アスランのお誕生日?さて、どうしたものか……とクルーゼは心の中で呟く。 この状況下で、トップがあてにならないという状況はあまり嬉しくない。 だが、あの男はそのような状況下にありながらも別のことを優先しているのだ。 それが、自分たちの望みどおりの行動ならばかまわない。しかし、あの男の場合、対象は同じでもやっていることがまったく正反対なのだ。 「……ラウさん……」 本当にどうしてくれようか……と心の中で呟いたときだ。今にも泣き出しそうな声で名前を呼ばれる。 「どうした、キラ?」 ふわりと口元に笑みを刻むと声がした方へと視線を向けた。その瞬間、さすがのラウも頬が引きつりそうになってしまう。 「……それは可愛いが……やりすぎではないかね?」 リボンもフリルもレースも、今のキラには似合いすぎるほど似合う。いや、本来の姿でもそれなりに似合うのではないか……と考えるが、だからといってこれはやりすぎだろう。第一、この服は女の子用ではないか、と思うのだ。 「僕が、着たかったんじゃないもん……」 無理矢理着せられたんだもん……と言う言葉と共にキラの瞳に涙があふれ出す。 「そうか。知らなかったのに勝手なことを言って悪かったね」 慌ててラウはキラの体を膝の上へと抱き上げる。 考えてみれば、このような外見になっても、本来の趣味は変えられないらしく、キラはシンプルな服を好む。それを一番悔しがっていたのはもちろんあの男だ……とも心の中で付け加えた。 そう言えば、今日は最低限の執務だけしたあげく姿を消したのだとも耳にしていた。緊急事態があって呼びに行ったが、執務室はもぬけの殻だったとも。そのおかげでラウ達がとんでもなく大変な目にあったというのは言うまでもない事実だ。 その理由がこれだったのか、と思えば怒りもわくというものであろう。 「これで五回目の着替えだったの」 さらにこんなセリフを聞けば、怒りも倍増だ。 「そうか」 いい加減、本腰を入れて本来の執務に取り組んでもらわなければいけない。 そのためには、一度キラをあの男の手の届かないところにおくしかないのではないか。 「……ラウさん?」 どうかしたの? とキラは小首をかしげる。 「いいこだな、キラは」 そんな彼に向かってラウはさらに笑みを深めた。 「だから、ちょっとお使いを頼んでもかまわないかね?」 いい場所を思いついた、とラウはこう告げる。 「お使い?」 「そう、お使い。頼んでもかまわないよね?」 キラ君が言ってくれるとありがたいな……とラウは口にした。 「僕、ラウさんのお手伝いできるの?」 キラが目を輝かせながらこう聞き返してくる。どうやら、それが一番印象に残ったセリフらしい。 「もちろんだよ」 「なら、お使いする〜〜」 何をすればいいの? と問いかけてくるキラに、ラウはとっておきの笑みを向けた。 目の前の状況をいったい、どう判断すればいいのか。 アスランはそれがわからずにただぼーっとしている。 「と言うわけで」 しかし、それを無視してハイネが言葉を投げつけてきた。 「クルーゼ隊長からの贈り物だ。まぁ、中身は見てのお楽しみなんだが……」 その後のことは、全てアスランの判断に任せる。クルーゼはそう言ったのだという。 「……何を……」 考えているのか、とアスランはため息をついた。昔から本心が見えない上司ではあったが、キラが側にいるようになってからは少しましになったように思える。しかし、今回のことだけは訳がわからないとしか言いようがない。 「ともかく、開けてみるんだな。せっかくの誕生日だろう?」 この言葉で、何でわざわざクルーゼがこれを自分に贈って寄越したのかはわかった。しかし、逆にうさんくさく感じるのはどうしてなのだろう。そう思いながら、アスランはほぼ自分の腰まである箱のリボンを解き始める。 しかし、どこかおかしい。 何か、中から寝息のような音がするのは気のせいだろうか。 「……中身、知っているのか?」 「さぁな。だから見てのお楽しみだって」 やっぱり知っているのか……と思いながら、アスランは蓋を開ける。 「キラァ!」 中でクッションの山に半ば埋もれるようにして眠っていたのは、小さくなってしまった《キラ》だ。 「……何で……」 アスランの言葉がキラの意識を刺激したのだろう。まぶたが小さく震えるのがわかった。 「……ついたの?」 うにゅっと声を漏らしながら、キラは体を起こす。そのまま視線をアスランへと向けてきた。 「アスラン」 彼の姿を確認した瞬間、キラはふわりと笑みを漏らす。 「お誕生日おめでとうなの」 そして、こう告げた。その表情が、昔のキラと同じで、アスランは嬉しくなる。 「ありがとう」 だから、本心からの笑みが浮かぶ。 「僕、あんまりお小遣いもらってないから、こんなのでごめんなさい」 その上、キラはこう言って小さな箱を差し出してくれた。 「気持ちだけで嬉しいよ」 キラが探してくれたと言うだけで嬉しい、と思う。彼がクルーゼの元に言ったときに、自分は見捨てられたと思ったのだ。だが、そうではなかったというのがようやく実感できた。 「でね、これがラウさんからなの」 しかし、次の瞬間差し出された一通の封筒に、アスランは眉を寄せる。 「クルーゼ隊長から?」 何なんだ、中身は……とアスランは逆に不安になった。しかし、キラが目を輝かせて見ている以上、受け取らないわけにはいかないだろう。 「……ありがとう」 ちょっとためらいは残るものの、アスランはそれを受け取る。 「中は後で見るからね」 そのままそれはポケットにしまう。 「だから、一緒にお昼を食べないかな? 多分、レイ達とも会えるよ」 こう言いながら、手を差し出せば、 「行く〜〜」 とキラはすぐに飛びついてくる。その体をアスランは軽々と抱き上げた。そこでようやく、キラが今着ている服を確認することができた。 「……ピンクの、ザフト服」 ピンクも似合っているし、昔はよくカリダにその色も着せられていたから気にならなかったのだが、全身を見た瞬間思わず眉が寄ってしまう。 いや、ピンクでもいいのだ。 似合っていれば……とは思う。 問題なのは、キラがはいているのがいわゆるホットパンツと呼ばれるような丈だと言うことだけで……細い足は可愛らしいが、やはり問題があるのではないかと思ってしまう。 「……議長のせめてもの抵抗だったらしいぞ」 それを着せることが……とハイネが疲れたような口調で口にした。どうやら、それに関して一悶着あったことを彼は覚えているらしい。 「……これだけがズボンだったんだもん」 そして、キラはキラでこう言ってくる。 「そしたらね、ギルさんがね〜、ラウさんに怒られてたの」 それは自分でも怒るだろう、とアスランは思う。 「そうなんだ」 これは、やはりレイと相談をしてから行動を起こした方がいいかな、と判断をする。キラはシンとルナマリアに任せておけばいいだろう、とも。 「詳しいことはご飯を食べながらね」 付き合ってくれますよね? とそのままハイネへと視線を向けた。その瞬間、彼は表情をこわばらせると頷いてみせる。その理由を問いかける来もなく、アスランはさっさと歩き始めた。 『……で、何で俺に連絡をして寄越すんだよ……』 モニターの向こうで、ディアッカが嫌そうな表情を作る。 「お前なら、ハウ嬢に連絡を取れるか、と思ったんだがな」 真顔でこう言えば、ディアッカが器用に片方の眉だけを上げて見せた。 『お前が、ミリィに何の用なんだ?』 どこか警戒をしているのは、自分が彼女に横恋慕していると考えたからだろうか。はっきりきっぱり、そんな感情はないと言える。 「これを見ればわかると思うが?」 そう言いながら、アスランは手元のデーターを送信した。 『面倒だな……』 そう言いながらも、彼は届いたデーターを開いたらしい。次の瞬間、その表情がこわばる。 「俺の誕生日という名目で、クルーゼ隊長が預けて寄越したんだがな……この服に関しては、議長の趣味、だそうだ」 これで、完全にクルーゼの堪忍袋の緒が切れたのだ、とアスランは乾いた笑いを漏らした。 『これは……フォローのしようがないな。で?』 キラが絡んでいるとわかったからだろう。ディアッカの態度がまじめなものへと変わる。 「彼女なら、ラクス達に連絡を取れるかと思ったんだ」 というよりも、これを見せれば無条件で連絡を入れると思うが……とアスランは頬を引きつらせながら口にした。 「こうなったら、いっそ、彼等も巻き込んでしまうのがいいのではないか……というのがクルーゼ隊長のお考えなんだが」 そうすれば、少なくとも自分たちは安全だろう。 もっとも、デュランダルがどうなるかは責任もてないが……とアスランは笑う。 「いっそ、議長がそちらの対応で動けない方が、こちらとしては楽かもしれないがな」 そうすれば、あれこれ悩ませられることはない。 『キラがいれば、アークエンジェルは無条件で味方だろうしな』 ディアッカも頷いてみせる。 『……ところで、さ』 ふっと声を潜めた。 『あの《ラクス・クライン》って……』 その言葉に、アスランは意味ありげに笑ってみせる。その意味を彼はしっかりと読み取ってくれるはずだ。 『……なるほどな。じゃ、この画像、ミリィに転送しておくわ。とりあえず、議長のいたずらの事と、それを逃れるためにお前んとこに避難していると付け加えてさ』 後のことは、手を出さないぞ……と彼は言う。 「わかっている。イザークにばれると困るだろうしな」 それに、いざとなればキラが味方をしてくれるだろう、とアスランは告げる。その約束は取り付けてあるのだ。 「キラさえ味方に付ければ、こっちの勝ちだ」 それでなくても、レイもクルーゼもこちら側なのだからとアスランは心の中で付け加える。 『まぁ、厄介ごとが大きくなる前に連絡を寄越せ。その時はあれも巻き込むから』 せいぜい頑張れ……というとディアッカは通信を切った。 「もちろん、頑張るさ」 そして、さっさとこの戦争を終わらせてキラを元に戻してもらわないといけない! 「でないと、とんでもないことになるぞ」 ただでさえ甘ったれに育ったのに、今はそれ以上にまずい環境なのだ。 「まぁ、それに関してはレイとクルーゼ隊長に責任を押しつければいいか」 そう言いながら、アスランは背伸びをする。そのままいすの背中を倒せば、キラからもらったプレゼントが目に入った。 「さて……とお礼に何を上げるかな」 いっそ、議長撃退装置付のトリィかハロでも作るか。アスランはそう呟いて笑う。 これからのことを考えれば、多少頭は痛いが、それでも嬉しい誕生日だったな……とアスランは結論づけた。 次回に続く?
05.10.27 up と言うわけで、アスランのお誕生日編です。全然お祝いしていないですけどね(苦笑) いずれ、あの二人も合流して、ギルさまいじめに躍進してくださることでしょう、多分。 |