今が、一番の見頃らしいから。
 こう言って、キラがシンを誘う。
 キラが一緒に言ってくれと言うならどこでもいいけど……と思いながらも、シンは彼と手をつないで歩いていた。
「……でも、黙って抜け出してきてよかったのか?」
 今頃、騒ぎになっていないか……とシンはキラに問いかける。
「大丈夫だと思うよ」
 一応、フラガには声をかけてきたし、カガリにも許可はもらってきてある……とキラは言い返してきた。
「シン君も一緒だしね」
 ふわりとやさしい笑みとともにさらに付け加えられては降参するしかない。
「本当にもう、キラさんは……」
 人をその気にさせるのがうまいんだから……と呟きながらも、つないでいた手に力をこめる。
「そういう僕も、好きでしょ?」
 少しだけいたずらっ子めいた笑いを漏らしながら、キラはこう問いかけてきた。
「当然」
 キラがキラであればいい。
 こんな風に、少し子供っぽいところも、他人にだけではなく自分にも厳しいところも、全てひっくるめて《キラ》が好きなのだ、とシンは思う。どれか一つかけても、きっと自分はここまでひかれなかったはずだ。
 それ以前に、恨みすら捨てられなかったかも知らない。それが、キラのせいではないと理解できていても、感情で納得できなかったはずだし、と思う。
「で、どこに行くの?」
 教えてよ、とシンは問いかける。
「内緒」
 もう少しだから、とキラは微笑む。
「……教えてくれてもいいのにな」
 しかし、キラがどこか楽しそうだからいいのか、とそんな風にも思ってしまう。こんなキラの様子は、滅多に見られないし。
 それでも、やっぱり面白くないと言えば面白くない。
「わかったよ。でも、付いたら、キスしていい?」
 それなら我慢する、と少しだけわがままを言ってみる。
「いいよ」
 キラは笑みを深めるとすぐに快諾してくれた。それも珍しいな、と思っていれば、
「頬ならね」
 という落ちを付けてくれた。
「キラさん……それって、嫌がらせですよ」
 思わずすねて見せる。故意犯だったのか、そんなシンの様子を見て、キラが小さな笑いを漏らした。
「人目がなかったら、考えてあげるよ」
 そして、こう言ってくる。
「さすがに、立場を考えるとね。うかつなことはできないから」
 確かに、それはそうだ。いくら恋愛は個人の自由だ、とはいえやはり組織のトップの恋人が年下の部下で、しかも同性だというのは恰好のスキャンダルになるのではないか。その程度のことはシンにもわかった。
「いいよ。みんなには納得してもらっているから」
 戻れば、好きなときにキスを盗むことも可能だし、と微笑みを作る。だから、気にしていない、とも。
「ごめんね」
 しかし、何故かキラはこんなセリフを口にした。
「どうして謝るんだよ」
 シンはむっとしてしまう。
「そのせいで、君に不自由をかけているかなって、そう思っただけ」
 普通の人間であれば、どのようなときでも他人の目を気にすることがないだろうから、とキラは付け加える。
「でも、それも楽しいからいいよ」
「シン君?」
 どういう意味? とキラが足を止めて首をかしげて見せた。
「こういうこと」
 周囲に誰の気配もないことを確認して、シンは触れるだけのキスをキラに贈る。
「シン君!」
「大丈夫。今は側に誰もいないから」
 まずくなったら、自分が怒られてでもいいからあの二人に頭を下げてもみ消してもらおう、と心の中で呟いたのは内緒にしておこう。
「もう」
 知らないからね……と口にすると、キラはまた歩き出す。その後をシンは慌てて追いかけた。
「キラさん、ごめんってば!」
 謝るから怒らないでくれ……といいながら、四つ角を曲がる。
 次の瞬間、目の前あほとんど白に近い淡い桜色で被われた。
「……桜?」
 ふわりと舞い落ちてきたものを捕まえながら、シンはこう呟く。
「そう。きれいでしょ」
 昔、近くに住んでいたから……とキラは懐かしそうな口調で告げる。
「キラさん?」
「考えてみれば……ここでアスランと別れたときから全て始まったような気がするんだよね。だから……次に来るときには、一番大切な人と一緒にしようって、決めていたんだ」
 そうすれば、別れのイメージではなくもっと別のものとしてここの光景を捕らえられるだろうから、とキラは言葉を重ねる。
「調べたら、今が一番見頃だって言うし」
 だから、ちょっと無理かと思ったが、カガリ達に相談したのだ……キラは微笑む。そうしたら『行ってきてもいい』と許可が出たのだ、とか。
「何か、アスランがそんなことを言っていたらしいんだよね」
 本当、そういうところは昔と変わらない……とキラは少しだけ頬をふくらませる。それでも、離れている今であれば、その気遣いもありがたいと言えるのだろうか。
「そうなんだ」
 アスランに関して言えば、今でも気に入らない。キラは自分のものなのに、とそう思う気持ちがあることは事実だ。同時に、キラがこんな風に優しい表情をしているのだから、多少のことは妥協するしかないか、とも思う。
 何よりも、キラがここに一緒に来たいと思ったのは自分で、アスランではない。
 その事実だけでも十分だろう。
「だったら、さ」
 でも、自分は欲深いから、新しい絆を欲しがってしまうんだよな……とシンは心の中で呟きながら口を開く。
「何?」
 そんなシンの内心に気付いているのかいないのか。キラが小首をかしげながら聞き返してくる。
「来年も、再来年も……ずっと、一緒に見に来ようよ、桜」
 そうすれば、安心できるだろう? とシンは微笑む。そんな彼に、キラもまた、満面の笑みを返してくれた。