クリスマス「……クリスマスって、何?」 こう言いながら、ステラがキラの顔を見上げてくる。その手の中には、昨日、カガリからもらった本があった。 「なんて言えばいいのかな」 本来の意味だけなら簡単だ。 しかし、今、その意味で使われることはほとんどないと言っていい。特に、こののオーブでは、だ。 「一番最初の意味は、ある宗教の神様が生まれた日、なんだけどね」 ともかく、彼女にも理解しやすいように言葉を選びながら説明を口にする。 「でも今は、親しい人たちと集まってごちそうを食べたり、プレゼントの交換をすることの方が多いかな?」 ただのお祭りだね……と付け加える。 「……ごちそうとプレゼント?」 ステラがこう聞き返してきた。 「そう」 キラが頷いたときだ。 「ごちそうとプレゼントって何?」 どこから話を聞いていたのだろうか。アウルがこう言いながら、背中側からキラに抱きついてくる。 「重いよ、アウル」 離れて、と一応口にしてみた。もちろん、無駄だとはわかっていたが。 「なぁ、何?」 予想どおりと言うべきか。アウルは逆に体重をかけながらこう問いかけてくる。 「……重いって、アウル」 さて、どうしようかな……とキラがため息をついたときだ。 「キラ、重いって言ってる!」 こう言いながらステラがゆっくりと立ち上がる。その手に、どこから取りだしたのかナイフが握られていた。 「ステラ……」 一体どこからそんなものを……と口にする代わりにキラはため息をつく。多分、出所は本と一緒だろうとわかっていたのだ。 「……なんだよ」 アウルの方は完全に腰が引けている。それでもキラから離れないのは、ここが一番安全圏だとわかっているからだろう。 「キラから、離れて!」 重いって言ってる! と付け加えながらステラはさらにナイフをかまえ直した。 「……いいから、ステラ」 このままではまたとんでもない騒ぎになる、とキラはため息をつく。 「でも、キラ」 「お前が騒ぐ方が、キラに迷惑をかけるぞ」 見かねたスティングがこう言いながら、アウルの頭に拳を落とした。それを合図に、渋々とアウルが体重をかけるのをやめる。もっとも、抱きつく腕はそのままだったが。 「大丈夫だよ。アウルが体重をかけるのをやめてくれたから」 だから、ナイフをしまって……と付け加えれば、ステラは取りあえずナイフを下ろす。だが、あくまでも切っ先を下げただけで手放したわけではない。その意味はアウルにもわかっているようだ。 「で、ごちそうとプレゼントって、何?」 誰かの誕生日なのか? とアウルは改めて問いかけてくる。それは、間違いなく話題をそらそうとしているのだろう。 「だから、クリスマス」 クリスマスって何、って聞いていたの! とステラは怒ったように口にする。 「……クリスマスって、ごちそうとプレゼントがあるの?」 このまま黙っていてはさらに状況が悪化するだろう。キラはそう判断をした。 「ごちそうを食べてクリスマス交換をするっていうのが、オーブでは普通なんだよ。本当の行事とはずいぶんずれてきているけどね」 でも、自分たちらしいけど……と言えば、 「何で?」 とさらに問いかけてくる。 「昔は、純粋に宗教行事だったんだよ」 でも、自分たちにはそんなこと関係ないだろう? と言えば彼も納得したようだ。 「そうだよな。俺たちには神様なんて関係ないか」 第一、自分たちの存在自体が《神》に見捨てられていたようなものだし、とアウルは口にする。 「俺たちは今、普通に暮らしていられるけどさ。元はと言えば、ネオとキラが俺たちを《道具》から《人間》にしてくれたんだよな」 「うん。キラとネオがいてくれたから、ステラはここにいるの」 そして、シンとも出会うことができたのだ、と彼女はようやく表情を和らげる。 「ひょっとして……これって、のろけ?」 アウルのこの問いかけに、キラは曖昧な笑いだけを返した。 「そういや、クリスマスか」 しっかりとオーブ軍に編入させられたフラガが帰ってきた。そんな彼に、今日の会話を告げれば小さな笑いとともに。こう呟く。 「あいつら、そんな行事、したことがないだろうしな」 さて、どうするかと彼は本気で考えている。 「本当は、みんなを呼んで騒げればいいんでしょうけどね」 あの三人はともかく、自分は人目につくわけにはいかないのだ。それがわかっているからこそ、キラは滅多に外出もしない。 「でも、僕たちだけでやるのもいいかもしれませんね」 こぢんまりと……とキラは付け加える。 「でも……マリューさん達ぐらいには来て欲しいかな」 本当は、シンやアスラン、ラクス達も呼びたいのだが、彼等は忙しいだろうし、と思う。でも、声をかけるぐらいはいいだろうか。こんなことも考えてしまう。 「そうだな。まぁ、連中にも相談してみるよ」 その代わり、三人のことは任せてもいいか? とフラガは問いかけてくる。 「わかってます。スティングが手伝ってくれるはずですし」 何とかなるだろう、とキラは苦笑を返す。 「いいこだ」 言葉とともにフラガはキラの体を引き寄せる。 「お前がいてくれるから、俺は頑張れるんだよ」 言葉とともにそっとフラガの唇がキラの頬に触れてきた。 「……ムウさん……」 その感触にそっとキラは瞳を閉じる。次の瞬間、フラガの唇が自分のそれを不才だのがわかった。 それから数日の間、キラは大忙しだったと言っていい。 普段の家事の他にクリスマスの準備をしなければならなかったからだ。中でも一番大事だったのは、プレゼントの買い出しだったかもしれない。 「取りあえず、ご飯の時にくじ引きで渡す分と、後は個人的に渡す分の二種類でいいのかな……」 前者があれば、一つももらわないと言うことはなくなる。そして、後者はステラがシンに渡すのだ、とだだをこねている以上妥協するしかないだろう。 確かに、お世話になった人たちには何か――それがカード一枚だとしても――贈るべきだろうと思うのだ。 そう考えると、かなりの人数になる。そちらの手配もしなければいけない。はっきり言って、こういうことにフラガはあてにならないことをキラは知っているのだ。 そして、何よりも問題なのは、自分が自由に外出を許可されていないと言うことかもしれない。それが、まだどこかにいるかもしれない《ブルーコスモス》の残党からキラの身柄を守るためだとはわかっていても、こう言うときには不自由を感じてしまうのも事実だ。 「でも、行かないわけにはいかないもんね」 ネットでも入手できるが、やはり自分の目で確かめて購入したいし……とキラは自分に言い聞かせる。そして、外出の許可を申請した。それはあっさりと出たのだが…… 「……カガリ?」 なんでいるのと、迎えに来た車の中にいた相手に言ってしまう。 「いいだろう! 私にだって、息抜きは必要だ」 「そうかもしれないけど……」 だからといって、国家元首を運転手にしていいのか、と思うのだ。 「気にするな。本当の護衛はちゃんとキサカが手配している」 そういう問題じゃないだろう、とキラはため息をつく。しかし、 「第一、私も家族なんだぞ。こう言うときに仲間はずれにするな!」 こう言われてしまえば、それ以上何も言い返せない。 「知らないよ……本当に……」 それでも、一緒に来てくれるという彼女の気持ちが嬉しいと思う。 「なぁ……早く行こうぜ」 「……プレゼント、買うの」 「頼むから、外ではおとなしくしていろよ」 その時だ。二人の耳にステラ達のこんなセリフが届く。それにキラとカガリは思わず顔を見合わせてしまう。次の瞬間、どちらからともなく吹き出していた。 何とか準備が終わったのは、クリスマスの当日の朝だった。 「……間に合ったかな?」 プラント本国にいるラクス達に会えないのは寂しいけれど、カードを送っておいたからいいだろう。 ケーキの手配はカガリがしてくれると言っていたから、甘えてしまった。 だから、少し休もうか……と思ってキラはベッドへと潜り込む。 そのまま、キラの意識はすぐに眠りの中に落ちてしまった。 どれだけの時間、眠っていたのだろう。 「キラ……起きろって、キラ」 誰かがそっとキラを揺り起こす。 「ごめん……今、起きる」 そう言えば、まだ料理が……と思いながらキラはゆっくりと目を開いた。 「……あれ? 僕、まだねてる?」 ついついキラはこう呟いてしまう。 フラガがこの場にいるのはおかしくはない。だが、その隣にどうしてアスランがいるのだろうか。そう思ったのだ。 「俺からのクリスマスプレゼント……だよ」 いろいろと手を回して、アスランとシンを呼び出したのだ……と笑いながら、フラガがキラの体を抱き起こす。その腕のぬくもりが、これが夢ではないとキラに伝えていた。 「……どうして……」 「家族なら、やっぱりな」 こういう行事は一緒に行うべきだろう……とフラガが笑う。 「ムウさん」 そんな彼にキラはどのような表情を返せばいいのかわからない。 「俺は嬉しかったけどな」 よんでもらえて、とアスランがまだ複雑そうな感情を覗かせながら口にする。 「……キラは?」 そのままアスランはキラに問いかけてきた。 「嬉しいけど……驚いたから……」 まさか、来てくれるとは思わなかった……とキラは呟く。 「……やっぱ、キラは驚いた顔も可愛いよな……」 黙っていて正解だった……とフラガが口にする。 「ムウさん!」 反射的にキラはムウの顔をひっぱたいてしまう。 「そういう悪趣味なことはしないでください!」 それでも、本気で彼を嫌いになれないんだよね、とキラは考える。 何よりもこんなクリスマスも、自分たちらしいのかもしれない。そう思っていた。 終
05.12.24 up 連載後の話ですね。ムウさんの出番が少ないというか……キラ、苦労しています、いろいろと。 |