お返し「……プレゼントを貰っちゃった以上、お返ししないとまずいよね……」 キラは手の中のものを見つめながら小さく呟く。 「でも、お返しと言っても……ここにはラクスにあげられるようなものはないし……入手できるあてもないしね。アスランだったら何か作ってあげるんだろうけど、僕にできる事ってプログラムぐらいだし……」 何をしてあげればいいのだろうか……とキラは悩んだ。 「そう言えば、ラクスが歌っていた歌ってきれいだったよな。あれ、MIDIデーターにして……ついでに何かフォログラムマスコットでもつけてあげたら……喜んでくれるかな?」 「きっと喜んでくれるわよ」 いきなり声をかけられて、キラは硬直する。 「……ミリィ?」 おそるおそるというように顔を上げれば、ミリアリアだけではなく他の友人達もその場にいたのがわかった。 「……どこから聞いていたわけ?」 「どこからって……お返ししないといけないよねって言ってたところからよ」 にっこりと微笑みながら告げられた言葉に、キラは血の気が引いていくような感覚に襲われた。と言うことは、今大切に手の中に包み込まれているものも見られてしまったのだろうかと冷や汗が背筋を伝い落ちていく。 「そうね……あの曲きれいだったし……私たちもお相伴にあずかっちゃったから、手伝えることは手伝うわ。ね、みんな?」 この言葉に逆らえる者がいるのか……実際、キラが貰ったチョコレートを本人よりも多く食べてしまったのだ。 「そうね。フォログラムマスコットのデザインは任せておいて。可愛いのを作ってあげる。そう言うのは得意だし……フォログラムはトールが作ってくれるわよね?」 だから、キラはMIDIデーターとマスコットの動きをお願い……と微笑むミリアリアにキラだけではなくその場にいた全員が頷いたのだった。 数日後、戦闘の合間を縫って彼らはそれぞれの作業を進めていた。その事実にラミアス達も気づいていたが、ミリアリア達と同じ理由で文句をつけられなかったらしい。 「……三倍返しじゃなくてよかったよな……」 ただ一人、フラガだけが笑っていたが。 「しかし、ずいぶんとまた可愛いのができたじゃないか」 キラのパソコンに表示されているフォログラムを見て、フラガがこういう。確かに、彼が言うとおりそれは愛らしいデザインだった。問題なのは、それのモデルになったのが『キラ』だと言うことを除けば…… 「ミリィ……どうして僕なの?」 キラは思わずこう問いかけてしまう。 「決まっているでしょう? 可愛いからよ!」 そんなキラに返されたのは、ミリアリアの自信満々なセリフだった。本気でそう思っているらしい彼女に、キラはコンプレックスを刺激されてしまう。 確かにコーディネーターは男も女も中性的な容姿の者が多い。 だからといって、『男』である自分が女の子に『可愛い』と言われて喜べるはずがない。同じ男である友人達はそのことに気づいて気の毒そうな視線を向けてくれていた。だが、ただ一人ミリアリアだけは違う。 「それに、ラクスさんも『キラが可愛い』って言ってたもの。ご希望に添うべきでしょう?」 キラにさらに追い打ちをかけるようなセリフを口にしてくれたのだ。 「……だったら、ラクスをモデルにしてもいいじゃないか……」 どよ〜んと落ち込んでいるとわかる表情でキラが最後の抵抗を試みる。 「何を言っているの。ラクスさんの場合、自分の映像なんて見飽きているに決まっているわ。だから、キラの方がいいの」 しかし、それは抵抗にもならず、あっさりと退けられてしまう。 「キラ、あきらめろ。あぁ言うときのミリィは何を言っても無駄だ」 彼女と付き合っているトールがキラにせめてもの忠告を送る。 「いわばあれだ。アイドルを見ているようなものだな、あれは」 そう言うときにはあきらめるしかない……とサイも口にした。友人達のこの忠告にキラがますます落ち込んでしまったのは言うまでもない。 「……個人的に、これ、コピーさせて貰っていいか?」 テーブルに突っ伏してしまったキラの頭に向かって、フラガがお気楽なセリフを口にした。 「それなら、俺もちょっと欲しいかも……」 「私も」 次の瞬間、友人達の口からも同様のセリフが飛び出す。 「……勝手にして、もう……」 キラの口から疲れたような声がこぼれ落ちる。そんな彼を慰めようと言うのか、トリィが一声鳴いた。 いったいどういう手段を用いたのか。 それを聞いてはいけない……という理由から誰もミリアリアを問いつめることはなかった。だが、そのデーターが無事にラクスの手に届いたことだけは事実だった。 「およびだてしてしまって、申し訳ありませんでしたわ」 にっこりと微笑みながら、ラクスはアスランの前に手ずから入れたお茶を差し出す。 「いえ。時間がありましたから」 そんな彼女に、アスランも堅い微笑みを返した。その表情からは彼の本心はわからない。 「実は、お願いがありますの」 だが、そんなアスランの様子には慣れきっているラクスだ。かまわずに言葉を口にした。 「……私にできることでしょうか?」 彼女に逆らっても無駄だ、と思っているアスランはこう聞き返す。 「えぇ。またハロを一つ作って頂きたいの」 そのセリフに、ラクスはさらに笑みを深めるとこう言ってきた。 「ハロ、ですか?」 そのくらいならば負担ではない。例え戦場へ行くことになっても、四六時中イージスのコクピットに座っていなければならないわけではないのだ。 しかし、既にラクスの手には多くのハロがいる。 これ以上増やしてどうするつもりなのか……と思わずにはいられない。 「えぇ。キラ様と同じ色の子が欲しいんですの」 だが、ラクスのこの言葉にアスランの一瞬思考が止まってしまった。 「キラ……のですか?」 確かにその色のハロは作っていない。というより、作ってしまったらもったいなくて誰にも渡せるわけがないだろう……とアスランは心の中で呟く。 「えぇ。で、その子にフォログラム表示機能を欲しいんですの」 だが、ラクスはさらにこんなセリフを口にしてきた。 「フォログラム表示機能ですか?」 しかし、いったい何に使う気なのか。できないわけではないが……とアスランは眉を寄せる。 「これをいただきましたので、その子に表示させたいんですの」 ラクスがそう言いながら、テーブルの端に置かれていたコンピューターを引き寄せた。そして、そのモニターにあるものを表示させる。 「キラァ!」 耳慣れた曲に乗ってかわいらしい仕草を見せているのは、間違いなくキラがモデルだろう。そのあまりのかわいらしさにアスランは思わず叫んでしまった。 「だそうですわ。ミリアリアがデザインをしてくれたんですって。MIDIデーターとプログラムはキラ様がなさったそうですわ」 どうして『キラ』が『ラクス』にこんなものを送ってきたのか。 どうして自分ではないのか。 ラクスの言葉を聞きながら、アスランはショックを隠せなかった。 「ホワイトデーのお返しですって。律儀な方ですのね、キラ様って」 だが、ラクスが付け加えた言葉でアスランは納得してしまう。確かに、キラは妙なところで律儀なのだ。プレゼントを貰えばきちんとお返しをするし、少し優しくされたら、その相手のために必死になる。そんな彼の性格の結果が今の自分たちの状況なのだから、それを少々恨めしくも思う。 それ以上に悔しいと感じたのは、どうして自分がバレンタインデーの存在を忘れていたのか、という事実だった。 覚えていたら、ハロの一つどころかトリィとセットで1ダースぐらい上げたのに……と思う。 「……他の色のハロでは駄目ですか?」 これだけは妥協できないと思いつつ、アスランはラクスに問いかける。 「もちろん、必要でしたらデーターのコピーはいくらでも差し上げますわ。ですから、キラ様の瞳と同じ色の子を作ってくださいません? 何でしたら、ピンクちゃんの中に保存してあるキラ様の映像やボイスデーターもおつけしますけど?」 だが、これに関してはラクスの方が一枚も二枚も上手だった。こんな隠し球を持っていたなんて、アスランも予想していなかっただろう。 キラの瞳のハロとキラに関係したデーター。 それらを天秤にかけてアスランは後者を選択した。ハロなら、同じ色のものをもう一つ作ってしまえばいいだけのこと。あるいは、キラが持っているトリィの色違いを作ってもいいだろう。 「わかりました。データーのコピーをいただけますか?」 微笑みを浮かべるとアスランはこう問いかける。それにラクスも微笑みながら頷いて見せた。 にこにこと微笑みながら見つめ合っている婚約者達の姿を見る者がいれば、本当に幸せそうに思ったことだろう。だが、二人の脳裏に描かれていたのは目の前の相手ではなく全く別の相手だった。 その後、どうしたわけかキラのマスコット付きのMIDIデーターがプラント内で広まり始めていた。もちろん、その中にはザフト軍の関係者も多くいた。本人達はかくしていたようだが、Gのパイロット達もその中にいたことをアスランは知っている。ほとんどもう、ラクスと並ぶアイドル状態だと言っていい。 「……アイツの正体を知ったらどうするんだ、あいつら……」 その事実にアスランは思わず頭痛を感じてしまう。 それでも、本来のキラの映像を持っているのは自分とラクスだけ。それより以前のものは自分一人のものだ。そう考えることで必死に仲間達はおろかそのデーターを持っているすべてのパソコンにウィルスを送りつけたくなる自分を押しとどめていた。 その事実を知らないキラは幸せだったのか…… 今日もキラはアークエンジェルの中で手の中のマスコットを悲しげな瞳で見つめていた。 ちゃんちゃん
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