秘密の地図を描こう
07
外が静かなのは、寮生達が皆、授業に行ったからだろう。
「今なら出てもいいかな?」
いすに座ったままの美をしながら、キラはそう呟く。
どちらかと言えばインドア派の彼とは言え、一日中、部屋の中に閉じこもっているのはやはりつらい。
しかし、自分の姿を見られるのもまずい、と言うこともわかっていた。だから、事情を知っている者達しかいない時間帯に少しだけ部屋から出るようにしていたのだ。
だが、そのタイミングが難しい。
「どうしようかな」
そう呟いたときだ。
『キラ、いいですか?』
端末が来訪者の声を届けてくれる。
「今、ロックを外すね」
この言葉とともにキラはドアのロックを外した。
「ありがとうございます」
即座に小柄な人影が室内に足を踏み入れてくる。
「珍しいね、ニコル。今日、講義は?」
「僕の受け持ちは、今日、ないんですよ」
システムの変更があるから、当分無理かもしれない……と彼は遠い目をした。
「それで、お願いなんですが……許可は取りましたから、チェックの手伝いをしてもらえませんか?」
生徒は立ち入り禁止だから、気分転換ができるのではないか。彼はそう続ける。
「終わったら、僕とミゲルで、ケーキぐらいおごらせていただきますし」
ふわりとした微笑みとともに告げられた提案はとても魅力的だ。
「でも、いいの?」
自分は人目に付くわけに行かないのに、とキラは聞き返す。
「チェックだけならここでもできるけど、ね」
そう続ければ、ニコルはさらに笑みを深めた。
「大丈夫です。変装してもらえば、気づかれません」
準備は自分がするから、と彼は続ける。
「それはそれで怖いような……」
しかし、ラクスがいないから、とんでもない衣装を着せられることはないのだろうか、とキラは首をひねった。
「とりあえずはウィッグとめがねで十分だと思いますよ」
そのあたりのことは任せておいてほしい、と彼は胸を張る。
「なら、いいけど」
しかし、無理はしないでほしい……と言外に告げた。
「議長のご許可がありますから、大丈夫ですよ」
どうやら、大本の指示はギルバートから出ていたようだ。ならば、大丈夫だろう。
「本当はディアッカ達も巻き込もうと思ったのですが、任務で出航してしまったので、今回は僕たちだけです」
すみません、と彼は謝罪の言葉を口にする。
「気にしなくていいよ。僕もまだ、彼らに会えるだけの心構えができてないし」
それに、とキラは言葉を重ねる。
「僕自身、やっとラクスにメールを送ることができたばかりだから」
それについても、彼女がしつこくメールを送ってくれていたからだし、と苦笑を浮かべた。
「ラクスなら、僕がみんなに『会いたい』まで内緒にしておいてくれるとわかっていたから」
そうでなければ、いくら彼女相手でもできなかった。そう続ける。
「あぁ、そう言った点ではディアッカは難しいかもしれないですね」
アスラン達とのつながりが強すぎるから。ニコルはそう言ってうなずく。
「それについては、後で何とかしておきますね」
近いうちに、と彼は言う。
「と言うところで、難しい話は終わりにして、お茶にしませんか?」
母がお菓子を送りつけてきたので、と彼は表情を和らげる。
「うん。そうしようか」
気分転換にはちょうどいい、とキラもうなずく。
「じゃ、用意しますね」
あっという間に準備を始める彼の手際の良さに感心するしかできない。
それにしても、どうして自分の周囲にいる者達は自分に何もさせてくれないのだろうか。
ふっと、そんな疑問がわき上がってくるキラだった。