秘密の地図を描こう
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結果から言って、ジプリールに逃げられてしまった。
「仕方がない。あそこまで部下を使い捨ての駒にされては、ね。無事だっただけでも重畳だろう」
ラウはそう言ってくれる。
「ですが……」
しかし、彼が逃げている以上、ブルーコスモスの残党がどう動くのかわからない。それに、とキラは唇をかむ。月軌道上にあるという建造物も気にかかる。
「ザフトも追いかけている。それに……必要なら、我々も宇宙に上がればいいだけのことだよ」
それは難しいことではないだろう。ラウがそう言ってくる。
「そうだな。いざとなれば手段はいくらでもある」
さらに、合流していたカナードがうなずいて見せた。
「そうですね」
確かにそうすべきだろう。キラもそれに関しては同じ考えだ。
だが、と続ける。
「オーブとしてどう動くつもりなのか。それが気になります」
おそらく、カガリは動けないだろう。いや、今彼女は動いてはいけない。
しかし、誰かが動かなければならないはずだ。
それができる人間が、今のオーブにはいないような気がする。
「サハクは動かないだろうな」
カナードは静かな声でそう告げた。
「あそこは、オーブであってオーブではない。すべての者達が最後に駆け込める場所だ。そうである以上、今回のことでは動けない」
自分の領土が侵略されるか、オーブそのものがなくなるかもしれない。そう言うときであれば話は別だろうが。彼はそう続ける。
「セイランは問題外だし……アスハに彼女の代わりができる人材がいるのかな?」
自分はそのあたりのことがわからない。そもそも、あの戦争までは興味がなかったのだ。その後もプラントにいて、どういう人間が彼女の周りにいたのか。伝聞でしか知らないところが多い。
「適任者は、私たちの目の前にいると思うが?」
さらりとラウがこう言ってく。
「……僕、ですか?」
まさか、と思いながらキラは聞き返す。
「確かに、他にいないだろうな」
現状で、とカナードも言う。
「……ラクスは……」
彼女がいるのではないか。言外にそう主張してみる。
「ラクス嬢はどうしても《ザフトの歌姫》と言う立場が先行するからね。ミーア君の存在もあるから、なおさらだよ」
アスランも現在はザフトにいる以上、カガリの代理はつとまらない。
「……消去法ですか?」
キラはため息とともにそう言った。
「逆だよ。君が最も適任だ。だが、君が『いやだ』というならば、他の誰かを探さなければいけない。しかし、その役目を担える人間は現状ではいない」
そう言うことだ、と彼は続ける。
「そう考えているのは私たちだけでないようだよ」
言葉とともにラウは入り口の方を指さした。そうすれば、アークエンジェルに乗り込んでいたオーブの軍人の姿が確認できる。
「……何かご用でしょうか」
キラは彼にそう問いかけた。
「……キラ様、あの……」
慌てたように彼は言葉を口にし始める。
「その……何か、お困りのことはないか、と思いまして……」
彼は何とか言葉を見つけた、と言う表情でこう言った。
「ありがとうございます。とりあえずは、大丈夫です」
こう言い返せば、彼はほっとしたような笑みを浮かべる。
「……キラ様……我々はキラ様のお言葉はカガリ様のご命令と同様と思っています」
そのまま、こう告げるときびすを返す。
「だそうだよ、キラ」
遠ざかっていく彼の背中を見つめながら、ラウがそう言った。
「……ですが……」
そう言われても困る、とキラは思う。
「あきらめなさい」
そんな彼に、ラウはこう言った。それに反論しようにも言葉が見つけられない。ため息を返すのが精一杯だった。