仮面vs虎2「いや、凄いね」 目の前に積まれた荷物の山にバルトフェルドが感心したように呟く。 「コーディネーターは無神論者のはずなのにね」 やはり、連綿と続いてきた行事はそう簡単に捨てきれないものなのだろうか、とアイシャが笑う。 「かまわないじゃないか。友人や知人、恋人同時と言ったものが、堂々とプレゼントのやりとりをできる数少ない機会なのだから」 年に数回あるその機会のうち、一つはナチュラルによってつぶされてしまった。だから、コーディネーター達の間では余計に《クリスマス》が重要視されているのかもしれない、とバルトフェルドは口にする。それにはアイシャも同意のようだ。 「まぁ、多少の行きすぎがあったような感はあるが……普段なかなか本国に戻れない者たちも多い。妥協するしかないだろうね」 でなければ、部下達が可哀相だ……とバルトフェルドはさらに呟く。 「と言いつつ、しっかりと口元がゆるんでいてよ、アンディ?」 さらに笑いを深めながら、アイシャがバルトフェルドの頬を指先でつついた。 「あの子からちゃんと貰ったのでしょう、貴方も?」 それに、この荷物のほとんどがあの子あてよね、と付け加えれば、バルトフェルドもとうとうまじめな表情を作ることを諦めたようだ。 「いや、みんなマメだね。ほとんどが、あの子がOSその他を手がけてやった隊からだよ」 もちろん、個人的に送られてきた物もある。その中には名前を見ただけでキラが喜ぶであろう《親友》――彼が配属されている隊については敢えて誰も口に出そうとはしない――からの物もあった。 「それだけ人気者の息子を持って幸せでしょう、アンディ?」 キラは困ったような表情を作るかもしれないが……とアイシャは微笑みに少しだけ苦いものを含ませる。キラなら、間違いなく『当たり前のことをしただけなのに』と言うだろうことはわかっているのだ。そして、彼らにプレゼントを贈っていないことを気に病むだろう。 「こうなると、君の先見の明には感謝するしかないね。カードであれば今からでも間に合うだろう」 もちろん、優先で運んで貰わなければならないが、そのくらいの融通を誰もが利かせてくれるだろうとバルトフェルドは思う。もちろん、こっそりと手を回すつもりなのだ、彼は。 「そう言いながら、必要もないのに報告書を出そうと思っているでしょう、アンディ?」 そうすれば一緒に送ってあげられるものね、最優先で……とアイシャが付け加えれば、バルトフェルドはさりげなく視線をそらす。その表情には『どうしてわかったのだろう』とはっきり書かれてあった。 「……ともかく……万が一、と言うことがある。危険物のチェックをしておいてくれ。それと、差出人の一覧を作っておいてもらえるとありがたいのだが」 これ以上の追及を避けようと判断したのだろうか。バルトフェルドが手近にいた部下に向かってこう声をかける。 「了解しました。キラがカードを書きやすいように、ですね」 わかっていますって……と彼は気軽に引き受けた。はっきり言って他の隊の《キラ人気》とは比較にならないのがこの隊の特色でもある。誰もが皆、隊長とその愛人を見習ってキラには過保護気味なのだ。彼が戻ってきてからと言うもの、それが加速しているのは誰も否定しないだろう。 「できるだけ早く頼むよ」 「了解です」 律儀に敬礼をする彼に頷き返すと、バルトフェルドはきびすを返した。 「……そう言えば……」 隣を着いてくるアイシャにふっと思い出したというように彼が声をかけてくる。 「何?」 「キラは? 朝食の後から顔を見ていないのだが」 普段はそんなことがないのに……とバルトフェルドは付け加えた。 「あの子なら街よ。ダコスタ君と一緒にね」 くすくすとまた笑いを漏らしながらアイシャが説明を開始する。 「どうせなら、あれを見せて驚かせようかと思ったの。だから、搬入されてくる時間を見計らってあの子に《お使い》にいって貰ったって言うわけ」 彼が一緒であれば心配いらないだろう、と微笑む彼女に、バルトフェルドは本当に脱帽するしかない。 「さすがだよ、君は」 周囲の視線を縫って、彼はアイシャの頬へとキスを送った。 そのままであれば、穏やかな一日だったはずなのだ。 しかし、その平穏を打ち砕いてくれた者がいる。 「……お暇なようですな、クルーゼ隊長?」 苦虫を噛み潰したような……と言う言葉では言い表せないような表情を作ってバルトフェルドは相手に言い返す。 『おかげさまでね』 相変わらず表情が見えない口元だけの微笑みで慇懃無礼に言葉を口にする。 「で? お忙しいはずのクルーゼ隊長が一体どのような御用事でしょうな」 わざわざ連絡を入れてくるとは……とバルトフェルドも彼に勝るとも劣らない愛想笑いを口元に浮かべると聞き返した。 『別段、貴方に用事があったわけではないのですけどね』 むしろ邪魔だ、と言う副音声が聞こえたような気がするのは、気のせいだろうか。 「おや? それではアイシャに? 同じ艦にいるうちに横恋慕された……とか?」 そんなことがあるわけは絶対にない、とわかっていながらバルトフェルドはわざとらしいオーバーアクションをつけてさらに問いかける。 『ご冗談を。いくら私でも、他人の恋人にまで手を出すような最低な真似はしませんよ』 最も、相手が望めば別の話だが……と彼はわざとらしく付け加えた。 「ほう。私でもアイシャでもない……と言うことは誰あてなのでしょうかね」 他に誰か顔見知りの者がいましたか? と付け加えるバルトフェルドにしても、彼の目的が誰なのか分かり切っていた。だからこそ阻止しようとも。 『おや……もう惚けられましたか? それともわかっていて会わせてくれないおつもりでしょうか』 これは間違いなく、前回のアイシャの言葉に対するお返しだろう。 「わかっておいでのようですから、通信を切らせて頂いてかまいませんな」 ふっと笑みを深めるとバルトフェルドは言い返す。そして、視線を呆然としている通信担当の兵士へ向けようとした。 『それは困りますな。私ではなく、部下達が悲しむ』 彼らのためにわざわざ通信を入れたのに……と言う言葉に普通のものであれば引っかかっただろう。だが、それはバルトフェルドに通用しない。 「それはおかしいですな? 今、キラは貴方のその部下達と通信を行っているはずなのですけどね、別室で」 ご存じないとは……とバルトフェルドは呆れたように口にした。もちろん、それは相手を煽るためのものだ。 『何をおっしゃりたいのですかな?』 「いえ。部下の方々のご苦労が忍ばれる、と思っただけですよ」 しれっとした口調で告げたバルトフェルドのこの一言が、舌戦開始の合図だった。 『キラ?』 どうかしたのか、とアスランが心配そうに問いかけてくる。 「ごめん……ちょっと悪寒が……」 バルトフェルドがまた何か悪さをしでかしたのだろうか……とキラは付け加えた。 『……それに、間違いなくうちの隊長も関わっていますね』 こう口を挟んできたのはニコルである。 『気にするな……万が一の時には適当なところで通信を切れ、と言ってある』 さらにミゲルまでこう言ってきた。 「ごめんね、うちの隊長、大人げないから……」 『それはこっちも同じだって』 キラの言葉に、モニターの向こうの三人が苦笑を浮かべてみせる。 「でも、まぁ……こうして許可してくれるだけマシだろう?」 しっかりとバルトフェルド隊に居座っているディアッカがこれ見よがしにキラの肩を抱きながらこういった。その隣ではキラから見えないことをいいことに、イザークが勝ち誇ったような笑みを浮かべている。 『……ディアッカ、お前……』 『貴方もですよ、イザーク。合流したら、覚えていてくださいね?』 それに、アスランとニコルが怒りを隠せないという表情で言葉を口にした。 「何? みんな、こっちに来るの?」 その雰囲気を誤魔化そうと思ったのだろうか。キラが問いかけの言葉をモニターの中の三人へと投げかける。 『足つきがまだがんばっているからな。本当はキラにも来て欲しいところだが』 無理そうだから我慢しよう、とミゲルがわざとらしいため息をつく。 「ごめんね。まだ本調子じゃないからって、ストライクにも触らせてもらえないんだよね」 どころか他の機体に関してもアイシャに止められているのだ、とキラは苦笑を浮かべる。 「その代わりに俺たちがいるんだ。お前が気にすることではない」 「そうそう。あいつらと合流するまでは、ちゃんと責任持って守ってやるって」 悔しければ、さっさと来い……というようにディアッカがキラの髪を撫でた。 『本当にまぁ……いいお兄ちゃんになって』 ミゲルが笑いながら二人をからかう。 「いいだろう? そっちにいたときの様子が信じられないくらい、こいつは目が離せないんだって」 実はかなりドジなんだよな、こいつ……とディアッカが笑えば、同意を示すようにイザークが首を縦に振っている。 『昔からそうなんだって、キラは……本当、普段はどこかぼーっとしているって言うか何て言うか……心配で目が離せないんだって』 懐かしそうに目を細めながらアスランもまた同意を示した。 「ひどいなぁ、僕は……そんなに頼りないわけ?」 ぷーっと頬をふくらませながらキラが文句を言う。 『じゃないよ。可愛いって言いたいだけだって』 即座にこう言い返してくるアスランの言葉に、キラの頬がますますふくらんでしまった。それを見て、他の者たちが笑いを漏らす。 お互いの隊長達とは打って変わったほのぼのとした空気がここには流れていた。 その後、二つの隊の通信担当者の間で、お互いの隊長達の会話は数分で途切れさせようと言う暗黙の了解ができたとかできなかったとか…… とりあえず、彼らはまだ平和の中にいた……と言っていいのだろう。 ちゃんちゃん
03.12.24 up と言うわけでクリスマスネタです。もう一つ悩んだのがあったのですが、それは別の機会に(^_^; |