合流「アンディ!」 その場に不似合いなぐらい艶やかな声がドアの外から届く。 「出来たわよ!」 言葉とともにドアが開かれた。反射的に視線を向けて、キラは目を丸くしてしまう。 「……カガリ……」 きれいにドレスアップした彼女の姿は、いつものあの少年めいたものとは全く異なっていてどう反応を返せばいいのかわからない。その上、着慣れているのか、その動きすらよどみない。 「何か言いたいことがあるなら正直に言え!」 だが、口調はいつものカガリで、その事実にキラはほっとしたような気持ちになる。 「そうやってると、本当に女の子なんだなぁって思って……」 そのせいだろうか。つい本音を口にしてしまう。 「……お前なぁ……」 そう言うことを言うなら、お前が着ろ! とまで言いそうになるカガリに、キラは素直に謝罪の言葉を口にしようとした。 「やっぱり、かわいい子には可愛い格好をさせないとね」 「でしょう?」 そんな二人の脇で、大人達が勝手なセリフを口にしている。 「本当は、そっちの少年も着替えさせたいんだけど……駄目よね?」 だが、このセリフを耳にした瞬間、キラだけではなくカガリもすべての動きを止めてしまった。 「あ、あの……」 それはやめて欲しい、とキラは続けようとする。 「いや、同じコーディネーターとは言え、これだけかわいい子はいないしぃ……惜しいよねぇ。これで連邦軍のMSのパイロットでなきゃ、無条件で閉じこめてやるのに」 「そうしたら、アンディ。私に着せ替えをさせてね」 「お前、コーディネーターだったのか!」 三者三様のセリフがキラに向けられた。 「……なんか、このまま逃げ出したくなってきた……」 とは思うものの、カガリを見捨ててはフラガ達に怒られるだろう。 かといって、今の彼女を連れてでは、この場は良くても建物の外まで逃げられるかどうか。 自分一人ではどうとでも出来るが、彼女が一緒では訓練されたコーディネーター達にあっさりと押さえつけられてしまうだろう。 「……心配するな、わたしもだ……」 その言葉を耳にしたらしいカガリが、ため息とともにこう言ってくる。 「というはなしは置いておいて……」 ふっと口調を変えてバルトフェルドがキラへと視線を向ける。 「どうなったら、この戦争は終わると思う? モビルス−ツのパイロットとして」 そして穏やかな微笑みとともにバルトフェルドはキラに問いかけてきた。 「戦争には制限時間も得点もない。なら、どうやって勝ち負けを決める?」 たたみかけるように言葉を投げかけられて、キラは唇をかみしめる。 はっきり言って、それを教えて欲しいのはキラ自身だ。そう告げられればどれほどいいだろう。だが、自分の今の立場ではそんなこと言えるわけもない。まして、相手は初対面の……しかも敵の指揮官だ。 「敵である者をすべて滅ぼして、かね?」 冷たい言葉に、キラは思わずうつむいてしまう。 「といういけずはここまでにしておこう」 「そうよ、アンディ。かわいい子にそんな表情、させちゃ駄目」 かわいい子には笑顔でいて貰わないと……と付け加えられてキラはさらに困ったような表情になってしまった。 「……状況はともかく、その意見には私も賛成だな」 カガリまでこう言われて、キラはますます困ってしまう。 「これ以上ここにいると、泣かれてしまいそうだな……今日は返してあげよう。あぁ街まで送ってあげよう」 ここから歩くとなるとかなり距離があるからね……と軽い口調でバルトフェルドが声をかけてくる。 そのセリフを耳にした瞬間、『誰のせいだ』とキラとカガリが心の中で呟いたのは言うまでもないであろう。 「アンディ?」 二人を街へと送っていった帰り道。ハンドルを握るバルトフェルドにアイシャが声をかけてきた。 「何だ?」 「……今、とんでもないことを考えているでしょう?」 くすくすと笑いながらこう言われて、バルトフェルドは苦笑を浮かべる。 「君にはばれると思ったけどね……戻ったら、プラントへ連絡を入れなければならないかな」 内密で……と付け加えると、彼はさらに苦笑を深めた。 「そうね。そうするべきでしょうけど……本当にいいの?」 「それは私のセリフだよ」 自分で選んだことだからかまわないが、君まで付き合うことはない……とバルトフェルドは付け加える。 「何言っているの。状況は貴方の方がまずいでしょう? 私と違って、貴方は一応『軍人』なんだもの」 違って? ときれいにルージュを縫った唇でアイシャは微笑む。 「違わないなぁ……」 それがいくら『某所』から回ってきた命令だとはいえ、断る気になれば十分断れたのだ。 「だけど、気に入っちゃったんだよねぇ」 あのオコサマが……とバルトフェルドが笑う。 「前々から気になってたけど、実物を見たら余計に、ね」 思わずあの場所から拉致してくるくらいには…… そして、その心を傷つけないように解放してやるほどに。 「それは私も同じだわ。実物の方が何倍も可愛いんですもの」 これはぜひ計画を実行させて頂こうと、アイシャはさらに微笑みを深めた。 「と言うことで、ちょ〜と忙しくなるねぇ……あちらこちらにこっそりと根回しをしておかないと」 「もちろん、私も手伝うわ」 楽しくなるわね、というアイシャからは全く緊張感が感じられない。だが、それもまた彼女の魅力の一つなのだ、とバルトフェルドは笑う。 「頼むよ」 言葉とともにアクセルを踏み込む。そして、彼らは自分たちが本部としている建物へと急いだのだった。 数日後、バルトフェルドとキラは少年が望まぬ形での再会を果たすことになった。 「バルトフェルドさん! もうやめてください! 勝負はつきました……降伏を!」 既に十分に動けるバクゥはない。 そして、彼らの援護をしていた船も、そして、二機のGも戦闘地域から姿を消している。 残っているのは、目の前の指揮官機だけだ。 そして、それに乗っているのは、あの陽気なコーディネーター。 ただ一度しか合っていないのに、そして、自分に厄介な宿題を出したというのに、キラは彼を、彼らを殺したくないと思っていた。 出来れば、どのような形でもいいから生き残って欲しいとまで思う。 「言ったはずだぞ。戦争には明確な終わりのルールなどないと」 しかし、目の前の機体からかえってきた答えはこれで…… 「バルトフェルドさん!」 「戦うしかなかろう。互いに敵である限り」 それが自分たちのけじめだ……と言外に付け加えると、バルトフェルドはまっすぐにストライクへと機体を走らせる。 その口にはビームサーベルがくわえられていた。 自分が死ぬわけにはいかない。 そうなれば、友人達を守る者がいなくなってしまう。自分のせいで傷つけることになってしまった者たちも、そんなふがいない自分をまだ友達と思ってくれる者たちも、優しい者たちも、守るためには彼らを殺すしかなくて…… 「……僕は……僕は、殺したくなんてないのにっ!」 キラの叫びは周囲の大気を切り裂いた…… 「……何でここにいるんですかァ!」 ゲリラ達と別れ、再び移動を開始したアークエンジェルの船内をキラの叫びが響き渡った。 「なんでって……少年の側にいようかと思って」 「パイロットは多い方がいいのではなくて?」 にっこりと微笑みながらコーヒーを飲む二人に絶句したのは、キラだけではない。 「……どこの誰がそのセリフを信用するんだ!」 ようやく我に返ったカガリもキラに負けじと怒鳴り声を上げる。 「彼は信じてくれたよ」 さらりとこう言いながら、バルトフェルドが指さしたのは、連邦軍のエースパイロット。『エンデュミオンの鷹』と二つ名を持つ、この艦の最高位を持つ相手だった。 「フラガ少佐!」 「どういう事か、説明しろ!」 お子様達二人はまっすぐに彼に詰め寄っていく。 「……いやね……あのお二方から協力を申し出られて……家としても人員不足は否めないし……ついでに、パイロットが坊主と俺だけ……という状況じゃ、ゆっくりと休めないだろう? MS込みで来てくれるって言われて、ついな」 許可を出しちゃったんだよな〜、とフラガは笑う。 「MS?」 「そ。空中戦専用の奴を持ってきてくれたからねぇ……」 彼の言葉を聞きながら、キラは思わずその場に崩れ落ちるように座り込んでしまった。 「キラ?」 「坊主!」 「少年?」 その場にいた全員が、キラのその様子に驚いたように声を上げる。 「……僕の……」 ふるふると肩をふるわせながらキラが何かを口にしようとしていた。だが、興奮のせいか――それとも涙のせいか――うまく声が出ないようだ。 「坊主、落ち着け……な?」 キラが煮詰まったり切れたりするととんでもない行動に出ることを、この場にいる誰もが気づきつつある。慌ててフラガが彼をなだめようとした。 「僕の涙を返してください! あんなに辛かったのに!!」 だが、それは一瞬遅かった。 キラが渾身の力を込めてこう叫ぶと、ついでとばかりに手近にあったいすに拳をたたき込む。それはもう、見事なくらい二つに割れた。 「仕方がないでしょう? さすがに、隊長クラスのものが寝返ったとなると部下達が困ることになるもの。だから、死んだことにした方が都合が良かったってわけ」 あまりだだをこねると、お姉さんがお仕置きをするわよ……と付け加えながら、アイシャがキラに歩み寄ってくる。 「それにね。アイドルには親衛隊がつくものなの」 最初の方ですらキラはうまく理解できていないというのに、後半のセリフは何なのか。 「……あ、アイドル? 親衛隊?」 いったい誰が……とキラは本気で悩む。 「これだよ、これ」 そんなキラに追い打ちをかけるようにバルトフェルドがポケットからカード型のモバイルを取り出した。そして、あるものを表示させる。 「アァァァァァッ! そ、それ、どうしてもっているんですかぁ!」 モバイルの上に映し出されているものに、キラだけではなく他のメンバーも思いきり反応を返してしまう。 それも無理はないだろう。 それはラクスへのお返しとして送ったはずのフォログラムマスコットだったのだ。 「何で、そんなものを」 「何だ、これ、キラじゃないか……ものすごく可愛いぞ!」 キラの言葉を遮るようにして、カガリが叫ぶ。 「だろう? 実は、プラント内で今、密かに流行しているんだよ。と言うわけで、これの虜になった我々は、実物も守ってあげようと思ったわけだ」 「そう言うことなら納得してやろう! しかし、可愛いな……私も欲しいが……元データーあるのか、これ?」 あるよな、と視線で訴えるカガリに、しっかりと頷いたのはミリアリアだった。 「……僕……男なんだけど……」 何か、男扱いされていないような気がするのは気のせいか? とキラは小さく呟く。 そんな彼の目の前で、ミリアリア、カガリ、アイシャの三人組がキラに似合う服――しかも、どう見てもそれはドレスだ――を選んでいる。 この騒ぎにラミアスはおろかバジルールまで参戦することになるとは、キラはもちろん、アークエンジェルに元々いた男性陣は想像も出来なかった。 「……僕、この艦降りてもいいですか?」 何とかしてくれ、とキラがフラガに泣きついたのはそれから数日後のことである。その背後には、しっかりとバルトフェルドがくっついていたのは言うまでもないことだ。 「あきらめてくれ……今坊主に降りられると、そいつらまで降りられかねない……っていうか、降りた方がもっと悲惨な目に遭うぞ、たぶん」 フラガのこの言葉は間違いなく真実だろう。 「……僕……」 「坊主、何事もあきらめが肝心だぞ」 「そうだぞ、少年。男は開き直ることも重要だ」 意外なことにこの二人は馬が合うらしい。それだけに、逃げ場がないキラだった。 「……アスラン、助けに来てくれないかな……」 最後に逃げ込めるのは、やはりストライクのコクピット。 その中で、ラクスから貰ったマスコットに語りかけるキラははっきり言って哀れだとしか言いようがない。普段はキラがコクピットに逃げ込むのをよく思っていないマードックですら是認しないわけにはいかないほどだ。 まさか、今回の騒動の糸を引いていたのがそのラクスだったとはあずかり知らぬキラだった。 ちゃんちゃん
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