一匹だけ混じった黒い羊。
 それとも、アカシアの中に間違えて植えられてしまったハリエンジュ。
 どちらが 裏切り者のコーディネーターにはふさわしいのだろうか。
「まぁ、どっちでも僕の立場には変わりないんだけどね……」
 カレッジからの友人達は、今までと同じように接してくれようとしていることは伝わってきている。でも、やっぱりどこか壁があるように感じてしまうのは、僕の気のせいではないだろう。
 だからなのだろうか。
 みんなと一緒にいるとどうしてか息苦しく感じてしまうのは……
「結局、ここしかないのかな……僕の居場所は」
 ストライクのコクピットに体を滑り込ませながら小さく呟く。ここにいれば、誰も追いかけてこないことは経験上わかっていた。
 これがあるからこそ、僕たちは何とか戦場で生きていくことができる。
 だけど、これのせいでみんなが僕から離れていくような気もするんだ。
 これがあるから、今、僕がここにいていい理由になるんだろうけどね。でなければ、とっくの昔に放り出されていたかもしれない。
 僕はコーディネーターだから……
 そして、僕たちが今戦っている相手も、僕と同じコーディネーターだ。そして、その中には……
「……アスラン……」
 どうして、君と戦わなければならないんだろうね。
 何て問いかけなくてもわかっている。
 君は何度も手をさしのべてくれたのに、僕がそれを振り払ったからだ。みんなを見捨てられないという理由で。
 でも、ついつい考えてしまうんだよね。
 本当にあれでよかったのかって……
 もし、あの時、彼の手を取っていたら……いったいどうなっていたんだろう。
 いや、それよりももっと前。
 月で彼と別れずに、一緒について行ければ……
 そんなことは無理だったけどね。どうやったって、父さん達と離れることはできなかった。そして、父さん達はナチュラルだから、決してプラントに行くことはできない。
「結局、僕の居場所なんてどこにもないのかもしれない……」
 シートの上で膝を抱えながら、僕は思わずこう呟いてしまった。
 目尻が熱くなる。
 そう思った次の瞬間、涙があふれ出してしまう。
 僕の涙腺は他の人より緩いのだ……と言ったのはアスランだったっけ。
 他のみんなはそんなこと言ってくれなかった。
 いや、みんなの前では泣けないだけか。
 そんなことをしたら、みんなに不安を与えてしまう。いつ誰が死んでもおかしくない今の状況で、それは避けたいことだから……
 だから、余計に息苦しさを感じるのかな。
 あふれ出る涙をごまかしたくて、僕は膝に顔を埋めた。そんなことをしても何にもならないことはわかっていたんだけど。それでも、頬を流れる感触だけは逃れられるかなって思ったんだ。
 そのままの体勢でどれだけの時間を過ごしたときだろう。
「ここにいたのか、坊主」
 フラガ大尉の声が頭の上から降ってきた。
 その瞬間、僕の脳裏に浮かんだのはまずいという言葉だった。今顔を上げたら、間違いなく泣いていたことがばれる。そうなった場合の、大尉の反応が怖い。
「ったく……俺ってそんなに頼りないのか?」
 黙っていたことをどう受け止めたのだろうか。大尉がいきなりこんなセリフを口にした。
 あまりに驚いたせいで、思わず顔を上げてしまう。
「やっぱ、泣いてたのか……」
 僕の顔を見た大尉は頭を掻きつつため息をつく。
「まぁな。あの様子じゃしょうがねぇのか」
 大尉はいったい何を知っているというのだろうか。少なくとも、みんなにばれないようにしていたはずなのに……それとも、僕が気がついていない他のことなのか。そんな思いが僕の脳裏で駆けめぐっている。
「だからといって、俺たちがそんな連中ばかりって思われても困るんだけどな」
 そう言いながら、いきなり手を伸ばすと大尉は僕の頭を撫でてきた。
「僕、子供じゃないんですけど」
 確かに泣いていたけど……
 ついでに言えば、大尉から見れば一回りも年下なのは事実なんだけどね。
「わかっているんだがな。そんな顔をされると、慰めないわけにはいかないだろう?」
 言葉と共に微笑みを投げかけられる。そんな大尉にいったいどんな反応を返せばいいのだろうか。下手なことを言えば、みんなと同じように気まずい思いをさせてしまうに決まっている。でも、無視をすることもできないだろう。
「こらこら、そんなに難しく考えるんじゃねぇよ」
 そんな僕の内心を読みとったのか--------あるいはしっかりと表情に出てしまったのかもしれない--------大尉は苦笑混じりに言葉を投げかけてきた。
「自分一人で全部抱え込むんじゃない。頼りないかもしれないが、坊主の話ぐらい聞いてやれる余裕は俺にだってあるぞ」
 大尉が本気で話してくれているのはわかる。
 でも、本当にいいのだろうか。
 そんなことをしてもらえる価値が僕自身にあるのか何て、わからない。
 それ以上に、彼以外の人にすがる自分というものを考えられないんだ。
「……すみません……」
 大尉に返す言葉を見つけられなくて、僕はこれだけを口にする。同時に収まっていたはずの涙がまたあふれ出してきた。
「謝るんじゃないってぇの」
 あきれたのか困っているのかわからない口調で大尉が呟きながら、僕の頭を撫でる。
 その指の感触がアスランに似ていると思ったのは気のせいなのだろうか……
 心の中でこの疑問を何度繰り返してみても、答えは見つからなかった……