誕生日の願い事


「小さい頃のアスランは、本当に可愛らしかったんだよ」
 キラがそう言って微笑む。
「でも、あの頃から僕よりも大きくて……抱っこしたかったんだけどどうしても無理だったんだよね」
 そして、今はなおさらだろう……とキラは苦笑を浮かべる。
「もし、アスランが小さかったら?」
 そんなキラに何気ない口調でニコルが問いかけてきた。
「……抱っこして、ついでに、あれこれ世話をしてあげたいかな?」
 もっとも、四歳の頃から彼は自分の面倒を見られるくらいしっかりしていたんだけど……とキラは苦笑を深めた。
「でも、今のキラ様なら、して差し上げられることも多いでしょうね」
 それに、見ていて楽しいに違いない……と彼女は付け加える。
「それって……なんか違うと思う」
 この言葉に、キラは思わずこう呟いてしまう。
「まぁまぁ……ラクスさんに逆らわない方がいいですよ」
 すかさずニコルがこう声をかけてくる。それもまたなんか違うような気がしてならない。しかし、それもまた口に出してはいけない言葉だ、とキラの中で囁く声があることもまた事実だった。
「と言うわけだから……無理してくれなくてもいいよ。今は、こういう状況だし……」
 自分の誕生日なんて、一年経てばまた来るから……とキラはその代わりにこう口にする。
「ダメですわ!」
「そうです!!」
 しかし、二人の口からほぼ同時に否定の言葉が飛び出す。
「キラ様の十七歳の誕生日は一度しかありませんのよ?」
「確かに、戦闘中で余裕はありませんが……だからといって何もしないと言うわけにはいきません!」
 さらにこうたたみかけられては、キラには反論をする隙すら見つけられなかった。
「大丈夫ですわ。大がかりなことはしないようにします」
 キラを安心させようと言うのか。ラクスが微笑む。
「そうですね。アスランの誕生日の時のような大騒ぎにはしないつもりですが……」
 他の人たちの行動まではわからない、とニコルも頷いてみせる。
「ともかく、楽しみにしていてくださいませ」
 穏やかだが、反論を許してくれそうにない二人の態度に、キラは黙って頷くしかなかった。

 珍しくも戦闘が起こらない日々が続いていた。
 それに関しては喜ぶべきなのだろう。
 しかし、ラクスとニコルのあのセリフを思い出せば、キラは心穏やかに過ごすことは出来なかった。
 そんなキラの不安をよそに、日々は平穏に過ぎていく。
 そして、運命の誕生日がやってきた。

「アスラン?」
 いつまで待っても部屋から出てこない彼を心配して、キラは覗きに来た。
 普段であれば、彼が自分を起こしに来てくれるのだ。それなのに今日に限っては朝食が終わり、それぞれ待機すべき時間になっても彼は顔を出さなかった。
 あるいは、具合でも悪いのだろうか。
 そう考えれば落ち着いてなんていられなかったのだ。
「アスラン、寝ているの?」
 声をかけても返事がない、と言うことは本当に倒れているのかもしれない、とキラは不安になる。
 きちんとロックされているが、そのくらいどうと言うことはない。自力でもどうにでもなるが、今日はピンクのハロが何故か朝からキラの周囲にまとわりついていたのだ。そして、それの得意技は《ロック外し》だったりする。
「頼んでいいかな?」
 立っている者は親でも使え……とばかりに、キラは足下にいるそれにこう声をかけた。
「オマエモナー」
 相変わらず訳のわからないセリフを口にしながら、ハロは端末に取り付く。そして、何かを確認するかのように目を光らせる。
「……ラクスが改良したのかな……それとも、最初からこんな風にアスランが作った、わけはないよね」
 その様子にキラは苦笑を浮かべるしかできない。第一、これも自分がハロにロックを解除して欲しいと頼んだからなのだ、と思えば文句も言えるわけがないと思うのだ。
 そうしているうちに、さりげなくアスランの部屋のロックが外される。
「ありがとう」
 ハロに微笑みかければ、
「テヤンデ〜〜」
 と返された。だが、それはどこか照れているようにも聞こえる。そんなことを考えながらキラは視線を開け放たれたドアへと向けた。
「入るよ〜」
 ここまでしておいてなんなのだが、一応断りの言葉を口にしながらキラは室内に足を踏み入れる。そこはアスランらしくきちんと整理整頓されている。自分では使いやすいが、他人が見れば雑然としているキラの部屋と比べられないほどだ。
「アスラン、いないの?」
 しかし何処を見ても肝心なかなめの人影は見えない。その事実にキラが柳眉を寄せたときだ。
「ゲンキカー」
 キラの脇で跳ねていたハロが、そのままベッドの方へと向かう。と同時に、その陰にあるものに向かってこう声をかけた。
「アスラン?」
 まさか、とは思いつつキラはそれに声をかける。
 と言うのもどう考えてもそれは幼年学校に入る年代の子供の大きさでしかないのだ。しかし、クサナギならともかくこのエターナルにはそんな存在はいないはず。それよりも、アスランが《作った》ものだ、と考えた方が妥当かもしれない。
 こんな事を考えながらも、キラはそれに歩み寄っていく。
 そうすれば、それが毛布を被った《子供》だとわかった。と言うことは、アスランが迷子になった子供を保護してきて、今、両親を捜している最中なのかもしれない。キラはそう考えて胸をなで下ろす。
「……キラ……」
 その時だ。
 間違いなく聞き覚えがある声がキラの耳に届く。しかし、それはもう思い出の中でしか聞くことが出来ないはずのものではなかったか。そう思いながら、キラは改めてそれを確認する。
「まさか……」
 宵闇の髪。
 翡翠の瞳。
 そして、その少女とも見える容貌は、間違いなくキラの記憶の中にある《四歳のアスラン・ザラ》そのものだった。
「アスラン……?」
 信じられない、と言う思いのまま、キラはこう問いかける。そうすれば、目の前の子供はしっかりと頷いて見せた。

「何で……」
 視線を合わせなければ話がしにくい、と言うことでキラはアスランを膝の上に乗せながら彼のベッドに腰を下ろしていた。
「それは……俺が聞きたいよ……」
 キラに抱っこされているというのが不満なのだろうか。アスランはどこか憮然とした口調でこう言い返してくる。
「でも、僕は嬉しいかな。ラクス達にも小さな頃のアスランにもう一回会いたいって話したこともあったし……」
 こんな風に、とアスランの体を抱きしめかけて、キラは動きを止めた。アスランも、また、キラの腕の中で体を強張らせる。
「ラクスと、誰? キラとその話をしたときにいたのは」
 先ほどまでとは違った口調でアスランがキラに問いかけてきた。
「ニコルくんだよ。誕生日に、もし願いが叶うなら何をしたいかって言われて……アスランを抱っこしてみたい、って……」
 それが一番簡単で、周囲に迷惑をかけないかなって思ったんだけど……とキラは身を縮める。
「……それに関しては、妥協するよ。キラの誕生日のお願いだった、んならね」
 自分だって、かなり無茶なお願いをした覚えがあるし……とアスランは可愛らしい笑顔で笑った。
「やっぱ……このころのアスランって、可愛い!」
 反射的に、キラはアスランを抱きしめてしまう。
「キラ! 何を言っているんだよ」
 可愛かったのはキラの方だ、と言いながらもアスランは彼の胸に頬をすり寄せてくる。本来の姿であれば誰かに文句を言われそうなそんな仕草も、今であればほほえましいと言えるのではないか。もっとも、それを目にすることが出来れば、の話であろうが。
「と言っても、そんなことになったら別の意味で大変だろうけどね」
 みんながキラを取りあいをして……とアスランはそのままの姿勢で口にした。
「だから、キラがこんな事にならなきゃいいんだけど……」
 本当は自分がこうなっても困るのだが、とアスランは呟く。万が一の時に、キラを守るために出撃を出来ないのは辛いから、と。
「でも、ニコル君も、ムウさんやディアッカさんもいるから」
 それに関しては大丈夫であろう、とキラは思う。
「わかっているんだけどね」
 自分が悔しいだけ、とアスランはため息をつく。
「……原因は、わかる?」
 キラは小首をかしげながら、話題を変えるかのようにこう口にする。
「特に……」
 アスランは何かを考え込むかの表情を作りながら答えを返した。
「ゆうべ、キラがアークエンジェルに行っているときに、ニコルにお茶を淹れて貰って……ラクスから、お菓子を……」
 ここまで口にした瞬間、アスランは凍り付いた。
 いや、彼だけではない。
 キラもまたあまりにあまりな話の符号に動きを止めてしまう。
「……あのさ……まさか、と思うんだけど……」
「言わなくていい、キラ」
 キラの言葉を、アスランが即座に遮る。
「もし、そうだとしても……いや、そうであれば、きっと今日一日で終わるはずだ。だから、キラが嬉しいなら、一日ぐらい我慢できるよ」
 だから、気にするな、とアスランは微笑んでくれた。
「でも……」
「人目に付かないなら、抱っこされようが何をされようが、キラが喜んでくれるならいいよ」
 だからね、とアスランはキラに甘えるような素振りを見せてくれる。それに、キラはようやくほっとしたような表情を作った。
「じゃ、部屋からでない方がいいよね。ご飯、貰ってくる」
 ついでに、ラクス達にはアスランが具合が悪そうだから、看病しているって言っておく……と口にしながらキラは彼の体を解放する。
「頼む」
 アスランがどこか残念そうな表情をしているように思えたのは自分の錯覚だろうか。
 そんなことを思いながら、キラははね回っているピンクのハロを捕まえる。そして、そのままアスランの部屋を一端後にした。

「……キラが喜んでくれたからいいが……」
 アスランの幼児化は、とりあえず一晩寝れば直った。その事実に安堵しながらも、一応釘を刺しておかなければいけないだろう、と彼は元凶とおぼしき二人を睨み付ける。
「もし、元に戻らなかったらどうする気だったんだ、お前ら」
 それでもキラは喜んでくれただろう。
 しかし、それ以上に彼の負担が大きくなるのは目に見えていた。だから、だ。
「大丈夫です。ちゃんと実験をして、一晩で戻る量しか盛りませんでしたから」
 さらりっとニコルはこう口にした。その言葉に、やはり犯人は……とアスランは思う。と同時に、引っかかるものを感じていた。
「実験?」
 少なくとも、自分の他に同じような症状が出たものはいなかったはず。そう思うのだが、ニコルのことだ。十分やりかねないとも思う。
「えぇ。ついでに、キラさんのお誕生日に無粋な状況にならないように手を打たせて頂きました」
 にっこりと微笑みながら、ニコルはさらに言葉を重ねる。
「そうか。ならいいが……」
 これ以上、問いかけてはいけない。
 アスランの心の中に警鐘が鳴り響く。そして、そう言うときの自分の第六感にはしたがった方がいいことも、アスランにはわかっていた。
「ともかく、それは滅多なことで使うなよ?」
 キラが困るから……とアスランが言えば、
「わかっています。少なくとも、味方には依頼がない限り使いませんって」
 ニコルはあっさりとこう言い切る。
 結局、彼らに言うことを聞かせるには、キラを引き合いに出すしかないのだろうか……とアスランはこっそりとため息をついた。

 ちなみに、そのころの地球軍及びザフト――クルーゼ隊――の様子はどうだったか、と言うと。
「何だ……もう、元の姿に戻ってしまったのか」
 目の前のクロトの姿に、バジルールは残念だという表情を隠さずにこういった。
「本当。あんたら、小さい方が可愛かったわ」
 フレイもそんな彼女に同意を示す。
「何たって、あの悪たれ口も、小さければ我慢できるもの」
 そんな彼女の腕の中には、うす緑色の髪をしたオコサマの姿がある。それが誰なのか、言わなくても想像が出来てしまうだろう。
「あんたも、元の姿に戻っちゃうのかしらね」
 それは悲しいかな……と言いながら、フレイは腕の中の存在に微笑みかける。
「ん〜。確かにそいつはちっちゃい方がいいよな……そのまんまにしておく方法ってあるのかな」
 誰か知っていればいいよな、とクロトも珍しくフレイの言葉に頷いた。
「シャニの場合、大きくても小さくても変わらないと思うが?」
 それに、オルガも加わってくる。
「アンドラス少尉の場合、戦闘中でなければ寝ていることが多いからな」
 バジルールもこう言いながら、彼の髪を優しく撫でた。結局、彼女も子供が好きな女性だった、と言うことだろうか。
 だが、誰もブリッジの一角を正視しようとはしない。いや、そこにいるものを意識からシャットアウトしようとしていた、と言うべきか。
 艦長席から一段下がったアドバイザーシート。
 そこにはだぼだぼの白いスーツを着た、やたら偉そうなオコサマがふんぞり返っていたのだった。
 いっそ、もっとオコサマになっていてくれてもよかったのに……とその場にいた全員が思っていたことは言うまでもないであろう。

 そして、ヴェサリウスの環境では、アデスが脇をちょろちょろと動き回っているオコサマに、切れそうになる堪忍袋のをしっかりと押さえつけていた。
 その背中に、哀愁が漂っていたのは、他の者たちの錯覚ではないであろう。
 それ以上に、ブリッジ要員達の注目を惹いていたのは……そのオコサマが付けている仮面だった。
「隊長って……あんな子供の時から仮面を付けていたのか?」
「……俺に聞くな、俺に」
 この答えを知るものは誰もいなかった。

ちゃんちゃん
04.05.17 up



キラ、お誕生日ネタです。しかし、アスランには災難ですね
いや、本当に災難だったのか。