアッカが遊んでくれるそうだ。一緒に行っておいで。その間に、私たちはお仕事の話をするからね」
 しまった、とギルバートは思う。ラウに先手を打たれたか、とそう考えた時にはもう遅い。
「はーい」
 言葉とともにキラがギルバートの腕の中から抜け出した。そして、ディアッカに向かって移動をしていく。
「じゃ、取りあえず談話室にでも行くか」
 ゲームはないけどな……と言いながら、ディアッカが小さな体を肩車した。そして、小さく頭を下げると、その場から離れていく。それを合図に、他の者達も移動を開始する。
「と言うことで、じっくりと話し合いをしようか……議長閣下?」
 ラウのこの言葉が何故か死刑執行の合図のようにギルバートには聞こえた。

 翌朝、キラはぐったりと机に突っ伏している彼の姿を目撃する。しかし、ダレもその理由を教えてはくれなかった。


ちゃんちゃん
06.02.12 up



 今年最初のSSでした。やはり議長いじめですね(苦笑)