目の前にある布に描かれている模様はとても綺麗だ、と思う。
 思うのだが……
「これって、女性用じゃない!」
 衣桁かけられたそれを指さしながらキラはカガリ達をにらみつける。
「それがどうかしたのか?」
 しかし、カガリはまったく気にしないと言った様子で言い返してきた。
「こういう服は、髪の毛と瞳の色が濃い方が似合うからな」
 自分では似合わない、と彼女は少し悔しそうだ。
「キラなら、その点似合いそうですわ」
 にっこりと微笑みながら口にしたのはラクスである。この笑顔で全てを全てを納得させることができるらしいが、キラには取りあえず通用しない。
「だったら、アスランだってシン君だっていいじゃない!」
 二人とも、自分よりも髪の毛の色が濃いよ! とキラは言い返す。その瞬間、彼らがどのような表情をしたかなど気にする余裕はもちろんない。
「……アスランは体格がなぁ……」
 確かに顔だけなら……とカガリは真顔で呟いている。
「カガリ!」
 それは、とアスランは困惑の表情を作った。
「貴様がそんな弱腰だから、そういわれるんだろうが!」
 ラクスにくっついてきたらしいイザークが活を入れている。しかし、それもアスランの耳に届いているのかどうか。
「キラさん! キラさんの命令なら、俺も付き合いますが……」
 できれば避けたい、とシンはシンで鳴きそうな表情で言ってきた。
「……シンも似合いそうですが、彼には他の衣装を用意してありますから今回はやめておきましょう。アスランでは笑うしかないできになりそうですし」
 着物がもったいないでわ、とラクスはころころと笑いながら口にする。
「……議長……」
「ラクス……冗談きついよ」
 本当に、彼女たちは何を考えているのか。そう思わずにはいられない。
「あら、わたくしはいつでも本気ですわ」
 さらに笑みを深めながらこう言ってくる。
「それとも、命令をした方がよろしいのでしょうか」
 キラが素直に着なければ、プラント最高評議会議長として命令をすると言いたいのだろうか。しかし、どうしてそこまで自分にあれを着せたいのだろう、と思う。
「……命令されても、拒否するよ……」
 悪いけど……とキラは言い返す。自分にはその権限があるから、とも付け加えた。
「僕に拒否権をくれたのはラクスだよね?」
 微笑みと共にこう告げれば、彼女は小さな舌打ちをする。それを耳にした瞬間、アスランとシンは小さなため息を吐き、イザークは信じられないというように目を丸くした。
「ラクス嬢に夢を持っていたからな、こいつ」
 まったく、と苦笑と共に教えてくれたのはディアッカだ。
「という話は置いておいて……着てやってくれねぇ?」
 頼むから、と彼も口にする。
「ディアッカ?」
 女性陣二人だけであればともかく、彼までこう言ってくるというのはどうしてなのか。
「ミリィに、何か言われた?」
 一番可能性がありそうなのはこれだけど、と思いながらキラが問いかける。
「っていうか……みんなが見てみたいと言い出したらしくてな」
 流石に、二十歳になる男にそれはないだろう……と思うのだが、女性陣は違うらしい、と彼は苦笑と共に口にした。
「それに……お前がそれを着ないと、おっさんが着る羽目になるらしい」
「……本当?」
 ちょっとというか、思い切り否定したいような状況ではないか。フラガが着るというのであれば、絶対アスランの方がマシだ。そうも言い切れる。
「マジだって……流石に、それは見たくねぇだろう?」
 誰だよ、そんなことを考えた奴は……とディアッカもため息を吐いた。
「でも、僕だっていやだよ」
 女装なんて、とキラは眉を寄せる。
「大丈夫。女装はともかく、仮装だけは付き合ってやるから」
 だから、あきらめろ……と彼はさらに言葉を重ねてきた。
「……僕に女装させなくても、きっとマリューさんなら似合うよ」
 でなければ、それこそミリアリアに着せればいいだろうとキラは投げやりな口調で告げる。
「お前じゃないとダメなんだって」
 実は、ザフトの女性陣からも頼まれているのだ……とディアッカは真顔で口にした。
「それだけじゃないぞ、キラ」
 一体どこから話を聞いていたのか。カガリも口を挟んでくる。
「モルゲンレーテとオーブの女性陣からも、だ」
「ちなみに、それを見つけてきたのはカリダ様ですわ」
 カガリのセリフはまだしも、ラクスのセリフにキラはクリティカルヒットを受けてしまった。
「母さんまで……」
 いくらなんでも、我が子の性別ぐらい理解してくれていると思ったのに……とキラはショックを隠せない。
「と言うことで、着てくださいますわよね?」
「大丈夫。お前は私と同じ顔をしているんだから、絶対美人になる!」
 そんなことを言われて嬉しい男がどれだけいるのか。そういいたいが、その気力すら既に失われていたキラだった。

「……頼むから、出て行ってくれない?」
 渋々、あの着物――ご丁寧に大振袖だ――を着ることには同意はしたが、だからといって戦場でもないのに女性の前でストリップをする気にはなれない。それなのに、何故かこの場に母だけではなくカガリとラクスがしっかりと立ち会っているのだ。
 そんな彼女たちに向かってキラはこう告げる。
「いいだろう、別に」
 減るもんじゃないし……という言葉は何なのか。
「……着るの、やめるよ?」
 取りあえず、こう言ってみる。
「ちっ」
 だから、どうしてそこで舌打ちをするんだろうね、彼女は。
「しかたがない。取りあえず、他の連中の様子を見てくるか」
「でも、メイクはわたくしにさせてくださいね」
 ちゃんと美人にして差し上げますわ……と言われても嬉しくない。でも、その点をつっこんで彼女たちにここに居座られるのはさらにまずい。
「……僕は男なんだけど……」
 この呟きは二人の耳に入ったのか。それとも、たんに無視されただけかもしれない。
「さて、それじゃ他の連中のできあがりを見てくるか」
「可愛くなっていればいいのですが」
「笑えるできかもしれないがな」
 取りあえず確認だ、と口にしながら二人は出て行く。
「本当に……僕たちをおもちゃって思ってないよね、二人とも」
 小さなため息とともにキラはこう呟いた。
「母さんも楽しいわ。だから、我慢してね」
 こう言いながらカリダは視線でキラに上に来ているものを脱ぐように促す。それに渋々キラは従った。
「大丈夫よ。キラは男の子にしては可愛いから」
 そういう問題ではないんだけど、とキラは言いたい。でも、母にとっては自分はいつまで経っても子供なのだ。それは、決して血のつながりだけではないこともキラにはわかっている。
「……今回限りにしてくれればいいんだけど」
 無駄とはわかっていても、こう呟かずにはいられないキラだった。

 一時間後、ウィッグでロングにされた髪を色とりどりのアクセサリーで飾られたキラとフリルたっぷりのドレスを着せられた、これまたロングヘアのシンは半ば開き直った心境で並んで座っていた。
 それを女性陣が楽しそうに見つめている。
 しかし、誰も視線を向けない一角があった。だが、それについてつっこむことは、あえてやめておこう、とキラは思う。
「……これが終わったら、やけ酒でも飲もうかな」
 代わりに小さな声でこう呟けば、
「付き合わせてください」
 シンが即座にこう言い返してくる。おそらく、視線を向けたくない砲口にいる者達も同じ気持ちなのではないか、とキラは思う。
 これで、新年早々男性陣が二日酔いで寝込むことは決定だった。

 取りあえず、世界は平和だった。































































































 2008




 と言うわけで、アンケートの結果から。


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