拘束されていたレイも、ムウの言葉ですぐに解放された。
 それは嬉しい、と、シンも思う。
「……何でお前までここにいるんだよ」
 今日、ゼミには来ていなかっただろう、とシンは彼に問いかけた。
「偶然だ。フレイと、たまたま街で出会っただけだ」
 そして、彼女を守って逃げ込んだシェルターで他のメンバーと合流したのだと、レイはいつもの口調で言い返してくる。その後、どうしようか……と相談していたところに、地球軍の兵士達が来たらしい。
「……何か、うさんくさくねぇ?」
 ぼそっとシンがレイに向かってこう呟く。
「何で、お前らだけ……」
 ここに連れてこられたのか……とシンは行きだけで告げる。もっとも、同じコーディネイターである彼にはそれでも十分なはずだ。
「……彼女がいたから……というだけの理由ではないだろうな」
 言葉と共にレイが視線を向けた先にはトール達と何か話しているフレイの姿があった。
「大西洋連合外務次官のご令嬢、だっけ?」
 もっとも、その地位もどうやって入手したのかわからないが……とシンは心の中で付け加える。
「そう聞いている」
 そのご令嬢が何故ヘリオポリスにいるのかまでは知らないが……とレイは言葉を返してきた。確かに、ヘリオポリスは学びたいという者はどこの誰であろうとも受け入れてきた。しかし、彼女が《工学》を本当に学びたかったのか、普段の言動を見ているととてもそうは思えないのだ。
 あるいは、他に目的があった、と考えるべきかもしれない。
 たとえば、あの工場で製造されていたMSに関わる者達が、人知れずヘリオポリスに足を運ぶ口実を作っていたのではないか。
 それだけならばまだいい。
 一番のねらいが《キラ》だった可能性もある。シンはそう思い当たった。
 キラはコーディネイターとはいえ《フィエル・チャイルド》の第一世代だ。ある意味、地球軍が利用するのに都合がいい存在かもしれない。もっとも、本人がそれを受け入れるかどうか、というと別問題だろうが。
「しかし、あの人の保護者が地球軍の軍人だったとはな」
「確かに、それは驚きだけど……俺たちにも偏見なさそうだから、いいんじゃないのか?」
 第一、レイを解放してくれたのはあの人だろう、とシンは口にする。
「あぁ……そうだな」
 こう口にしながらも彼はどこか釈然としない……という表情を作っていた。だが、とシンは思う。
「……まぁ、疑いたくなる気持ちはわかるけどさ。キラさんにだけは悟られるなよ?」
 キラの先ほどの表情だけで、どれだけ彼があの男を大切に思っているのかシンにもわかった。そして、あの男もカナードに負けないくらいキラを大切にしているのではないか。そう思う。
「わかっている」
 レイも、それにはうなずいて見せた。

「……まぁ、俺がいる艦に保護されてきてくれて良かったよ」
 こう言いながら、ムウはキラに向かって微笑みかける。
「僕も……兄さんがいてくれれば安心だ、と思うよ」
 そうすれば、キラもまた彼に向かって微笑み返した。その表情は見ているものをほっとされる、いつものものだ。
「期待に添わないとな」
 笑みを深めながらも、心の中では別のことを考える。
 あの衝撃で、ようやくふさがってきたキラの心の傷が、また開かなければいいのだが……と思う。それでも、自分が側にいれば対処ができるかと考え直した。
 それでも、立場が立場である以上、いつでもくっついているわけにはいかない。
 さて、どうするか……とムウが心の中で呟いたときだ。
「ムウ兄さん」
 キラがあることに気が付いたと言うように小首をかしげながら口を開く。
「何だ?」
 何か気になることでもあるのか……と思いながら聞き返す。もし、体調が悪いのであれば、すぐにでも医師に診せないといけないのだろうが……とも考えていた。
「外にいる人たち、誰?」
 しかし、キラの言葉はその予想とは違う内容だった。その事実に内心ほっとしながらもムウは視線をドアの方へと向ける。一体、どこのバカがキラを監視に来たのか、と思ったのだ。
 いくらコーディネイターとはいえ、中立国の人間にまでそんなことをするとは、怒りを通り越してあきれたくなる。ムウはこう心の中ではき出す。
 しかし、そこにいたのは全く別の人間だ。もっとも、別の意味ではものすごく納得できるとも言える。
 あきれながらも、ムウはドアの方へと移動した。
「……お前ら……何をしているんだ、そこで」
 そして、こう問いかける。
「だって……」
 あわせてくれるって言ったじゃないか、とステラは視線で訴えてくる。
「ムウの兄弟だろう? どんな奴か見たかったんだよ」
 第一、見つけたのは俺だぞ、と訳のわからない主張をしたのはアウル。そんな二人の様子を一歩下がったところから苦笑共に見つけていたのはスティングだった。
「……ひょっとして、僕たちを助けてくれた人?」
 この会話が耳に届いたのだろう。キラがこう問いかけてくる。
「まぁ、な。俺の直属の部下……になるのかな」
 正確に言えば微妙に違う。だが、本当のことを告げれば、きっとキラは悲しむだろう、と言うことがムウにはわかっていた。だから、適当に言葉を濁す。
「なら、さっきのお礼を言いたいから、そっちに行ってもいい?」
 丁寧に案内してもらったし……キラはふわりと笑みを深めた。
「あ、それ、俺!」
 すかさずアウルが中をのぞき込みながらこう口にする。
「君?」
 一瞬、キラは目を丸くした。それは、アウルの年齢のせいだろう。
 自分とそう変わらない存在が、既に実戦に出ている。その事実を目の当たりにして驚いたのではないか。
 だが、キラはすぐに笑顔に戻る。
「ありがとう。おかげで、誰もけがをしないですんだんだよね」
 そして、こう口にした。
「……美人……」
「ムウの弟とは思えない」
 ステラとスティングが口にしたセリフは、あえて聞かなかったことにしておく。それよりも、何の反応も見せないアウルの方が気にかかった。
「アウル?」
 どうしたんだ……と問いかけようとしたときだ。
「決めた! 俺、これからもあんたのこと、守る!」
 アウルがこう叫ぶ。
「……おいおい……」
 何を言っているんだ……とムウは呟く。だが、それが一番かもしれないな、とも思う。こいつらであれば、自分も安心できるのだ。
 それに、と心の中で呟く。
 アウルがこう言ったのは、キラが何のためらいもなく彼に向かって感謝の言葉を口にしたからだ。この艦内はもちろん地球軍という組織の中では、彼等はそう言うことをして当然と思われている。だから、誰も礼の言葉を口にしたことがないのだ。
「アウル、ずるい」
 ステラがぼそっと呟く。
「ムウが言うなら、俺も守ってやっていいぞ」
 そして、スティングまでこう口にする。その事実に、ムウは苦笑を浮かべるしかできなかった。