正しい道



「えぇ、そうです。奴らは、人質の命と引き替えにキラにザフトと戦うことを承諾させた、と。そう認めました」
 地球軍の士官が……とクルーゼはモニターの向こうの相手に向かってこう告げる。
「また、一緒にいた者たちも、同様の事を口にしています。本人は、ただ、友人や知人達を守りたかっただけなのだと。ただ、それに対して正しい判断を下せるような情報を、敢えて与えられなかった事もあり、いわれるがままに行動していたのだそうです」
 真実を知らされた瞬間、衝撃で意識を失ってしまった……と付け加えれば、初めて相手の顔に微かに感情がよぎった。
『そうか……』
 それでも、冷静な表情を保っている父に、アスランは微かに眉を寄せる。
 おそらく彼の脳裏の中では、その事実を自分たちが優位に立つための材料に使えないかどうか、計算をしているのだろう。そして、それは当然だとも。自分が彼の立場でも同じように考えるに決まっているのだ。
 ただ、その対象が《キラ》だと言うことを除けば……の話だが。
『しかし……彼の方は……』
 こう口にしながら、パトリックが視線をアスランへと向けてくる。
「キラは、我々に対する敵対心はありません。その証拠に、地球軍によって人質にされていたラクスを、奴らの思惑に逆らってこちらに返してくれました」
 その時、かなり強引な手段を使ってヴェサリウスに連れてきたことは事実だ。だが、それも全てキラのためだ、とアスランは思っている。
 同時に、ラクスの一件がキラにとって有利に働くだろうと言うこともわかっていた。それだけプラントにとって彼女の存在は重いのだ。だからこそ、キラがラクスを――同情からかもしれないが――地球軍の手から救い出し、自分に返そうとしてくれたことは重要な意味を持っているはず、とアスランは確信している。
『偶然巻き込まれ、そして、利用されただけ……と言うことでいいのだな?』
 そして、パトリックも同じ考えに行き着いたようだ。
「かまわないと判断します。最初の状況から考えて、我々が急襲をしなければ、彼はストライクに乗ることはなかったと」
 パトリックの言葉に答えたのはクルーゼだ。
「不幸な偶然の結果、友人を守りたい一心だったと聞いております」
 それがなければ……と付け加える。
「憎むべきは、そんな彼を利用しようとした地球軍の方だと思われます。オーブの人間であるキラは、ナチュラルを守りたいと思っても当然ではないかと」
 何よりも、キラは《第一世代》だから……とアスランも口を開く。
「キラのご両親にはザラ委員長もお会いになったことがあられるはずですが」
 公式の場である以上、父ではなく国防委員長として彼を扱うしかない。だが、彼の中にある感情を、アスランは見抜いていた。
『そうだな。それを利用したものを糾弾すべきだろう。それに、上手く行けばオーブの助力を得られるかもしれん』
 他にもいろいろとプラントに有利な状況を作り出すことが出来るだろう……とパトリックは口にする。
『ただ……キラ・ヤマトに関しては無条件で解放する事は出来ないだろう。それだけは覚悟しておくように』
 言外に、ザフトに入隊をさせMSのパイロットとして働かせる……とパトリックは告げてきた。
 それは不本意だが仕方がないともアスランは思う。
 ストライクを動かせそうな者が他にいないのだ。
 そして、キラは強要されたとは言え、同胞を手にかけてしまったのだ。
「それに関しては、私が説得をさせて頂きます」
 アスランがきっぱりと言い切る。
 自分が説得をすれば、キラは素直に話を聞いてくれるだろうとアスランは思っていた。特に、今のキラは信じていた者から裏切られた状況なのだ。他にすがる者がいないとわかれば、アスランだけに心を預けてくれるだろうとも。それは、ものすごく甘美な状況でもある。
『任せよう』
 そんなアスランの心を読みとったかのようにパトリックが即答してきた。
「了解いたしました」
 アスランが言葉を返せば、パトリックは満足そうな笑みを見せる。そのまま、彼は視線をクルーゼへと向けた。
『お前からの申し出も、許可しよう。我々としても、あれのデーターは欲しい。どのような手段を使ってもかまわないからな』
 この言葉に、クルーゼもまた彼らに何か交換条件を出していたのだ、とアスランは推測をする。最も、それがキラのことでなければ気にすることはないが。
『では、吉報を待っている』
 この言葉と共に、通信が終わる。
「と言うことだ、アスラン。君の希望が叶えられるよう、努力をするのだな」
 低い笑いを漏らしながら、クルーゼがこう声をかけてきた。それはアスランをからかうためのものではなく、共犯者のそれであるように思える。
「もちろんです」
 キラを手に入れるためなら、どのような手段だろうと取ってみせる……と心の中で付け加えながら、アスランは頷く。
「では、がんばりたまえ」
 この言葉を背に、アスランはクルーゼの前を辞した。

 廊下に出た瞬間、アスランの目の前にピンク色が広がった。そう思わせたのは、自分の《婚約者》の髪の毛だった。
「どうかなされたのですか、ラクス」
 お散歩は謹んでください、とアスランは口元に笑みを作ると告げる。
「いえ。貴方にお聞きしたいことがありましたので」
 そんな彼に、ラクスはまじめな表情のままこう言い返してきた。それは、ある意味、アスランが初めて見る態度だと言っていい。
「何でしょうか?」
 だが、それもアスランの作り笑いを打ち砕くものではなかった。平然と――だが、早々に話を切り上げたいと態度で告げながら――アスランは聞き返す。
「キラ様のことですわ」
 最も、ラクスもまたそんなアスランに臆することなくこう切り替えしてきた。
「キラがどうかしましたか?」
「どうして、オーブの方がと別の場所においでですの?」
 キラはあくまでも民間人だろう、と彼女は口にする。
「簡単ですよ。キラを、彼らと一緒に解放できないからです」
 その理由は見当が付いているのではないか、とアスランは言外に含ませた。
「それこそわかりませんわ。キラ様は、中立のオーブの方です。確かにあれに乗られてはおりましたが、それも全てはザフトがヘリオポリスを急襲したからではありませんか?」
 ラクスの言葉はある意味正しいのだろう。だが、とアスランは思う。
「それをおっしゃるのでしたら、地球軍とオーブの上層部があそこでMSの開発を行っていたのが先ではありませんか?」
 それがなければ、自分たちは決してあそこに攻撃を加えようとしなかった。それだけはアスランでも断言できる。
「それに、その問題が解決されていない以上、キラをオーブへ帰すわけにはいかないのですよ、ラクス」
 理由はおわかりになるのではありませんか? とアスランは逆に彼女に聞き返した。
「わかりませんわね。キラ様のご両親もあちらにいらっしゃるでしょうに」
「そして、キラのご両親はごく普通の方々ですから……キラを地球軍から守りきれるとは言い切れません」
 ラクスはどうしても『キラはオーブに帰さなければならない』と思っているらしい。アスランだって、事情が許せばそうしてやりたいとは思う。だが、現状ではそれは不可能なのだ。
「オーブの方々がキラ様を守られるのではありませんの?」
「その上層部に、地球軍と結託をしている者がいるのですよ。あいつがどれだけ同胞と戦うことで心を痛めていたか、貴方もご存じでしょう?」  そして、ヘリオポリスの避難民の中にもいないとは限らないだろう。そうなれば、地球軍は間違いなくオーブに戻った《キラ》を利用するに決まっているのだ。
「ですが、それはザフトも同じではありませんか?」
 キラを利用しようとしているのは……とラクスは言及してくる。
「違います。我々はあくまでもキラを《保護》したいだけです」
 一番安全なのが、ここなのだ……とアスランは言い切る。
 間違いなく、それはアスランにとっては真実だった。
「それに、ここにいれば私がキラを守ってやれますから」
 どんなことからでも……とアスランは微笑む。それは、今までの作り笑いではなく、間違いなく本心からの表情だった。
「……それで、本当にキラ様が喜ばれますの?」
 ラクスが一瞬のためらいの後にこう問いかけてくる。
「仕方がありません。キラも納得してくれるはずです」
 こう答えながらも、自分が側にいてキラが喜ばないはずはない、とアスランは確信していた。
「そのキラにこの事を伝えなければなりませんので……」
 言外に、これ以上彼女と話をする気はないとアスランは告げる。
「アスラン……後悔なさいましてよ?」
 そんなアスランの背を、ラクスのこの言葉が追いかけてきた。
 だが、アスランはもう彼女を振り返らない。彼の意識は既にキラが待っているはずの自分の部屋へと向けられていたのだった。

「……アスラン……」
 ロックを外し、室内に入った瞬間、キラが体を硬直させた。だが、どうして彼はそんな反応を返すのだろう、十アスランは思う。だが、すぐにそれは昔からキラがアスランに怒られるようなことをしたときの反応だと思い出す。
「どうしたの、キラ?」
 そんなに怖がらなくてもいいだろう……とアスランはそんなキラに微笑みかける。だが、そんなアスランの表情を見ても、キラは体らの力を抜くどころか、逆にますます体が強張ってしまう。
 それでも、キラの瞳はまっすぐにアスランを見つめてきている。
「僕は……」
 どうなるの、と小さな声でキラは問いかけてきた。
「キラ?」
 どうしてそんなことを聞くのだろうか、とアスランは思う。自分が側にいて、彼に不利益な状況を作ると考えているか、と。
「どうなるって?」
「……僕も、大尉達みたいに、閉じこめられるの?」
 そして、本国で裁判にかけられるのか、とキラは付け加えた。どうやら、ここに来るまでの間にそんなことをキラに吹き込んだ奴がいるらしい、とアスランは怒りを感じてしまう。だが、それをキラにぶつけるわけにはいかない。
「そんなこと、あるわけないだろう? そりゃ、少しはペナルティがあるけど、でも、キラはあくまでも巻き込まれただけなんだし……そう、俺も父上達に伝えてあるから」
 だから、キラが罪に問われることはない……といいながら、アスランはゆっくりと彼に歩み寄っていく。
「……でも、キラがザフトの人間を殺してしまったのは事実だから……その代わりに協力して貰うことになるけど……」
 その代わり、自分が絶対にキラのことを守るから……と言う言葉と共にアスランはその華奢とも言える体を抱きしめた。
「僕は……」
 もう戦いたくない……とキラは呟く。
「でも、もうキラは戦争に関わってしまっただろう? 俺が側にいてあげるから」
 ね、とアスランは口にする。
 一度手を染めてしまった以上、もう、抜けられないのだ……とも。
「もっと早く、キラがこちらに来ていてくれればもっと違う状況になったのかもしれないけど……」
 あの時の判断が間違っていたのだから仕方がない、とアスランは結論付ける。
「アスラン!」
 この言葉はキラには納得できないものだったらしい。最も、崩れていくヘリオポリスを見た後では冷静な考えをしろと言っても無理だったのだろう。まして、キラは人質を取られていたのだから、とアスランは心の中で呟く。
「……その代わりに、他の民間人達は、ザフトが責任を持ってオーブまで護衛をする。向こうに着いたらナチュラルの友人だ、と言う連中と連絡が取れるようにしてあげるから」
 それでも、そう簡単にキラを許すことが出来ないのは、一時とはいえやはり自分よりも《ナチュラル》を選んだからだろうか。
 だが、これからは自分が側にいる。
 キラがもう間違えることがないように導いてやれることが出来るだろう――月にいた頃と同じようにだ。
「……アスラン……ずいぶん、かわちゃったんだね……」
 そんなアスランの耳に、キラのどこか悲しげな声が届く。
「キラが悪いからだろう? でも、これからは俺が側にいるから、心配いらない。ちゃんと、これからどうすればいいか教えてあげるから。昔のようにね」
 落ち着けば、キラも納得をするはず。
 アスランはそう心の中で呟くと、キラを抱きしめる腕に力を込めた。
 自分のぬくもりこそが、キラの心の中に作られた壁を打ち壊せるのだと、アスランは信じていた……
「……アスラン……」
 そんなアスランに、キラは小さなため息を吐き出す。そして、おずおずとその手を彼の背中へと回してきた。



04.02.25 up



美夜様からいただいた380000アクセスのキリリクですが……「俺が正しいに決まっている」と思っているアスランはクリアできたと思うのですが、キラを幸せに出来たかというと……玉砕しているような……このようなものでいいのでしょうかね(^_^;