一応終戦後……オーブでの話、でしょうか。

ぬくもり




 准将という地位を与えられたからだろう。
 キラは見ている方が心配したくなるくらい忙しい。
 その上、何やらこっそりと調べものまでしているようなのだ。このままではいつか倒れるのではないか、とまで思ってしまう。
「……そうは言っても……俺に手伝えることなんて本当に少しだけだしな」
 元はザフトのしかもデュランダルの腹心だった自分だ。他の者達に警戒をされていても仕方がない。ただ、その先頭に立っているのがアスランだ、という事実だけは気に入らないというのが本音だが。
「俺が、キラさんを裏切ると思っているのか……」
 自分にはもう、キラしかいないのに……とレイは呟く。
 あそこから自分を連れ出してくれたのは彼だ。
 生きる道を指し示してくれたのも、こうして生きる場所を与えてくれたのも、他の誰でもなくキラがしてくれたことなのに。そんな彼をどうして自分が裏切るのだろう。
「自分のことを棚に上げて……」
 レイはこうはき出す。
 だが、すぐにアスランのことなど脳裏から追いやった。
「キラさんに休んでもらえるようにするにはどうしたらいいんだろう……」
 せめて半日だけでもいい。
 彼に仕事から離れて欲しいと思うのはいけないことだろうか。
 しかし、こんなことを誰に相談できるだろう。シンはまだ、キラに微妙な感情を抱いているようだし、ルナマリアやメイリンはすぐにアスランに告げ口しそうだ。
 他の面々も自分とは付き合いがないか忙しい人たちばかりだし……とレイはため息をつく。
「ギルは……まだ、自分の体を顧みてくれたからな」
 何よりも、彼は大人だったから安心して見ていられた……と呟いた瞬間、胸の奥でちくりと痛みが走る。
 まだ、彼のことを思い出すとこうなるのだ。
 そして、この痛みはすぐには消えない。
「……キラさん……」
 彼がいてくれればこの胸の痛みも忘れられるのに。
 それでも、キラのことを考えていれば少しだけでも違う。
「キラ、さん……」
 だから、彼の名を唇に乗せた。
「何?」
 しかし、この呟きを彼に聞かれるとは思っても見なかった……というのが本音だ。
「キラさん! どうして……」
「どうしてって、ここは僕の部屋でもあるでしょう?」
 それとも、帰って来ちゃいけなかった? とキラは小首をかしげながら口にする。
「そういうわけじゃないです」
 慌ててレイは言葉を口にし始めた。
「ただ……」
 しかし、本当のことを口に出すわけにはいかないのではないか。そうすれば、彼は全て自分の責任だと考えかねないのだ。
「クリスマスだな、と思って……だから……」
 キラと一緒に出かけたいな、と思ったのだ……と口にする。もちろん、そんなことでごまかされてくれるとはまったく考えていなかったが。
「あぁ……そう言えば、もうイブだ」
 プレゼントも用意していなかった、とキラは慌てたように口にする。
「そうだね……明日、一緒に、買いに行こうか。カガリにもラクスにも、明日は休めと言われたんだけど、そう言うことだったんだ」
 今気がついた、とキラは苦笑を浮かべる。
「俺と、でいいのですか?」
「僕とじゃ、いや?」
 レイの言葉に、キラが逆にこう聞き返してきた。
「そんなこと、俺が言うはずがないです」
 キラと一緒にいられるならば、どんなことだって厭わない。レイはこう言い返す。
「本当に君は」
 そうすれば、何故かキラは困ったような表情を作った。
「キラさん?」
 どうかしたのか、とレイは問いかける。
「僕よりももっと素敵な人がたくさんいるのに、ね」
 そんなレイに向かって、キラは呟くように言葉を口にした。
「俺をあそこから連れ出してくれた人は、貴方です」
 他の誰でもない、とレイは言い切る。
「だから、貴方の代わりは、どこにもいません……二人ならともかく……」
 今はもういない彼等のことをつい付け加えて、レイはすぐにしまったという表情を作った。彼等のことを、キラの前で口にするつもりはなかったのだ。それがキラを追いつめるとわかっているからこそ、余計に。
「……キラさん?」
 しかし、何故かキラはそのままレイをそっと抱きしめてくれた。
「だからこそ、君はもっといろいろなことを見なければいけないんだよ」
 彼等の代わりに……とキラはそっと呟く。
「俺が貴方の側にいたい、と思うのは迷惑なのでしょうか」
「そう言っているわけじゃないよ。君がそうしたいって言うなら、ずっと側にいて上げるって」
 それくらいしかできないけど……とキラは微笑む。
「それだけでいいです……」
 自分が望むのは、このぬくもりだけだから……とレイはそっとキラの背中に腕を回しながら考える。
 しかし、彼は他の人からも必要とされていた。決して自分だけの存在にはなってくれない。
 だから、せめて今だけは……そう思いながら、そっと自分の腕に力をこめる。
 そんなレイの仕草を、キラは黙って受け入れてくれた。


おまけ

「キラ、明日のことなんだが……」
 こう言いながら、アスランは室内に足を踏み入れる。
 次の瞬間、目の前の光景に凍り付いてしまった。
 キラとレイが抱き合っている――と言うよりは、既にレイがキラを押し倒していると言った方が正しいのではないか――のだ。救いは、二人とも衣服を乱していない問うことだけかもしれない……と思考を止めた脳裏でそれだけを考えている。
 アスランの存在に気づいたのだろう。キラが視線だけを向けてくる。そのまま彼は表情だけで静かにするようにと伝えてきた。
「……キラ……」
 抑えた声で、アスランは状況の説明を求める。
「ようやく眠ったんだよ。だから、ね」
 このまま眠らせてやりたい、とキラは付け加えた。
「だけど、な」
 はっきり言って、この状況は認められるか、とアスランは眉間にしわを寄せる。
「それと……明日、僕は休暇だから。レイ君と出かけてくるね」
 さらににこやかな口調でキラはとどめを刺してくれた。
「キラ?」
「文句があるなら、ラクスとカガリに言ってくれる?」
 自分の休暇は、二人からの言明なのだ、とキラは口にする。その意味がわからないアスランではない。
「だからといって、そんな危険人物と……」
「それ以上言ったら、本気で怒るよ、アスラン!」
 嫌いになるからね……という脅しは、せいぜい幼年学校までのものではないのか。そうは思うが、結局の所、キラには逆らえないのだ。
「わかった……」
 きびすを返したアスランが向かった先は、カガリとラクスの元だった。理由はもちろん、明日の休暇をもぎ取ることだったのだが……結果は玉砕。それどころか、普段のキラの仕事を押しつけられる始末。
「……覚えてろよ、レイ・ザ・バレル……」
 絶対、キラの側から引き離してやる!
 書類に埋もれながら、アスランはこう叫んでいた。


ちゃんちゃん
05.12.24 up



 ほのぼのの予定が、気がつけば別方向に……
 そのせいで、アスランがとんでもないことになっていますね。