美人vs御曹司



「いったい、何時になったらあいつに会えるんだ!」
 もう何度目になるのか数える気にもならないイザークの怒鳴り声に、ディアッカは思わずため息をついてしまう。
 もっとも、彼の気持ちもわかるのだ。
 だが、会わせてもらえない理由もわかる。
「仕方がないだろう。体調を崩しているんじゃ……俺達と違ってあいつは第一世代だしな……家の親父の話だと、第一世代の遺伝子は不安定らしいしさ」
 だから、自分たちよりも回復が遅れていても仕方がないのでは、とともかくフォローしておくことにした。
「だからといって、会えない、という理由にはならないだろうが!」
 見舞いぐらい許可してくれてもいいだろう、とイザークは叫ぶ。
「あいつらは差し入れ込みで会いに行っているらしいぞ!」
 なら、自分たちでも良いではないか。それがイザークの主張だった。
「言われてみればそうだよな」
 クルーゼならともかく、自分たちまで排除されるのはおかしい。
 それとも、別の理由があるのだろうか。
 だとすれば、それはかなり根が深い問題なのかもしれない、とディアッカは思う。しかし、思いこんだら一直線のイザークにはそこまで思い当たらないらしい。
「こうなれば、また直談判だ!」
 言葉と共に、彼は足音も荒く与えられた部屋を出て行く。
「まぁ……戦闘がなくてあいつも暇なんだよな」
 足つきの居場所が未だに特定できないから……とディアッカは呟いた。もし、戦闘があれば、彼の意識はそちらの方に向けられるはずだし、と。
「ついでに、OSの調整に詰まっている、って理由もあるんだろうし……」
 それに関しては自分も同じだが、とディアッカは苦笑を浮かべつつ腰を上げる。
 そして、イザークの後を追いかけた。

 だが、予想通り、イザークはあっさりとバルトフェルドに言い負かされてしまう。
 それが逆にイザークの闘争心に火を付けてしまったようだ。
「こうなったらいい! 自力で探してみせる!」
 敷地内を歩き回るなとは言われなかった、と付け加える彼に、ディアッカは思わずため息をついた。
 確かにそうは言われなかったが、本当にいいのか、とも思う。
 いや、それ以前に、この広大な敷地の中で一人の人間を見つけ出せるものだろうか。第一、ここにいる人数も――ジブラルタルやカーペンタリアほどではないとは言え――半端ではないのだ。その全員が、自分達からキラを隠そうとしているのであれば、見つけ出すのは難しいだろう。
 しかし、それを口にするつもりはさらさら無い。
 結局の所、ディアッカも暇をもてあましているのだ。
 そして、キラ捜索は十分暇つぶしの対象になる。
 というのはあくまでも名目で、自分もまた彼に会いたいのだ。
「仕方がない。俺も付き合ってやるか」
 それでもこう口にするのは、もちろん見栄だ。
「当たり前だろうが!」
 貴様は最初から頭数に入っている! とイザークがまた怒鳴ってくる。
「へいへい」
 どうしてこいつはこうも無駄に偉そうなんだ。これもまた何度呟いたかわからないセリフではある。だが、それもまたイザークだと諦めてはいた。
「では、まずどこから探す?」
 ともかく、とっかかりを……と思ってイザークにこう問いかける。
「そうだな……外の様子をチェックするか」
 任務に関係ありそうな場所は教えて貰ったが、それ以外の施設はわからない。そう口にするイザークは、実は結構あれこれ考えているのかもしれない。ディアッカはそんな失礼なことを考えてしまう。
「じゃ、メモが必要か……ここの配置図があったかな?」
 どうせなら、それで完璧なものを作ればいいだろう。ディアッカのこの言葉にイザークが当然だというように頷いてみせる。
「さっさと用意をしろ!」
 しかし、自分で動く気はないのね、とディアッカは小さく苦笑を浮かべた。

「いい? MSデッキはもちろん、アンディの執務室もまだ出入り禁止よ?」
 外出許可はあげるけど、とアイシャが怖い顔でこう告げる。
「もう大丈夫だと……」
 体調も良いし、とキラは小首をかしげた。戦闘の話を聞いても、吐くようなこともなくなったし、と。
「だめ。貴方の場合、慎重すぎるぐらい慎重でいいの」
 だが、アイシャはきっぱりとした口調でキラのセリフを否定する。
「心の傷はね、見えないから厄介なの。わかる?」
 だから、他のみんなも気を遣っているでしょう、とアイシャは付け加えた。
「……それで、皆さん、武器をおいてきていたのですか?」
 そういえば、ここに顔を出す面々は皆、携行を義務づけられている小火器もどこかにおいてくることが多い。それが自分の精神状態のためだったのか、とキラは改めて自覚をした。
「私は何も言っていないわよ? みんな、あの頃のキラを知っているから、気を遣ってくれているだけ」
 あんなキラは誰ももう見たくないのよ、とアイシャは微笑む。
「だって、私達はみんな、家族でしょ?」
 だから、気にしないの……と言いながら、彼女はそのままキラの体を抱きしめる。
「今は、キラは自分のことだけを考えていいのよ。そのくらい、甘えてね?」
 アンディの暴走抑止にもなっているから、とアイシャは笑い声を立てた。
「……はい……」
 しかし、今の自分は……と思うのだが、アイシャの言葉が嬉しいと思ってしまうのもまた事実だ。
「そうそう、温室の花が綺麗に咲いたのヨ。見てくれば?」
 そして、また、ご両親のお墓参りに行きましょう。こう言ってくれる彼女にキラはしっかりと頷いて見せた。

 そう言うわけで、キラは一人で温室にいた。
 アイシャが宇宙にいた間も、しっかりと管理されていたのだろう。確かに綺麗な花が咲いている。その光景は、キラにとっても心なごむものだ。
「綺麗だね、トリィ」
 こう呟きながらキラはそうっと手を持ち上げる。
 そうすれば、周囲を飛び回っていたトリィが静かに舞い降りてきた。
「アイシャさんは好きな花を選んでいいって言ってくれたけど、花は自然に咲いている方が綺麗だよね」
 母さん達は、花がなくても悲しまないだろうし……とキラは付け加える。
「トリィ」
 そんなキラに相づちを打つかのように、トリィが鳴き声を上げた。
「うん、そうしよう」
 お花なしでいいからお墓参りに連れて行って、と夕食の時にバルトフェルドにお強請りしてみよう、とキラは呟く。そして、そのままベンチの上へと横になった。
 そうすれば、トリィが再び宙を舞い出す。
 この光景を見ていると、ようやく地球に戻って来れたんだ、とキラは改めて認識をした。ここにいれば、絶対大丈夫だという思いすらわいてくるのはどうしてだろうか。
「アスランも……ここにいてくれればいいのに……」
 思わずこう呟いてしまう。
 その時だ。
「温室か、ここは」
 久々に聞く声が周囲に響き渡った。
「……イザーク?」
 その声に、キラは思わず体を起こす。
「そのようだな。ずいぶんと手間がかかって良そうじゃん」
 さらにディアッカの声まで聞こえてくる。だが、二人ともキラの存在には気づいていないようだ。
「何時、ここに来たんだろう?」
 話を聞いていなかったけど……とキラは呟く。あるいは、耳にしたかもしれないが記憶に残らなかったのか。
「まったく……何でここはこんなに広いんだ……」
 いい加減、疲れたぞ……とイザークが文句を言っている。
「それに暑い……」
「そりゃ、お前がきっちりと軍服を身にまとっているからじゃねぇ? 襟元ぐらい……って、おい、イザーク!」
 バカ! と焦ったようなディアッカの声がキラの耳に届く。どうやら、何か緊急事態らしい、と判断をして、キラは立ち上がった。
「どうしたんですか?」
 そして、そのまま彼らの方へと駆け寄る。
「キラァ!」
 だが、そんな彼に向かって、ディアッカが驚いたような声を上げたのだった。

「倒れるのも当たり前でしょ……こんな気候の中で、そんな風通しの悪い服を着ていれば」
 呆れたようにアイシャがイザークに声をかける。
「だから、襟だけでもいいからくつろげておけ、と言ったじゃないか……」
 ディアッカもディアッカで、こう口にした。
「うるさい! 俺は……」
 あまりに頭に来たので、イザークは抗議をしようと体を起こしかける。だが、めまいのせいでふらりとバランスを崩してしまう。
「イザークさん!」
 そんな彼を、キラが慌てて抱きとめてくれた。
 そうすれば、彼の華奢な体格が如実にわかってしまう。
「もう、放っておいていいのよ、キラ。貴方だって、まだまだ療養中なんだから」
 そんな自業自得男なんてかばうことはないの、とアイシャが口にした。
「でも……」
 キラがそんなアイシャに抗議の声を上げる。
「知り合いの人が怪我をしたりするのは、いやです」
「……その気持ちもわかるけどね……あぁ、アナタ達? キラの側にいるのは良いけど、怪我や死んだりしたら、ただじゃすまないって思っておきなさいね。それこそ、本国にどんな画像が送られても責任は取らないわヨ?」
 恥ずかしい画像はたくさん保存されているからね、という言葉に、イザークは思わず目を丸くしてしまった。
「何なんですかそれは!」
 いったいいつの間に、とイザークはキラにすがりながら叫ぶ。
「あら、いくらでも撮影できたわよ。貴方達がここに来てから」
 楽しい画像が、とアイシャは笑う。
「もっとも、キラを悲しませない限りは何処にも出さないであげるわ」
 だから、安心してねという言葉を何処まで信用していいのだろうか。
「当たり前のことをいわないでください! キラはもう、俺達の仲間です!」
 だがいくら頭にきたからって、こういうセリフを自分が口にするとは思わなかった。それがイザークの本音である。
「イザークさん……」
「まぁ、それには賛成かな」
「意外といい子だったのね」
 それに対する三者三様の反応が、これまたイザークの精神を上下させた。
 だが、キラの嬉しそうな瞳だけであっさりとプラスに向かうあたり、自分も単純なのかもしれない。それはそれでかまわないが、と心の中で付け加えるイザークだった。



ちゃんちゃん
04.08.25 up



凄く久しぶりなこれですが、リクエストがあったのでがんばってみました(^_^;
しかし、勝負にもなりませんねぇ、このメンバーだと。アイシャ最強、キラ至上主義のバルトフェルド隊にあっさりとなじめそうな二人の話でした(苦笑)