プレゼント「……シン……」 今いい? と言いながら、軍服の裾を引っ張ったのは、キラだった。 「どうした?」 彼が一人でうろついているのは珍しいな……と思いながら、シンはその場に膝をつく。そして、キラと目線をあわせてやった。 「あのね……カードとかって、基地の中で買える?」 いきなり何を言い出すんだ、とシンは思ってしまう。だが、キラはあくまでもまじめな表情を作って言葉を続けた。 「今からなら、クリスマスに間に合うでしょう? だから、欲しいの」 この言葉に、シンはようやくキラの言いたいことがわかった。 「じゃ、きれいなのの方がいいんだよな」 「うん」 そのくらいなら、自分のお小遣いでも買えるでしょう、とキラは笑う。 「なら、基地の中のより街に出た方がいいな」 しかし、キラを一人で行かせるわけにはいかないか。 「レイは……」 「さっき、アスランに呼ばれていったの。ラクスさんとカガリさんに御用事があるんだって」 シンの問いかけにキラはこう言葉を返してきた。だからこそ、キラは自分に声をかけてきたのだろうか。 「わかった」 それでも頼られれば嬉しくないわけがない。 「艦長に外出許可をもらえるかどうか、聞いてくる」 出たら一緒に行ってやるよ、とシンは笑う。 「ありがとう!」 そうすれば、キラは花がほころぶような微笑みを返してくれた。 許可はシンが驚くくらいあっさりと出た。 それは現在、近くで戦闘が行われていないからだろうか。シンがそう思ったときだ。 「キラ君にね、議長の分だも忘れずに買ってきてって、伝えてくれる?」 苦笑とともに告げられた言葉から、デュランダルが何かしでかしたのではないか、とシンは判断をする。それを聞いているからこそ、タリアはあっさりと許可をくれたのだろう。 「それとね、これを使っていいから、艦内の各部署あてにもカードを買ってきて欲しいの」 キラの名前で、と言いながらタリアはカードを差し出してきた。 「一人一人じゃなくていいわ。部署ごとに一枚でいいから、と言っておいて」 キラが昨日、レイと交わしていた言葉から何かを察したらしいクルー達が騒いでいるのだ、と彼女は苦笑を浮かべる。 「キラはみんなの人気者ですからね」 あの小さな存在が艦内の者達を支えていると言っていい。 「わかりました。頼んでおきます」 本音を言えば、自分もキラからのプレゼントは欲しいかな、とシンは思う。だが、あまり彼に負担をかけるわけにはいかない。だから、諦めるか……と心の中で呟く。 「では、行ってきます」 キラと一緒に出かける権利を入手しただけでいいか、とシンは自分に言い聞かせていた。 「シンとお出かけだ〜〜」 嬉しいな、と言いながらキラがはね回っている。 「こら! 迷子になるぞ」 そんなキラの襟首を掴んでシンは自分の隣に引き寄せた。そのまま小さな手を自分のそれでしっかりと握りしめる。 「……迷子にならないもん」 口ではこう言いながらも、キラはシンの手を握りかえしてきた。 「人が多いだろう? だから、万が一ってこともあるだろう」 いいこだから、と言えばキラはしっかりと頷いてみる。彼は、こうしてきちんと理由を説明してやればちゃんと聞き分けるのだ。そう言うところも、皆がキラを気に入っている理由なのかもしれない。 「それよりも、カードだよな」 買い物は……とシンはキラに問いかける。 「……他にもね……ノートとかなんかが買えるといいな」 親しい人にはそういうのの方がいいでしょう、とキラは言い返してきた。 「アスランとかレイに聞いたら、そういうのがいいって言ってたし」 ラウさんや艦長さんも、そういうの使うでしょう? と付け加える。 「そうだな」 現在でも重要な書類は紙で回されてくるのだ。当然、筆記用具も必要だということになる。そして、それくらいなればキラの小遣い――と言っても、今まで使うあてがなかったのだ。かなりの額になっているらしい――でもそれなりの数を用意できるのだろう。 「そっか」 アスランの存在は気に入らないが、それを口にすることはできないだろう。 第一、今回の彼の判断は正しいとシンも思うのだ。 「それなら、あそこがいいかな」 ちょっとしゃれた品物がショウウィンドウに置かれている店を指さした。 「うん」 シンの言葉にキラは頷き返した。 「じゃ、入ろう」 言葉とともに、シンはキラの手を引いて店のドアをくぐる。 中の様子を見て、シンは自分の判断が正しかったのだ、とわかった。決して高級とは言えないが品がいい品物が多く置かれている。 「ラウさんやアスラン達はペンでいいよね」 キラは目を輝かせながら早速プレゼントを物色し始めた。 「……ついでだから、俺も適当に買っておくか」 友人達とキラぐらいには渡してやろう、とシンは思う。そして、彼もまた品物を物色し始めた。 「プレゼントの配達で〜す!」 キラがこう言いながら艦内を走り回っている。 「……俺たちは、個別にもらえるかな……」 わくわくとしたような口調でヴィーノが口にした。 「どうだろうな」 キラの面倒見てないだろう、お前は……とヨウランが言い返している。 「ひでぇ。即答かよ」 「あきらめろ」 全員にプレゼントを渡すとなればキラの小遣いでは不可能だろう、とヨウランは付け加えた。 「それはわかっているけどなぁ」 でも、希望ぐらいは持ってもいいじゃん、とヴィーノは言い返している。 「個別のプレゼントは、こう言うところでは渡さないだろうな、キラは」 そういう性格の子だ、とレイは口にした。キラに関してなら何でもわかっているというその態度が、シンには少し気に入らない。しかし、仕方がないことだ、と言うこともわかっていた。 「そろそろ、戻らないと主任に怒られるな」 ヨウランがこう言いながら、立ち上がる。 「あ、待てよ!」 慌てたようにヴィーノも立ち上がった。そして、そのまま通路の方へと歩き出す。その時だ。 「プレゼントの配達で〜す」 キラが顔を出す。 「お、パイロット組にか?」 そんなキラに、ヨウランが問いかける。 「えっとね。二人にもあるの〜〜」 ヨウランに微笑み返すと、キラは肩にかけていた袋を床に下ろす。そして中から小さな箱を二つ取りだした。 「はい」 そして、二人に向かって差し出す。 「お! マジ?」 「おやつなの。お仕事で疲れたら食べてね」 少しずつでごめんなさいとキラは付け加えている。 「くれるだけでありがたいって」 「……お礼は後でな」 口ではこう言いながらも、きっと今から用意をするんだろうな……とシンは心の中で呟く。エイブスあたりに文句を言われながら、今日中に用意をするに決まっている、と。それでも、彼等の喜びに水を差すつもりはない。 「お仕事、がんばってね〜」 キラの励ましを背に、二人は今度こそデッキに向かって駆け出していった。 「えっと……ルナマリアのはこれね〜。後、メイリンの分」 もうぺっちゃんこになった袋の中から、キラはまた袋の中から箱を取り出す。 「ありがとう。私たちからのは、後で持っていくからね」 ルナマリアがそう言いながらキラの手からプレゼントを受け取る。 「うん。楽しみにしている」 そう初いながら、キラはまた袋の中に手を入れる。 「で、これがレイの」 こう言いながら、また一つの箱を差し出す。 「ありがとう」 ふっと微笑みながら、レイがそれを受け取った。 「あ、レイからのももらったの。ありがとうね」 キラはキラでこう言い返している。いつの間に、とか、相変わらずそつがない、と思いつつ、実は彼がうらやましいと思ってしまう。 しかし、どうしてキラはまだ袋の中に手を突っ込んでいるのだろうか。 ふっとシンはそのことに気づいて疑問を抱く。だからといって、期待はしない。それではずれたら悲しいだろう、と自分に言い聞かせた。それでも、自分はしっかりとキラへのプレゼントを用意していたりするのだ。だが、それはあくまでも自分の勝手……と心の中で呟いたときだ。 「で、これがシンの。お買い物に付き合ってもらったお礼も一緒」 言葉とともにレイのものよりもちょっと大きな箱が差し出される。 「……俺の?」 「うん」 もらってね〜〜とキラは付け加えた。 「ありがとう」 こう言うときは自然に笑みが浮かんでくるのだ。そのことをシンは久々に思い出していた。 同時に、胸の中が熱くなる。 それが彼に取って何よりのクリスマスプレゼントだったと、キラは考えても見ないだろう。でも、それでいいのだ、とシンは思っていた。 終 おまけ 「……キラ君からのクリスマスカード?」 ギルバートはそう言って目を輝かせている。いや、それだけではない、さっさと渡せ! というように手を差し出して来た。 だが、ラウはそんな彼の手からカードを遠ざける。 「……ラウ?」 「欲しかったら、さっさとその書類を片づけるのだな」 執務が滞るとわかっていて渡すと思うか……と付け加えれば、彼は悔しそうな表情を作る。それでも書類に手を伸ばしたのは、自分が一度口に出したことは翻さないとわかっているからだろう。 これで、今まで滞っていた分の仕事が片づいてくれればいいのだが……とラウは小さなため息をつく。 もっとも、カードを渡しても本物のプレゼントが残っている以上、まだ当分仕事はさせられるか。心の中でそう呟いた。 その事実を、ギルバートだけが知らない。 それは幸せなのか不幸なのか。 答えを知るものは誰もいなかった。 ちゃんちゃん
05.12.24 up さりげなく、シンがおいしい役です。と言いつつ、やはりシメは議長いじめでしょう(苦笑) |