温泉へ行こう「お風呂に入りたい!」 キラがいきなりこんな台詞を口にする。 何の脈絡もなく突飛な話題を持ち出すのがキラの得意技――と言うよりは頭の回転が早すぎるだけで、本人の中ではちゃんとつじつまがあっているらしい――と知っているアスラン達は『そうか』『そうだね』と相槌を打っている。 そうでなくても、キラの言うことであれば真剣に耳を傾けようとしている親衛隊の面々も同じように頷いていた。彼らにしてみれば、キラの言葉が絶対なのだから当然、と言えば当然なのだろう。 しかし、メンバーの中でただ一人、付き合いの浅いディアッカだけはわけがわからないという表情を作っていた。 「シャワーじゃ、ダメなのか?」 あれでも十分じゃないのか、と彼はさらに言葉を続ける。 「汗を流すだけならそれでもいいんだけど、たまには湯船につかりたいんだよね」 その方が疲れが取れるから、とキラは言い返してきた。 「そう言えば……月にあったキラの家には大きなお風呂があったよね」 二人で入っても十分遊べるくらいに……とアスランが口を挟んでくる。と言うことは、彼らは十三歳で別れるまで一緒に風呂に入っていたのか……と周囲の者たちは心の中で呟いてしまう。 「父さんが好きだったから」 湯船に体を沈めてゆっくりと暖まるのが……とキラは微笑む。 「キラもだろう? 時々お風呂で眠っちゃうくらいに」 それは好きだというのとは違うのではないか……と周囲の者たちは思う。だが、当人達はまったく気にする様子を見せない。 「いいじゃない。気持ちいいんだし」 それに安心できるんだから、とキラは言い返した。 「まぁね。あの頃は俺も気を付けていたし」 今だって、キラのことはあれこれ気を付けているぞ……とアスランが付け加えたときだ。 「あら……それなら私達だって負けないわよね」 「そうですよ、アスラン」 ニコルとアイシャがしっかりと口を挟んでくる。二人の瞳の奧には、アスランに対する敵愾心がしっかりと映し出されていた。 「まぁ、俺達だってちゃんと坊主のことは気にかけているつもりだがな」 ともかく、この場にいない相手についてもフォローだけはしておかなければならないだろう。そうしなければ怖い――特に約一名が、だ――と判断したのはフラガだけではない。サイやミリアリア達も大きく頷いていた。 「ともかく、風呂か……」 確かに、手足を伸ばせれば気持ちいいだろうな……とフラガも呟く。 「ここがバナディーヤなら、連れて行って上げられたんだけどネ」 かつてバルトフェルドが支配していた地域には温泉がたくさんあったのだ……とアイシャがため息をついた。 その時だ。 「そう言えば、ここってL4でしたよね」 ふっと何かを思い出した、と言うようにニコルが言葉を口にする。 「だな」 それがどうかしたのか? とフラガが彼へと視線を向けた。 「……はっきりとは覚えていないのですが……温泉だったか、それに似たような施設がここにあったと聞いたことがありますので……」 今でも稼働しているかどうかわからないが、調べればわかるのではないか、と彼が付け加えた瞬間だ。キラの瞳が期待に輝く。 「ともかく、調べてみましょ」 場所さえわかれば、確認しにいける。壊れているなら直せばいいだけだ……とアイシャが口にする。もちろん、他の者に反論は許さないし、させるつもりもない、と彼女の全身が告げていた。 「まぁ、他のメンバーの気分転換にもなるだろうからな」 いいんじゃねぇ……とディアッカは口にする。 「そうしたら、一緒に入ろうね」 にっこりと微笑むキラの表情を見て、男性陣が何故か顔を赤らめたのはどうしてなのだろうか。次の瞬間、彼らがどのような目にあったのか、それは言わなくても想像できるであろう。 しかし、それからの行動は信じられないほど早かった。 と言うよりも他の面々も気分転換の方法を探していたのかもしれない……と言った方がいいのか。あるいは、ラクスとアスラン、それにカガリをはじめとする《キラ大好き》同盟――もちろん、アークエンジェルのメンバーは言わずもがな、だろう――の布教が他の者たちにも浸透しつつある、と言った方がいいのか。 「この団結力が、他の場面でも出てくれると……」 非常にありがたいのだが……とキサカが呟いたのは事実だった。 「大丈夫ですわ。キラ君さえいてくれれば」 「そうですな。少年がいる限り、団結に関しては心配がいらないでしょう」 むしろ今回のことで、さらに団結がますのではないか……とラミアスとバルトフェルドが口にしている。 「……それが、カガリの役目でないことが少し悲しいですが……キラ君の方が適任だと言うことは否定できませんからね」 カガリと双子だとは言え、素直で控えめで、他人の話をきちんと聞くのだから……と彼はため息をつく。 「カガリが彼に勝てるのは、押しの強さだけかもしれませんからね」 どうしてあんなにガサツに育ってしまったのか……とキサカの口から出るのは愚痴ばかりだ。それを残りの二人は苦笑と共に聞いている。 実際の所、キラにそのがさつさがあればもう少し違った方向へ世界は進んでいたのかもしれない。 「何にせよ、少年にとってはカガリ嬢のあの性格が救いになっているのは事実だからねぇ」 彼女をそこまで否定する必要はないだろう……とバルトフェルドが適当なところで口を挟んだ。 「それ以上に頭が痛い問題が起こりそうだし」 苦笑混じりにこう告げれば、二人の視線が彼に向けられた。 「あの……」 「……キラ君がらみ、ですね、その口調ですと」 意味がわからないキサカに対してラミアスはさすがにつき合いが長い。苦笑混じりにこう問いかけてきた。 「誰を一緒に行かせるか、考えておかないといけないのではないか、とね」 少なくとも、パイロットの一人や二人、残しておかなければならないだろう……とバルトフェルドは笑う。ここまで言われれば、キサカにも理解できたらしい。 「パイロットは皆、キラ親衛隊のメンバーでしたか」 最も、思い入れの強さは人それぞれだが……だが、彼らがキラを中心に固まっているのは言わずもがなな現実だ。その上、ラクスとカガリも参入するとなれば話は厄介だとしか言いようがない。 「ともかく、今回は女性陣は遠慮……という前提を作らざるを得ないでしょうね」 さすがのキラでも、女性陣と一緒に入浴というのはいやがるだろう……というラミアスの言葉は説得力を持っている。 「問題は、それであの二人が納得をするか……ですか」 ため息と共にキサカが言葉を口にした。 「どう考えても、一緒に行く……と言い出しますよ、あの二人は」 しかも、そこそこに地位と権力を持っているから問題なのだ……と彼は頭を抱えてしまう。 「とは言われてもねぇ」 「少年がいやがるのはめに見えているからねぇ」 説得するしかないだろう、とバルトフェルドとラミアスは顔を見合わせてしまった。同時に、誰が説得をするかとお互いに無言で押しつけ合う。 その無言の攻防がいつ終わるのか、誰にもわからなかった。 誰の尽力なのか――少なくとも、ラミアスとバルトフェルドがそれなりに動いてくれたらしいことは、彼らの疲れ切った表情から推測できる――キラと一緒に温泉へ行けるのは男性陣のみ、と言うことになったようだ。その中でもかなりの争奪戦になったのは言うまでもないが、結局は、アスランとニコル、ダコスタ、それにマードック達整備陣から数名……と言うことで落ち着いたらしい。 ディアッカとフラガは万が一に備えて待機……と言うことになった。それは当然のことだ、と思われたのだが、盛大にごねてくれた人物がいたことも事実だ。誰とは言わないが、思い切りラミアスに小突かれていたのを目撃されていたりする。その結果、尻に敷かれているだのかかあ天下だのいろいろと噂が出たのは言うまでもないであろう。 ともかく、アークエンジェルに積み込まれていた装甲車と万が一のためにストライクを持って温泉組は出発をした。 「……でも、よかったのかな?」 装甲車のシートに収まりながらキラがこう口にする。 「何が?」 そんなキラに穏やかな微笑みを向けながらアスランが聞き返す。 「僕のワガママで、こんな大事になっちゃったし……ムウさん達も行きたがっていたのに居残りして貰っちゃったし……」 単に、大きめの湯船があれば満足できたんだけど……とキラは小首をかしげる。それだけであれば、手持ちの材料で何とかなったのではないか……とも彼は付け加えた。 「気にするなって。結局、みんな、気晴らしをしたかったんだからさ」 マードックがそんなキラを安心させるようにこう口にする。だから、むしろありがたいのだとも。 「そうですよ、キラさん」 ニコルがすかさずこう叫んでくる。 「そうだよ。ダメなら、いくら俺たちがあれこれ言ったって誰かが止めていたよ」 アスランが微笑みながらこう言えば、ようやくキラは納得できた。確かにラミアスにしてもバルトフェルドにしても、無謀だと思ったことには頷いてくれないのだ。 「だからね。今日だけはゆっくりと羽を伸ばそう? ね?」 そんなキラにさらにアスランが微笑みかけてくる。キラがそんな表情をしていれば、他の誰もゆっくり出来ないだろうと。 「今日、参加できなかったメンバーとはまた別の機会に行けばいいんだしね」 今回のことがいい成果を収めれば、また次もあるだろう……とアスランは付け加える。 「だな。でなければ、居残り組が納得しねぇだろうし」 特にあの人が……とマードックが口にしたのが一体誰のことか、キラにもわかってしまった。 「ムウさんの場合、マリューさんとご一緒の方がうれしいんじゃないかと……」 彼の場合、自分よりはその方が……とキラは思ってしまう。ディアッカもそんなセリフを口にしていたから、とキラは口にした。 「坊主……」 「……ディアッカの悪い影響が……」 これにはアスランだけではなく他の二人も頭を抱え始める。その様子を見て、キラは自分が何かまずいことを言ってしまったのだろうか、と小首をかしげた。 「アスラン……」 僕、何か悪いこと言った? と昔からしていたようにキラは即座に親友に問いかける。 「……ともかく、今のセリフは、ラクスとかカガリの前では言わない方がいいよ……ディアッカの命に関わるから」 ねっ、とアスランがキラに迫ってきた。 「うっ……うん……」 理由はわからないながら、ディアッカの命がかかっているとなれば頷くしかないであろう。 「それよりも、お風呂のことを考えましょう。一応、水着は持ってきたのですが……」 話題を変えようとしてか、ニコルがこんなセリフを口にする。 「水着?」 「それは顰蹙だぞ、ニコル」 「風呂は、真っ裸で入るもんだろうが!」 その瞬間、残りの三人が口々にこう声をかけた。 「えっ?」 アスランやマードックだけならともかく、キラにまで驚かれたせいだろうか。ニコルが驚いたように目を丸くしている。 「ニコル……目的地に着くまで、じっくりと話をしようか」 温泉マナーに関して……というアスランに、キラ達も大きく頷いて見せていた。 それでも、温泉地に着いてしまえばもう細かいことはどうでも良くなってしまう。 ラミアス達が女性陣を排除してくれたおかげで、水着がなくてもかまわないと言うのが事実だ。相手の裸なんて、戦闘終了後のシャワールームで見ているし……と言いかけて、ニコルは言葉を飲み込んだ。 キラのそれに視線が集まっているような気がしてならなかったのだ。 「……やっぱ、もう少し太らないとダメだぞ、坊主」 「そうそう。でないと、いつ倒れるかって不安になるだろうが」 だが、どうやらニコルが考えているのとは違った理由での視線だったらしい。最も、自分が考えているような意味でのそれをキラに向けている相手がいれば、自分だけではなくアスランもただではすませなかっただろう。 「僕はコーディネーターですから……第一、そんなことを言ったらニコル君はどうするんですか!」 アスランやディアッカさんは別にして……とキラがそんな彼らに反論を試みている。 「いや。皆さんが言うとおりだ、キラ。もう少し太れ、お前」 でも、データーのハッキングはなしだぞ……とアスランがキラの肩を叩いた。その瞬間、キラが視線を泳がせている。 「やっぱり、あのデーター、改変されていたんですか!」 ダメですよ、キラさん……とニコルも彼らの会話に乱入をした。 「だって……でないととんでもない量を食べさせられそうになるんだよ、カガリに……カガリの手料理で……」 あれだけは勘弁して欲しい……というキラに、そんなに凄い料理なのか、と誰もが思う。 「ま、それはラクスに牽制して貰えばいいって」 ともかく、これからは無理しない程度に食事の量を増やしていこう……というアスランの言葉で、とりあえずこの話題は終了させることにした。 「それよりも、暖まろうぜ。せっかく来たんだからさ」 マードックのこの言葉を合図に、キラの周囲に集まっていた者たちは三々五々、好きな場所へと散っていく。 その瞬間だった。 キラがいきなり頭までお湯の中に体を沈める。 「……誰か、いるか?」 その理由がニコルにはわかった。そして、アスランも、だ。 「いえ……少なくとも、視認できる範囲にはいません」 さりげなく、キラの体を隠すように移動しながらニコルは言葉を返す。 「入る前に確認しましたけど……不信人物はいなかったはずですが……」 ひょっとして、監視カメラでも生き残っているのだろうか。だとしたら、後でそのデーターを消しておかなければならないだろう……と二人は視線だけで同意を見せた。いっそのこと、居残りをしているメンバーに依頼をしてもかまわないだろうとも。 「ニコル」 「ちょっと、忘れ物を思い出しました」 アスランの言葉を合図に、ニコルは一端温泉から上がる。 「湯冷めしないようにしてね」 そんな彼の背後にキラの言葉が飛んできた。 「はい、ありがとうございます」 視線だけを向けると、ニコルはにこやかに言葉を返す。しかし正面を向いた瞬間、その表情は厳しいものへと変化していた。 「アスランやニコルもなかなかだが……やはり、特筆すべきなのは彼だな」 モニターの中に小さく映し出されている光景に、クルーゼは小さな笑いを漏らした。同時に、彼は手を伸ばしてティッシュを抜き取る。 彼の純白の軍服に、小さな赤いシミが増えていった理由は……知らない方が幸せだろう、きっと。 ちゃんちゃん
04.04.18 up 390000のキリリク作品ですが……こんなので良かったのか(^_^; やっぱり、締めは彼にお願いしてしまいましたし。一体彼がどんな状況であったのか。それはご想像にお任せします。 |