バジルールの憂鬱「ウザーイ!」 ブリッジ内に、どう考えても適切でないという声が響き渡る。 その声を耳にした瞬間、バジルールはこっそりとため息をついた。そして、ウザイと言いたいのはこちらの方だ、と心の中で付け加える。 しかし、それを口に出すことは許されない。彼――彼らは自分の部下ではないのだ。 「……アークエンジェルがうらやましい……」 少なくとも、あそこでは上官のことを『ウザイ』とか『抹殺』『うっせーよ』と言ったセリフを口にするものはいなかった。それ以上に、権力を笠に着て無理難題を口にしたり、セクハラとも言えるような行為をするものももちろん…… 「……前者はともかく、後者は……」 いなかったと言い切れないか……とまたため息が出てしまう。 「だが、あそこには見ているだけで和める存在がいたことは事実だな」 例え、コーディネーターだろうと何だろうと、目の保養になるものがいたし、実際の彼は素直で、何というか子犬のようだった……と視線を伏せる。そして、そのまま手元の端末を操作して、シートに埋め込まれているモニターを起動する。 その瞬間、可愛らしい仕草で首を振って見せたのは、キラをモデルにしたあのディスクトップマスコットだ。 「実物には劣るが、これだけが救いとは……」 こんな事であれば、自分も命令違反をしてアークエンジェルに残っていればよかっただろうか、とまで思ってしまう。 キラがいなくても、あそこであればこんな煩わしい思いをしなくてすんだだろうとナタルはまたため息をついてしまう。 「おばさん! 何してんだよ」 その瞬間だ。この言葉と共に、三人組の一人がバジルールの手元を覗き込んでくる。 「何のようだ! ブエル少尉!」 せっかく、彼らから受けた痛手をいやしていたのに……という言葉をバジルールは辛うじて飲み込んだ。それでも、邪魔だという思いは隠さない。その表情のまま彼を睨み付けた。 「あっ! これ、何、これ!」 反対側からこう叫ぶ声が響き渡る。視線を向ければ、いつの間にかシャニが表示されいるディスクトップマスコットを見つめていた。 「メチャカワイ〜! なぁ、これ、くれよ、これ!」 そして、バジルールの腕を掴むとさらに言葉を重ねてくる。 「まじ?」 とたんに、バジルールの視線に憮然としていたクロトもそれを覗き込んできた。 「……何で、おばさんがんなもん、持ってんだよぉ! ずりぃ〜〜!」 俺もほしぃ〜〜! とだだをこねるようにクロトも叫ぶ。 それが残りの二人の興味も惹いたようだ。 「何なのですか、一体……」 「ったく……うっせーよ!」 好き勝手なセリフを口にしながら、彼らもまたバジルールの手元を覗き込んでくる。 次の瞬間、息を飲むのがわかった。 「……何なのですか、これは……」 「可愛い……」 呟かれたこの言葉に、バジルールはまずいと思ってしまう。この先の彼らのセリフが簡単に想像できてしまったのだ。 しかし、これだけは渡したくない、と思ってしまう。 その思いが無意識の行動に表れたのだろうか。 彼女の指がマスコットをシャットダウンしてしまった。 「えぇぇぇぇぇぇぇ!」 ブリッジ内に、非難の叫びが響き渡る。 だが、それに被さるように警報が鳴り響いた。 「どうした!」 その事実に、内心ほっとしながら、バジルールは問いかける。 「アークエンジェルです!」 しかし、戻ってきた言葉は、別の意味で彼女に衝撃を与えた。 「アークエンジェル……」 できれば会いたくなかった相手。 彼らが味方であれば決してそうは思わなかったであろう。その事実に、彼女は思わず掌を握りしめてしまった。 「……あれでも諦めないとは……本当にしつこい人ですよね……」 「というか、下剤程度じゃ甘かったんじゃ……」 「元上官なんですよね、あれでも……」 ぼそぼそとMSデッキの隅でアスランとニコルが会話を交わしている。その周囲には一種独特の空気が漂っていた。それに、誰も近づくことができないのでは……と思われたのだが。 「どうしたの、二人とも?」 何の話、とキラが平然と割ってはいる。その瞬間、二人を包み込んでいた空気が一変したのは見事と言うべきなのかどうか。 「何でもないよ、キラ」 「ちょっと、これからのことを相談していただけです」 にこやかな微笑みと共に告げる言葉は嘘ではない。 「そうなの?」 しかも、彼らはキラの前では徹底的に本心を隠すのだ。それは同類以外には見破れない、完璧なものだ。キラが疑う素振りを見せなくても当然だろう。 「そう。あぁ、キラ……ディアッカがバスターのOSを見て欲しいって言っていたよ」 さりげなくアスランが話題をすり替える。 「ディアッカさんが? どうしたんだろう……」 バスターのOSは彼がかなり好みに仕上げていたって聞いていたんだけど……とキラは小首をかしげた。その仕草が本当に可愛らしい、とアスラン達は思ってしまう。しかし、それを指摘すれば、キラがむくれるのがわかっているから敢えて口には出さない。 「地球軍のあのMS、ロックしようとすると、反応が微妙に遅れるんだそうです」 それが気に入らないって言っていましたよ……とニコルが即座に付け加えた。 「あれか……本当厄介だよね」 キラが何かを考え込むような表情を作る。どうやら、完全に先ほどの二人のことは脳裏から消え去ったらしいと、その態度からアスランは推測をした。 「だよね。ジャステスかフリーダムでないと、かなり苦しいようだし……ニコルやディアッカにムウさんは、今までの経験があるから互角に戦っているが、アストレイ組が辛いようだしね……何か方法がないか、と思っていたところだ」 この言葉に、キラはさらに考え込むような表情になる。 「アストレイの戦闘支援システム、何とかした方がいいかな……ムウさんのストライクからデータを吸い出して……」 ぶつぶつと呟き始めたキラの脳裏は、完全にそれで埋め尽くされてしまう。それは彼らしいのだが、このままでは無理をしてしまうだろう。 「ともかく、ラクスと相談してくればいい。向こうに行くとなれば、周囲に敵がいないことを確認してとかいろいろあるだろうしね」 フリーダムで移動するとすれば、事前に連絡しておいた方がいいだろう? と言う言葉はもっともだ、と判断したのか。キラは素直に頷いて見せた。 「早いほうが、いいよね?」 できれば戦闘が起きないうちに……といいながら、キラはアスラン達を見つめてくる。 「行っておいで、キラ」 「ディアッカに何かあると、悲しいでしょう?」 二人が次々に言葉を口にすれば、キラは納得したようだ。 「ごめんね。二人の手伝いをするって約束したような記憶があるんだけど……」 そっちは後回しにしちゃうね……と言いながら、キラは微笑む。 「そういえばそうだったか」 だからキラが声をかけてきたのか、とアスランは内心舌打ちをした。しかし、今更口にしてしまった言葉は取り戻すことはできない。 「まぁ、キラがこっちにいるんだ。いくらでも機会はあるよな」 自分に言い聞かせるようにこう呟く。 「……アスランがそう言うなら、行ってくるね」 まずはラクスの所だろう、とキラは二人から離れていった。その後ろ姿を見送りながら、アスランとニコルはほっと胸をなで下ろす。 「……あの男に関しては、キラに鬼門だからな」 「そうですね。あそこまで変態だったなんて……」 これ以上、キラに対してろくでもない妄想を語られる前に彼の前から退場して貰うしかない、と二人は頷きあう。 「一番いいのは撃ち落とすことか」 「でも、なかなか前線に出てきませんからねぇ、あの人は」 そして、例えあんな変態でも目の前で撃ち落とされればキラが悲しむ……とニコルはため息をつく。 「……ともかく、キラの目の前にあれが顔を出さなきゃいいわけだから……」 自分たちが何とかするしかない……と二人は頷きあった。 しかし、その時誰もが予想していなかった事実が明らかになる。 『この方で預かっていた捕虜を解放しよう!』 クルーゼのこの言葉の後、ヴェサリウスから放り出された救命ポット。そして、それに乗っていたのは…… 『アークエンジェル! 私、フレイ! フレイ・アルスターです!』 この声に真っ先に反応を示したのは、フリーダムでアークエンジェルに向かっていたキラだった。 「キラ! 無理です!」 彼が向かった先には、タイミングが悪いことにドミニオンが…… 『だって! フレイは……守らなきゃいけない人なんだよ!』 ラクスの言葉にキラがこう叫び返してくる。 「それであなたに何かあっては本末転倒でしょう?」 『そうよ、キラ君。大丈夫、あちらにはナタルもいるのだから……』 ラクスの言葉に賛成するようにラミアスもこう言った。 『でも、フレイは……』 自分たちの仲間だ、とキラはなおも諦めきれないという口調で告げてくる。 「キラ!」 だが、結局の所、キラが彼女を助けに行く前にドミニオンから出撃したMSによって彼女は彼らの前から連れ去られてしまった。 『フレイ!』 通信機から響いてきた声に、バジルールは目を丸くする。 「……キラ・ヤマト……生きていたのか……」 そして、思わずこう呟く。その声の中には、安堵の響きがあった。 「誰か! あの救命ポットを確保しろ!」 だが、次の瞬間、冷静さを取り戻すとバジルールはこう命じる。 「どうしてですか? あのような者、わざわざ拾いに行く必要は……」 「ない、とおっしゃいますか? 自軍の者を見捨てろ、と?」 それでは志気を保つことは不可能だ、とバジルールはアズラエルへ告げた。例え罰せられようとも、そのような命令は聞けないと。 いや、彼女だけではない。ブリッジ内の者たちからも同じようなまなざしを向けられては彼としても引き下がらないわけにはいかないらしい。 「……仕方がありませんね。お好きにどうぞ」 この言葉と共に、バジルールの命を待たずにそれぞれが動き出す。彼らの反応に満足を覚えながらも、バジルールは疲労を感じてしまう。 「……彼が生きていたとは……本当にうらやましいですよ、ラミアス少佐……」 はっきり言って、彼の存在は側にあるだけで和ませてくれる。あの素直な仕草やさりげない気遣いは、今にして思えば大変ありがたいものだった。 「彼女が戻ってくれば……思い出話には付き合ってもらえるか……」 あるいは愚痴に……とバジルールは呟く。 これが、新たな火種だとは微塵も思っていなかった。 「返してよ! それは私のよ!」 何やらデーターを見ていたらしいフレイがこう叫ぶ。何事かと思ってバジルールが視線を向ければ、アズラエルが彼女の手からデーターカードを取り上げているのが見えた。 「いいではないですか……これはバジルール少佐が持っておられる物の完全版ですか?」 じっくりと拝見させていただきたいものですね……という彼に、フレイが思い切り食ってかかっている。 「返してよ、泥棒! あの変態から取り返してきたんだから!」 キラは私達だけのものよ! と叫ぶ彼女の声に頭痛を覚えたに、バジルールはこめかみを押さえてしまった。 一方、変態と呼ばれた当の本人は……というと。 「なかなか可愛いことをしてくれたものだな」 中身を消去されたデーターカードを見ながら、苦笑を口元に刻む。 「だが、この程度で諦める私ではないのだよ」 第一、バックアップは完璧だ……と言いながら、引き出しを開けた。そこにはデーターカードが山のように並んでいる。その中身が全て、こっそりと集めたキラのデーターが入っていると知っているのは、持ち主であるクルーゼだけだった。 「どうしたの、キラ?」 自分の肩を抱いて小さく震えたキラを見て、アスランが問いかける。 「わかんないけど……なんか悪寒が……」 風邪、っていうわけじゃないと思うけど……と付け加える彼は、ザフト、地球軍双方で起こっている騒動を予想もしていないだろう。いや、知らない方が幸せだと言えるかもしれない。 「どうして、どいつもこいつも変態ばかりなの……」 しくしくと泣きながら、フレイがバジルールに詰め寄っている。 「バジルール少佐……お願いだから、一緒にキラ達の所に行きましょう! あんな変態の側なんて、我慢できません!」 その意見には同意をするが、立場上できないのだ……と思うバジルールは、今日もまた精神安定剤のお世話にならなければならないだろう。 「……こいつらと、キラ・ヤマト……トレードできればな……」 その中に自分も含められているとは当の本人も思っていない。 「辞表を出すのと、胃を壊すのと、どちらが先だろうな、私は……」 ただ、バジルールの憂鬱はまだまだ続きそうなことだけは事実だった。 ちゃんちゃん
03.11.27 up フレイにあれこれ『変態』と言わせたかっただけの話ですが……書いているうちにナタルさんが不憫になってきました(^_^; |