星の下で


 どうして、僕たちはここまで来てしまったのか……
 どうして、自分は生きているのか……
 どうして……

 戦争が終わって、キラはどこに行けばいいのかわからなくなってしまった。
 両親の元へ……とも思ったのだが、真実を知ってしまった以上、冷静に彼らに接することが出来なかった、と言うのも事実。
 そして、自分は決して表舞台に立ってはいけないという思いもあった。
 あの男の言葉ではなかったが、自分の存在はまた新たな戦争の火種となりかねないのだ。
 もし、あのまま死んでいたら……あるいはもっと楽だったのかもしれない、とも思う。
 しかし、自分は生き残ってしまった。
 そして、あの時の彼らの表情を見てしまえば、自分から死を選ぶことも出来ないだろう。誰もが、キラが生きて戻ってきたという事実に喜んでくれたのだから。
「僕は……どこに行けばいいのだろう……」
 そんなキラに手を差し伸べてくれたのはマルキオだった。
 彼は、キラ達の実母であるヴィアの友人でもあったのだそうだ。だから、キラがすべきことを見つけるまでは自分の手伝いをして欲しい、と。
 そして、キラはその申し出を受け入れた。
 失った命の代わりに、今、必死に生きようとしている子供達の世話をすることは自分の心を癒してくれるかもしれない。そう思ったのだ。
 だが、彼の元に転がり込んだのは実はキラだけではなかった。
「……アスラン?」
 どうして……とキラは目の前で微笑んでいる相手に問いかけてしまう。
「ザラ……の名前は和平の障害になるかもしれないって事だよ」
 アスランは穏やかに微笑みながら、こう言葉を返してくる。
「ここなら、ラクス達の手助けも出来るだろうしな。それに……俺は、お前の側にいたいんだ、キラ」
 そして、きっぱりとした口調でこう言い切った。
「アスラン、でも……」
 彼には日の当たる場所にいて欲しい。
 自分がどうなってもいいから、彼だけは……
 それがキラの希望でもあったのだ。
「もう、一人でお前を泣かせたくないんだよ、キラ」
 アスランがこの言葉と共にキラを抱き寄せる。とっさのことにキラは反応が一瞬遅れてしまった。
「アスラン!」
 手を離して……とキラは慌てて彼の腕から逃れようとする。しかし、アスランはさらに力を強めてきた。
「俺に残されたのは……キラだけなんだから……」
 他の何もいらない。だから、キラを自分から奪うな……とアスランはその体勢のまま囁いてくる。
「そんなことない!」
 確かに、パトリック・ザラはレノアを失った衝撃で道を誤ったかもしれない。だが、アスランは違う。その道を正しい方向へと修正しようとがんばっていたではないか。
 だから、今は無理でも、きっと日の当たる世界に戻れる日が来るに決まっている。
 その時、自分の存在は彼の足かせにしかならない。
「アスランを必要としている人はたくさんいる! 僕のことなんか忘れてもいいんだ……」
 ただ、彼らの――彼の幸せを祈ることだけを許してくれれば、それだけで。
 この言葉をキラは飲み込む。
「ダメだよ、キラ」
 しかし、何を言ってもアスランは納得してくれる様子を見せない。
「キラがいないと、俺が幸せになれないんだ。それでも、キラは俺から離れていこうとするのか?」
 俺に不幸になれ……というのか、とアスランはさらに付け加えてくる。
「キラが隣にいなくて……苦しいだけのあんな日々は、もうゴメンだ」
 だから、何を言われてもキラの側にいるのだ……とまで彼は言ってきた。それをどう受け止めればいいのか、キラにはわからない。
「でも、僕は……」
 コーディネーターですらないのかもしれないのに……
 あるいは、人間ですらないのかもしれない。
 だから、どんなにアスランの側にいたくても、自分はそうしてはいけないのだ、とキラは心の中で呟く。
 どんなことをしても、真実を彼に伝えるわけにはいかないから。
 そうすればきっと、自分はアスランに嫌われてしまう。
 そうなる前に離れてしまいたいのに、こうやって抱きしめられていればその決意すら消えてしまいそうなのだ。
「キラが何者でもいい。俺の側にさえいてくれれば……お前が天使だろうと悪魔だろうとかまわないんだ」
 だから、消えないでくれ……とアスランは懇願してくる。
「……でも、僕が側にいれば……絶対、アスランが不幸になる……」
 今は終戦の混乱で自分の居場所は必要最低限の者たちにしか知られていない。
 だが、いつかばれるだろう。
 それに……とキラは心の中で呟く。自分の秘密もいずればれてしまうに決まっているのだ。そうなった場合、ブルーコスモスの残党が自分の命を狙ってくることは間違いはない。そんな危険な状況にアスランを巻き込むわけにはいかないのだ。
「キラが側にいてくれて不幸になるのと、いない状況で不幸になるのなら、俺は前者を選ぶよ」
 二人で不幸になるなら、それは幸福と同意語かもしれない……とアスランはさらにキラを抱き寄せる。
「……バカ、だよ」
 アスランは……と呟けば、キラの瞳から涙がこぼれ落ちてしまう。
「僕なんて……」
「バカでも何でもいいよ」
 お前が手にはいるなら……と囁きながら、アスランは唇でキラの涙を吸い取ってくれる。
「だから、二人で幸せになろう?」
 自分から離れないで……と囁く彼の唇がゆっくりと移動してきた。その目的地がどこか、なんて確認しなくても想像が付いてしまう。
 アスランにそれを許してはいけないのに……
 本当は振り払わなければいけないのに……
 それでも、彼のぬくもりを突き放せないのは、ひょっとして自分もそれを望んでいたからなのだろうか。
 彼の隣に立つ。
 それがキラの昔からの願いだ……というのは否定しないし、出来るわけもない。
 しかし、それはこんな形ではなかったのではないか。
「……アスラン……」
 ようやく、キラは彼をとがめるようにその名を呼んだ。
「好きだよ、キラ」
 しかし、アスランからの答えはこんなセリフ。
 それに慌ててキラは反論を返そうとする。だが、それよりも早くアスランの唇が開きかけたキラのそれを塞いだ。
「んっ……」
 するりっとアスランの舌がキラの口腔内へと滑り込んでくる。
 反射的に逃れようとするキラの舌にアスランのそれは強引に絡みついてきた。
 いや、舌だけではない。
 アスランは全身でキラの心を絡め取ろうとしてくる。
 その事実に、キラは息苦しさを感じてしまう。反射的に、キラは彼の胸を叩いてその事実を訴える。
「キラ……」
 鼻で息をするんだよ……とアスランがキラをからかうように囁いてきた。
「……そんなこと、知らない……」
 キスの一つや二つ、したことがないわけではない。
 だが、こんな風に心まで絡め取られるようなキスは初めてだ。
「知らないならそれでもいいよ。これから、俺が教えて上げる」
 時間はたくさんあるのだから……とアスランは囁いてくる。そして、再び彼は口づけてきた。
 そんな彼の様子は、まるでキラからの反論を聞きたくない、と言っているようかもしれない。
 アスランの声にならない声が、キラの心の壁にひびを入れ始める。
 慌ててそれをキラは取り繕うとした。
 だが、決して本心からのものではないそんな行為が、いつまでも続くものではない……というのもまた事実。
「……好きだよ、キラ……キラは?」
 再び、ほんのわずかだけ唇を離してアスランが問いかけてくる。
 今までのキスでぼうっとしていたキラの唇から、ついつい本心がこぼれ落ちてしまった。
 次の瞬間、アスランは本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。
 そして、また唇を重ねてきた。

 そんな二人の様子を、星が柔らかな光で照らし出していた。

「良かったのか?」
 カガリが不意にこう問いかけてくる。彼女が何を言いたいのか、ラクスにはわかってしまう。
「そういうカガリこそ、よかったのですか?」
 聞いてきた彼女だって同じ立場だったのではないだろうか。
 そう思いながらラクスは柔らかな笑みと共に聞き返す。
「キラが不幸だったとは思わない。だけど、あいつは、あの戦争で傷つきすぎてしまったから……その原因が全て私にあるとは思わない。思わないが、一端があるのは事実だし、アスランだって……」
 だから、キラが幸せになってくれるならどんなことでも我慢できる、とカガリは口にする。
「私も同じですわ。キラが幸せになってくれること、それが今の私の願いです」
 だから、彼らが心のこそからそれを願うのであれば、手助けをしてやろう……と思っているのだ、とラクスは笑みを深めた。
「キラには、アスランの支えが必要なのですもの。あの二人を引き裂くようなことが、もうなければいいのですが……」
 和平の象徴、と自分たちは言われている。
 だが、その和平も、いつ打ち砕かれるかわからないほどもろいものだと言っていい。
 それだからこそ、自分たちは少しでも長くそれを守っていかなければならないのだ。何よりも、一番大切な《キラ》のために……
 壊れやすくなってしまった、あの心が、せめて後少し傷を癒せるまでは。
 それはここにいない者たちも同じ気持ちだろう。
「当たり前だろう。この戦いで、みんなが多くのものを失った。だけど、その代わりに手を入れることが出来たものもある。それを守るために、誰もが動いていんだから」
 オーブもプラントも……そして、地球連合もだ。
 その象徴が、あるいは《キラ》なのかもしれない。
「えぇ……ですから、私たちもがんばらなければいけませんわね」
 その代わりに、アスランにはキラを守って貰おうか……と二人は視線だけで意見をまとめる。
「出来る限り、ここに顔を出すようにするけどな」
「もちろんですわ。キラをアスランに渡すのですもの。それなりのことをして頂かなくては」
 こう言いながら微笑みあう二人をアスランは目にしなくてよかったのかもしれない。

「好きだよ、キラ……ずっと一緒にいようね」
 少なくとも、今のアスランは幸せだった。


04.04.20 up



470000アクセスのキリリク作品です。「星のはざまに」ベースのアスキラ話……と言うことでがんばってみましたが……なんかものすごく難しかったです。何故? アスランの性格のせいでしょうか。
ちなみに、キラの見ていないところでアスランが二人にいじめられるのはお約束……と言うことで(苦笑)がんばれ、アスラン。