仮面vs虎3



 朝から基地内が騒がしい。
「何かあったのかな?」
 それも、きっと、隊を上げての騒動になるほどのことだろう。あるいは、大がかりな作戦でも開始されるのだろうか。
 そうは思うものの問いかけられる相手は近くにはいない。
 今日は朝からバルトフェルドだけではなくアイシャまで姿をみていないのだ。こちらに戻ってきてからそれは珍しいとしか言いようがないことだった。
「また、戦闘が始まるのかな……」
 ここがザフトの前線基地であり取り逃がした地球軍の新型艦がこの地にいる以上、仕方がないことなのだ。それはわかっている。だから……とキラは自分に言い聞かせるようにこう呟く。
 そして、自分の考えが当たっているのなら、誰も教えてくれないことも納得できる、とも付け加える。
「僕は……もう大丈夫なんだけどな」
 確かに体力が極端に落ちているから、実際の戦闘は難しいかもしれない。だが、話を聞いたり、あるいはOSの整備ぐらいなら十分可能なのではないか……とキラは呟く。
「そう思っているのは、貴方だけよ?」
 その時だ。
 背後から柔らかな声が届く。
「……だって……」
 自分だけ、ただぼーっとしているのはいやなのだ、とキラは口にしながら振り向いた。
「でも、それでキラが倒れてしまえば、私達が悲しいわ」
 だから、百パーセントの確証がなければ許可できないの、とアイシャは付け加える。
「でも、僕だってザフトの一員なんだし……みんなが戦っているのに、黙っているのは……」
 いやなのだ、とキラは訴えた。
「本当に貴方は……」
 アンディに爪の垢を飲ませてやりたいわ、とアイシャは苦笑を浮かべる。と言うことは、また彼が脱走したのだろうか。それで隊内が騒がしいのかもしれない、ともおもう。
「大丈夫よ。とりあえずは戦闘の準備で忙しいわけじゃないから」
 お客さんがまた増えるの……とアイシャ苦笑を深めつつ教えてくれた。だが、それならどうして彼女はそんな表情を浮かべるのだろうか。
「お客様、ですか?」
 誰だろう、とキラは小首をかしげてみせる。
 今までも何人かこの基地を訪れたものはいた。だが、ここまで大騒ぎをしたことはなかったはずだ。
「そう、来なくても良いお客様。あぁ、キラのお仕事を見つけたわ」
 ふっとアイシャは表情を変える。
「アンディを見張っていてちょうだい。でないと、逃げ出すわ、あの人。そのくらいなら、今のキラでも大丈夫でしょう?」
 そう言うところはまったく変わっていないのよね、あの人……とアイシャは笑った。
「……お客様って……」
 誰なんだろう、とキラは小首をかしげる。
「キラも一応、顔は知っていると思うわよ」
 知らなくても良い相手だけど……とアイシャはさらに付け加えた。
 この言葉に、キラはますます訳がわからなくなってしまう。
「どなたですか?」
 バルトフェルドがそこまで毛嫌いしているとなると、一人しか思い浮かばない。だが、彼が地上に降りてくることはともかく、ここに来るとは思えなかった。
「貴方が今考えているとおりの人物よ」
 次の瞬間、キラも大きなため息をついてしまう。
「あの人ですか……」
「そう、あの変態よ!」
 苦々しげに口にするアイシャの言葉に、キラは思わず苦笑を浮かべてしまった。
「でも、一応ミゲルやアスラン、それにイザークさん達の隊長ですよ」
 派遣されて来た以上、それなりに付き合わなければいけないのではないか、とその表情のままキラは言い返す。
「アンディが、それで納得すると思う?」
 しかし、アイシャはさらに笑みを深めるとこんなセリフを口にしてくれる。
「……思えません……」
 キラはため息と共にこう言い返す。
「でしょう? だから、お願いね」
 何かあったら、無理はしないですぐに連絡をしてちょうだい。そういう彼女に、キラは頷き返す。そして、バルトフェルドの元に向かうために腰を上げた。

 しかし、現実問題として、キラが側にいたにもかかわらず脱走を図った人間がいたことは否定できない。
 それほどまでに毛嫌いしている相手が、さっき着いたらしい。
 相手が誰であるのかわかっているから、バルトフェルドのフォローのために同席を希望した。だが、危ないからという理由でキラは待機を命じられてしまったのだ。
 だが、本当に大丈夫なのだろうか。
 考えれば考えるほど、不安な答えしか出てこない。
「……どう思う?」
 少しでも安心をしたくて、自分よりももっと彼のことを知っているであろう相手に、キラは相談を持ちかけることにした。
「俺に聞くな、俺に……」
 しかし、イザークは早々にさじを投げてくれる。
「ミゲルに押しつけとくしかねぇと思うぞ」
 そして、ディアッカもこんなセリフを口にした。
「でも……家の隊長の側に、僕がいないんだけどね……」
 今までは、ダコスタと二人がかりで止めていたのだ、とキラは告げる。しかし、今はあちらに行くことすら許可されていないのだ、と付け加えれば、
「……でなければ、アスランが何とかするだろう」
 というより、何とかさせろ……とイザークは口にした。
「問題なのは、家の隊長だけだろうからな」
 家の隊の連中に何とかさせるしかないのではないか、と彼は付け加える。しかし、その中に彼等が含まれていないような気がするのはキラの錯覚だろうか。
「まぁ、俺たちは今、バルトフェルド隊に出向中の身だし」
 クルーゼの世話は自分たちの役目ではない、とディアッカはさっさと結論を出してくれた。
「……それで、いいの?」
「いいんじゃないのか。ミゲルからヘルプの声が入ってないし」
 それよりも、キラの方が優先だ、と彼は笑う。
「それ、何」
 訳がわからない、と言うようにキラは言い返す。自分は別に、彼等二人に見張られていなくても大丈夫だ、と思うのだ。
「お前が考えているような事じゃないって」
 そんなキラの表情を見た瞬間、ディアッカはこう言い返してくる。
「優先しなきゃないのは、家の隊長がお前を拉致ってかないように周囲を警戒する方だよ」
「……拉致って……」
 いくら何でも、そんなことをするのだろうか、彼は。キラはそんな思いを隠せずにイザークへと視線を移す。そうすれば、彼は盛大にため息をついて見せた。
「言いたくはないが、あの人は自分の希望を叶えるためなら手段を選ばないぞ。お前のことだって、あの時地球に落ちなければどうなっていたか」
 アイシャを出し抜く事を楽しんでいたのは間違いない事実だろう、と苦虫を噛み潰したような表情で彼は告げる。
「今回だって、絶対、何かをしでかすに決まっているんだ」
 それも、バルトフェルドの目を盗んで……という言葉に、キラは頬を引きつらせた。
「……どうして、それを止めないの」
 そんなことになれば、間違いなくバルトフェルドがキレる。最悪の場合、隊長同士で戦闘ということになるのではないだろうか。
「止めないんじゃなくて、止められないんだって」
 それは彼等もわかっているのだろう。さらに眉間のしわが深くなった。
「あの人の先回りをするよりは、お前の方を何とかする方が確実なんだよ」
 いくら何でも、人目がある場所で馬鹿なことはしないだろうと思う。だから、おとなしく自分たちの前にいろ。
 この言葉に、キラは小さくため息をつくしかできなかった。

 そのころ、バルトフェルドの執務室では緊迫した空気が次第に濃厚になっていた。
 いや、室内だけではない。
 はっきり言ってその周辺一帯の気温が三度は下がっているのではないだろうか。周囲を警護しているものは皆そんな気持ちを抱いていた。
「……こう言うときに、キラ君がいてくれれば……」
 そうすれば、もう少し空気が柔らかくなるのではないか……と言いかけて、その中の一人が言葉を飲み込む。
「……まぁ、何があっても被害をここだけにとどめるよう、努力するだけか」
 でなければ、きっと彼が気にしてしまう。そのせいで、ようやく戻りかけた体調が元に戻ってしまってはいけない。
 その気持ちだけは全員に共通していると言っていい。
「……きっと、後からキラ君の感謝の言葉聞けるよ……」
「そうだな。あの子も気にしているだろうし」
 ある意味、悲壮とも言える決意を胸に、彼等はその場に踏みとどまっていた。

 そのころ、室内では……と言えば、普通にコーヒーを淹れているバルトフェルドをかそこまったた様子でミゲルとアスランとニコルの三人が見つめていた。そして、相変わらず何を考えているのかわからないクルーゼは彼を無視して外を眺めている。その態度が、さらに周囲の気温を下げていた。
 いや、下げていたのはバルトフェルドとクルーゼだけか。
「……キラのところに行きたい……」
 アスランは思わずこう呟いてしまう。
「あきらめろ」
 即座にミゲルがこう言い返してくる。
「ここで隊長を暴走させたら……それどころじゃなくなるぞ」
 だから、きっと、ダコスタもここに控えているのだろう、とミゲルは付け加えた。
「……そうですけど……だったら、イザーク達がここにいてもいいと思いません?」
 いっそ、彼等にクルーゼを押しつけて、自分たちはキラの側でゆっくりとしているのもいいのではないか。ニコルはこんなセリフを口にした。
「賛成だな……」
 あの二人は今までキラと一緒にいたのだ。ならば、自分たちと変わってくれてもいいのではないか。そんなことすらアスランは考えてしまう。
「だから、そういう問題じゃないだろう。あいつらは、今、バルトフェルド隊に出向している身なんだから」
 彼があの二人がこの場にいない方がいいと判断したのであれば、そうなんだろう……とため息とともにミゲルは説得にかかる。
「第一、あいつら二人だと、隊長に遊ばれるだけだぞ?」
 そんなことになれば、本気で被害が大きくなる……という言葉は、自分たちを信頼してくれているからなのだろうか。それとも別の理由からなのか。どちらが正しいのか、アスランには判断ができない。
「きっと、キラさんの護衛という名目で隔離されているんですよ、二人とも」
 役立たずと言うのと同意語でしょうね、それって……と笑うニコルもニコルだ。しかし、アスランにしても『役立たず』の言葉は否定するつもりはない。
「……さて……今日のは比較的、うまくブレンドできたと思うんだがね」
 そんな彼等の会話を聞いていたのだろうか。
 それとも、ただの偶然なのか。
 バルトフェルドが彼等の前にコーヒーが入ったカップを差し出す。反射的に三人は手を伸ばす。しかし、クルーゼだけは決してそれを口に付けようとはしない。それはどうしてなのだろうか、と思いながら、アスランはカップに口を付けた。
「……良かった……普通の味だ……」
 ミゲルがぼそっと呟く声が届く。
「ミゲル?」
 何でそんなことを言うんだ……とアスランは言外に問いかけた。
「……たまに、ブレンドに失敗するんだと。ダコスタとキラがそうぼやいていた」
 だから、今回も《失敗》されたらどうしよう、と思っていた……とミゲルは囁き返してくる。クルーゼと彼は犬猿の仲だから、とは聞かなくてもわかってしまう。
「キラさんがいらっしゃるから、大丈夫だ……とは思いますけど……」
 それで自分たちが被害を受ければ、キラが悲しむだろう、とニコルが口にする。彼をかわいがっているバルトフェルドであれば、そう考えてもおかしくはないだろうとアスランも思う。
「ぐっ!」
 どうやら、アスラン達の反応を見て大丈夫だと判断したらしいクルーゼがカップに口を付けた。しかし即座に中身をはき出す。
「あぁ、クルーゼ隊長の分だけは別ブレンドですから」
 しれっとしてこう告げるバルトフェルドに、誰もが恨めしい視線を向けたのだった。

 キラがふいに視線を外に向ける。
「どうした、キラ?」
 それに気づいて、イザークが問いかけてきた。
「ちょっと……アスランの声が聞こえたような気がして……」
 気のせいだよね……とキラは付け加える。彼はまだ、バルトフェルドの執務室に、他のメンバーといるはずだから。少なくとも、キラはそう聞いていた。
「……いや、聞き間違いじゃないかもしれないぞ……」
 なにやら耳を澄ましていたディアッカがこう呟く。そのまま、彼は腰を上げる。
「イザーク……キラの側にいろよ」
 何かあったときに、すぐに対処できるように……とディアッカは口にした。
「自分のことぐらい……自分で守れるんだけど……」
 キラは思わずこう呟いてしまう。まるで、自分が守られなければいけない存在のように思えるのだ。
 しかし、自分だって、それなりの訓練を受けているはず、とキラは思う。確かに、彼等よりは弱いかもしれないけれど、それでも自分の身柄ぐらいは守れるはずなのだ。
「……そういう事じゃなくてだな……俺たちが心配しているのは……」
「アスランが暴走していないかどうか、だ」
 さんざん煽ったしなぁ……とディアッカは苦笑を深める。
「煽った?」
 一体何をしてくれたんだ……とキラは彼を見つめた。それに、ディアッカだけではなくイザークも苦笑を深める。
「あいつと通信しているときに、お前とべたべたして見せただろう?」
「それがどうかしたの?」
 別に、そのくらいでどうこうするとは思わないのだが……とキラは思う。第一、自分はそうされるのはいやではないし。もっともそれが許容できる範囲が決まっているが。
「あいつがしたくてできないことだったからだよ」
 ついでに言えば、自分たちにさせたくはないと思っている事でもあるのだろう。その言葉に、キラはようやく納得できた。
「……本当にアスランは……」
 どうして、自分が関わったとたんに、あんな風になるのだろうか。
 いや、彼だけではない。
 バルトフェルドやアイシャも同じ事なのだ。
「そういう立場になりやすいからだろう、お前の性格が」
 だまされやすいからな、とイザークに言われて、キラはショックを受けてしまう。自分ではそうだと考えたことがなかったのだ。
「ついでに言えば、そういう対象が欲しいと思うんだよ、俺たちは」
 だから気にするな……と言われても、どうすればいいのかわからない、とキラが心の中で付け加えたときだ。
「うわぁっ!」
 ディアッカの声が耳に届く。
「ディアッカ?」
「どうしたの?」
 即座に二人は視線を入り口へと向ける。そうすれば、ディアッカを踏みつけているアスランの姿が確認できた。
「キラ! ここにいたんだ!」
 キラの姿を認めると同時に、アスランはぱっと明るい表情を作る。そして、そのまままっすぐに駆け寄ってきた。もちろん、ディアッカを気遣うようなことはしない。
「ぐぁっ!」
 カエルがつぶされるときのような声が、室内に響き渡った。

「……本当に、アスランは……」
 あきれたように口にするものの、今、キラは彼の膝の上にいたりする。それを、周囲の者達があきれたように見つめていた。
「仕方ないだろう。ずっと会いたかったんだし……」
 こう言いながら、アスランはキラの胸に顔を埋めようとした。
 しかし、それよりも早く、キラの体が彼の腕の中から取り上げられる。
「……隊長?」
 アスランのことだ。他の誰かであれば文句を言うだけではなく、キラを奪い返しただろう。だが、キラの養父とも言える彼では手も足も出せないらしい。
「本当に、クルーゼの部下は油断も隙もないね」
 しかし、この言葉は違うのではないか……とキラは思う。
「あのですね……アスランは、昔からこうです……」
 ともかく、誤解だけは解いておくべきなのではないか。今となっては、彼だけが自分の幼かった頃の記憶を共有できる唯一の人物なのだ。もっとも、それはアスランも同じ事だろうが。
「そうなのかね?」
 まだ疑いを隠せない……という様子でバルトフェルドはさらに問いかけの言葉を口にする。
「そうです……確かに、この年でもされるのは恥ずかしいですけど、でも、別段違和感はないし……」
 キラの言葉に、バルトフェルドは小さくため息をつく。
「まぁ、キラがそういうならいいけどね……できるだけ、他の者達に見つからないようなところでやりなさい」
 でないと、アスランの命に関わるからね……と付け加えられても、キラにはすぐに頷くことができない。
「それって……」
「彼がクルーゼ隊のメンバーでなければ良かったのだろうがね」
 クルーゼ隊と言うだけで、最初は目の敵にされそうだからね……と苦笑混じりに告げられて、イザークとディアッカが頷いている。と言うことは、彼等にも経験があるのだろうか。
「……そんなことをする人がいるとは……」
 思っていなかったのに……と付け加えれば、バルトフェルドの苦笑が深まる。
「全ては、クルーゼの言動が悪いんだがな」
 まぁ、その報いは受けたようだがね……とバルトフェルドは表情を一変させた。
「そう言えば……クルーゼ隊長に何を飲ませたのですか?」
 自分たちが飲んだコーヒーはとてもおいしかったのだが……とアスランが問いかけてくる。
「おや。君は大人の味がわかるのだね」
 どこか嬉しそうな口調でバルトフェルドはアスランに言葉を返した。
「キラは、まだ、お子様味覚なんだけどねぇ」
 そう言うところが可愛いのだが……と苦笑する彼は、まさしく《親ばか》なのかもしれない。
「……隊長……」
 本当に、どう反応をすればいいのか、とキラは頭を抱えたくなってしまった。
「そう言えば、バルトフェルド隊長」
 ふっと思いついた、と言うようにディアッカが口を開く。
「何かね?」
「クルーゼ隊長に出したブレンド、というのはどのようなものなのでしょうか」
 ちょっと興味があるのですが……と彼は話題を変えるかのようにこう問いかける。それは、キラを気遣ってのことだろうか。
「ブレンドというわけではないよ。君たちも飲んだことがあるはずだな」
 まぁ、ちゃんとレクチャーをしてからだが……とバルトフェルドは意味ありげな表情で笑う。それだけで、キラ達には彼が何を出したのかわかってしまった。
「……トルコ式コーヒーですか……」
 ため息混じりに確認を求めたのは、イザークだ。実は、彼が一番被害を被ったのである。
「そうだよ。あぁ、そう言えばクルーゼ隊長はこちらの話をまったく聞いてくださらなかったからね。説明できなかったな」
 それは吹き出すだろう。心の中でこう呟いたキラ達だった。

「あの……トルコ式コーヒーっていうのは……」
 どのようなものなのですか、とニコルが問いかけてくる。
「んっとね……普通のコーヒーってフィルターを使って粉がカップに入らないようにするでしょう?」
 それに説明の言葉を返したのはキラだ。
「普通はそうですよね」
「トルココーヒーはね、粉と水を同じ鍋に入れて煮るんだ」
 そのままカップに入れる。飲むときは、その粉を吹き飛ばして、上澄みだけを口にするようにするのだ、とキラは付け加える。
「そんな説明……されたか?」
「されていませんでしたよね、隊長……」
 というよりも、バルトフェルドが口にしてたとおり、最初から聞く耳を持たなかったのだ、彼は。
「つまり、粉ごと飲み込んだ、という訳か……あの人は」
 確かに、そんなことになれば中身を吹き出すな……とアスランも呟く。同時に、自分たちがそんなものを飲まされなくても良かった……とも思う。そんなことになっていたら、自分たちも同じ反応を見せてしまっただろう、とも思うのだ。
「そういう事じゃないかな……」
 しかし、そういうものを出すか、普通……とアスランが心の中で呟いたのは当然の反応なのではないだろうか。
「こちらの説明にさえ耳を貸してくれれば、そんな失敗をしないですむんだけどね」
 しかし、バルトフェルドはこう言って笑う。
「イザーク君も、ディアッカ君も、多少の失敗はしたが、あんな豪快なミスはしなかったと記憶しているんだけどね、僕は」
 違うかね、という彼の言葉に、二人は苦笑を浮かべてみせる。
「二人とも、あれを飲んだのですか?」
 ニコルが二人に向かってこう問いかけた。
「まぁな……」
「……勝手に想像していろ」
 それぞれがこんなセリフを口にする。それだけで、二人にとって、触れて欲しくない内容なのだ、とアスランは判断をする。それはニコルも同じはずだったのだが……
「勝手に想像していいんですか〜〜」
 にやりと、その容貌とは似つかわしくない――だが、間違いなくない面を表現している――笑みを浮かべながらニコルはイザークに詰め寄っていく。
「甘いものが苦手だとかなんかって、噂を流してもいいですか?」
 それとも、コーヒーが飲めないとか〜〜とニコルはさらに言葉を重ねる。
「……ニコル、そこまでにしておいて……」
 そんな彼の言動を、キラのこの一言が封じた。
「キラさんがおっしゃるなら、やめます」
 このかわり身の早さをどう判断すればいいのだろう。アスランは本気で頭が痛くなってくる。
「ともかく、あれには早々に御退去頂く予定だが……君たちはどうするかね?」
 地球軍の新型艦はまだこの周囲にいるが……とバルトフェルドが不意に問いかけてくる。
「……どうするもこうするも……」
「隊長とキラの選択であれば、答えは一つしかありません」
 それでいいのか、と言うようにキラが視線を向けてくる。そんな彼に向かって、アスランは安心していいと微笑んで見せた。

 その後、クルーゼが一人で寂しくカーペンタリアへ向かったとか向かわなかったとか。
 ある意味、今日もまたバルトフェルド隊の結束は堅かった。

ちゃんちゃん

05.05.03改訂版 up




 web拍手で連載していたものになります。
 修正をしたのでアップ。久々ですね。