捜し物



「カガリが?」
 その瞬間、キラは今出てきたばかりのコクピットへ駆け戻ろうとする。
「駄目よ! 貴方は休むの!」
 その体をアイシャが背後から抱き留めた。
「でも!」
「大丈夫。アンディが行ったわ。彼が戻ってきたら、私が行くから……その間に貴方は休むの。それもパイロットの仕事でしょう?」
 違う? とアイシャが問いかけてくる。
「……でも……」
「彼女が心配なのはわかるわ。でも、それで貴方に何かあったら、彼女が自分を責めてしまう……違う?」
 カガリの性格なら間違いなくそうするだろう。それはキラにもわかる。
「……でも、休んでなんかいられないんです……心配で……」
 もう、誰にも死んで欲しくないのだ、とキラは訴えた。
「わかっているわ。でも、休まなきゃ駄目」
 何なら、眠れるまで側にいて上げるから……とアイシャは付け加えた。
「ね?」
 そう言われても、キラにはすぐに納得できるわけではない。だが、ここで納得しなければ、彼女は本気でベッドの中まで着いてくるだろう。
 そう言うことをしないとはわかっていても、さすがにまずいのでは……とキラは思う。一応、彼女にはバルトフェルドという決まった相手もいるのだし。
「……というわけで、部屋に戻りましょうね」
 キラが考え込んでしまったのをいいことに、アイシャが彼を引きずっていく。
「手伝いますかい?」
 しかも、マードックまでそれに手を貸す始末。
「やっぱり僕は……」
 キラがようやく意を決したときにはもう遅かった。
「だぁめ」
「休むんだ、坊主」
 両側から引っ張られては逃げ出しようがなかったらしい。キラはそのまま自室として与えられた士官室まで拉致されてしまった。
「じゃ、アイシャさん、坊主の監視をお願いします。俺たちはその間にストライクの整備をすませてしまいますから」
 マードックはキラを部屋の中へと放り込むとこう言う。
「わかっているわ。オコサマはちゃんと眠らせておくから」
 それにアイシャはにっこりと微笑み返す。例えパートナーがいたとしても、美女からこんな風に微笑まれるのは嬉しいものらしい。少し照れた様子でマードックは頷くと、今きたルートを戻っていく。その後ろ姿をキラは恨めしげに見つめている。
「こらこら。そんな表情をすると目つきが悪くなってしまうわ」
 駄目でしょう? とそんなキラの表情に気づいたアイシャが彼の額を小突く。
「いいんです。別に」
「良くないわ。かわいい子はかわいい表情をしていればいいの」
 そうさせるために自分たちはあんなお芝居をしてまでここに来たのだから……とアイシャは付け加える。
「……僕に……そんな価値があるとは思えませんけど……」
 ぼそっとキラが呟けば、
「あら。それを決めるのは私たちだわ。私たちが貴方を守りたいと思ったからここにいるの。それはあくまでも私たちの勝手よね? 貴方は笑ってそれを受け入れてくれればいいだけ」
 わかった? と付け加えながら、アイシャはキラのパイロットスーツを脱がせようと手を伸ばす。
「自分で出来ます」
 彼女に散々着せ替え人形にされてしまっている弊害だろうか。キラはそんな彼女の行動に恐怖すら覚えているらしい。
「あら、そう? 残念だわ」
 くすくすと笑いながらアイシャがそう口にする。
「じゃぁ、自分で脱いでね」
 そうしたらベッドの中にはいるのよ……と言われて、キラはため息とともに頷く。
「寝付くまでは側にいて上げるわ。その方が安心して眠れるでしょう?」
 側に人の気配があった方が……と言われて、素直に頷いてしまうのは彼女の言葉が真実だからだろう。実際、彼らがアークエンジェルに乗り込んでからと言うもの、キラの不眠症はなくなった。あるいは、夜中にフレイが押しかけてくる事がなくなったからかもしれないが。
 そんなことを考えながら、キラはベッドの中に潜り込む。すかさず毛布を掛けてくれるアイシャに、キラは母親を感じてしまう。もちろん、自分の母親よりも若い彼女にそんなことを言ったらどんな目に遭わされるかわかったものではないが。
「いい子ね。ゆっくりとお休みなさい」
 閉じたまぶたの上に、細い指が触れてくる。そのぬくもりに、キラの体から自然と力が抜けていった。

「アンディ! それにフラガ少佐。どうだった?」
 キラが完全に寝付いたのを確認してデッキに戻っていたアイシャが、二人の姿を認めてこう問いかける。
「……どうやら、ザフトの輸送船と接触したらしいな……残骸が浮いてたよ」
 バルトフェルドのこの言葉に、アイシャが眉をひそめた。キラが聞いたら、無条件で飛び出しそうだと思ったのだ。
「あぁ、心配はいらない。スカイグラッパーの破片はなかったし……あれが落ちたとしても脱出装置が働いているはずだから……少なくとも命は無事だろう」
 彼女が何を心配しているのか伝わったのだろう。フラガがフォローするように口を開く。
「と言うわけで……海流その他の要素を考えて、彼女がいそうな場所を割り出した方が早いと思うんだ。手伝ってくれるね?」
 そう言ったデーター関係はここにいるメンバーの中ではアイシャが一番得意としている。
「わかったわ。任せておいて」
 にっこりと微笑と彼女は頷いて見せた。
「その間に、きちんと休むのよ、二人とも。でないと、あの子が悲しむわ」
 あるいは怒るかもしれないわね……とアイシャは笑う。
「そう言う状態だったわけね」
 すまん、とフラガが頭を下げれば、
「まぁ、あのお嬢ちゃんが無事ならば怒りも冷めるだろう」
 後は誤り倒すしかないな、とバルトフェルドは笑いを漏らす。
「ともかく、ちゃんと休むよ。いっそ、坊やの部屋でもいいかもしれないね」
 それなら休んでいるとわかるだろう? と付け加える彼の表情はいたずらを考えている子供のものと同じだった。
「……頼むから、坊主に追い打ちをかけないでくれよ……」
「可愛がるのはいいけど、遊んじゃ駄目。わかっているわね、アンディ?」
 あの子は繊細なのよ、と口にしたアイシャからバルトフェルドさりげなく視線をそらす。
「……遊ぶ気だったわね……」
 アイシャの柳眉が逆立つ。
「坊主も厄介なのに」
 その後に続いた彼女の怒声を、自分のことを棚に上げたフラガは苦笑を浮かべながら聞いていた。

 カガリのスカイグラッパーの位置が特定できたのは夜が明けてのことからだった。
「人には休めって言っておいて……ご自分は徹夜ですか?」
 目を赤くしているアイシャを見て、キラが低い声でこう問いかける。それは本気で怒っているときのキラの姿だった。
「ま……まあまあ、キラ……アイシャさんのおかげでカガリさんの居場所がわかったんだし……」
「そうそう。で、キラが迎えに行けるんだから怒るんじゃないって」
 慌ててミリアリアとトールがそうフォローを入れる。
「わかってるよ。でも、人だけ眠らせておいて自分が無理したら意味ないじゃないか」
 僕ばっかり心配されて……とキラが悔しそうに呟いたときだった。すいっと流れるような仕草でアイシャがキラに顔を寄せてくる。
「アイシャさん?」
 一体何を……とキラが問いかけようとした瞬間である。いきなり彼の唇がアイシャのそれで塞がれた。
「……いい子ね、本当に。大丈夫よ。貴方が迎えに行っている間に寝るから」
 大丈夫よ、と笑う彼女に、キラは黙って頷く。どうやら、今のキスで完全に怒気を吸い取られてしまったらしい。
「じゃ、いってらっしゃい」
 ちゃんと連れ帰ってくるのよ、といいながら、アイシャがキラの背中を押した。それに逆らうことなくふらふらとストライクのコクピットへと向かっていく。
「おいおい……それは反則だろう、アイシャ」
 彼女の恋人であるはずのバルドフェルトがその背を見送りながら声をかける。
「あら? 妬いているの?」
「まさか」
 キラが相手では妬くどころかうらやましいね……と笑う彼に、他の面々は何も言うことが出来ない。
「……実はキラって……思いきり不幸?」
 アイシャはまだしも、バルトフェルドやフラガに囲まれて……とミリアリアが呟く。
「ミリィ……言わないでおいてやれ……」
 トールがため息とともにこう言えば、
「後は……何を考えているかわからないフレイに、男勝りのカガリ、恨みがましい視線で見つめるサイ、だもんな」
 とカズイが追い打ちをかける。
「まぁ、あの三人が着いている限り、落ち込んでいる暇はないって事は確かだけどさ」
 実際、前のような明るい笑顔は見られないが、それでもキラの表情が明るくなったのは事実だ、とカズイは付け加える。見ていないようで実はしっかりとキラのことを観察していたんだな、と残りの二人は感心してしまった。
「あとは……カガリさんが無事だと久々に笑ってくれるかもしれないわね、キラ」
 呟くように言葉を口にするミリアリアに、その場にいた誰もが頷く。
「もっと、キラを好きなパイロットがここにいてくれれば、あいつの負担、減るのにな」
 またザフトから来てくれないかなぁ……と口にしたトールは、左右から小突かれることになったのは言うまでもないであろう。

「……アスランに会ったんだ……」
 誰もいないストライクのコクピット。カガリの言葉を耳にしていたキラが小さな声で呟く。
「そうか……地球に降りて来ちゃったんだね……」
 そして、彼は間違いなく自分たちを追ってくるだろう。それが嬉しいのか悲しいのかよくわからない……とキラは付け加える。
「……いっそ、アスランもこっち来てくれるといいんだけどな」
 彼の性格からして無理だろうと苦笑を浮かべたキラの視線は、手の中のマスコットに向けられていた。
「こんな風に、また君の手を取ることが出来ればいいのにね」
 その言葉を耳にする者は誰もいない。
 キラはその事実にほっとしながらそうっと目を閉じる。そのまま、心配した面々が探しに来るまで、彼はそこにいたのだった。

ちゃんちゃん