誕生日



「……ミリィ……ちょっといい?」
 ブリッジの入口から顔を出して彼女に呼びかけたのは、エターナルにいるはずのキラだった。
「なぁに、キラ?」
 今はどことも戦闘を行う気配はない。だから、なのだろうが……その理由がわからないと思いながら、ミリアリアは彼に微笑みを向ける。
「んっと……ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
 いいかな、とキラは小首をかしげる。その表情はいつもながら愛らしいとしか言いようがないものだ。
 どうしようかと判断を仰ぐために、ミリアリアはラミアスへと視線を向ける。
「かまわないわよ」
 そんな彼女に向かって、ラミアスは微笑みながら頷いて見せた。
 ほっとした表情を作ると、ミリアリアはシートから立ち上がる。そしてキラの側までやってきた。
「何かあったの?」
 この問いかけに、キラは直ぐに首を横に振ってみせる。
「じゃなくて……ちょっと相談に乗って欲しいことがあったんだけど……」
 駄目かな、と小首をかしげたまま口にする姿に、ミリアリアは無条件で頷いてしまった。そうしなければいけないと思わせるキラの素振りは昔からのものだが、最近はますますそれがグレードアップしているような気がする、とミリアリアは思う。その時期は丁度エターナルへとキラが移動してからではないだろうか。
「でも、詳しい話を聞いてからでもいい?」
 迂闊なことを約束をして、キラを悲しませることになっては困るだろう、と思ってミリアリアはこう口にした。
「……あのさ……ケーキの作り方を教えて欲しいかなって……」
 後知っていそうな人で教えてくれる人を知らないから……とキラは付け加える。
「そのくらい、おやすいご用だけど、どうして?」
 教えてくれるわよね、とミリアリアは微笑む。
「今月の28日がアスランの誕生日で……で、何が欲しいって聞いたら、手作りのケーキって言われてさ……」
 だから、自分でも作れそうな簡単なのを教えて欲しいかな……といいながら、キラは恥ずかしそうにうつむく。
「そう言うことなら、喜んで教えてあげるわ。だから、がんばってね、キラ」
 微笑みを深めるとミリアリアは確約をした。
「でも、スポンジケーキよりはパウンドケーキの方がいいかしら……バースデーケーキってイメージじゃないけど、あれなら日持ちするし……カットしておけば、仕事の合間にも食べられるわね」
 ラッピングを工夫すれば大丈夫よ、とミリアリアは一人で頷いている。
「ミリィ?」
 何か怖いものを感じてしまったのだろうか。キラが不安げに声をかけてきた。
「何?」
「それって……初心者でも作れるのなの?」
 一番の問題はそれだ、とキラは付け加える。
「大丈夫。手伝ってあげるし、簡単だから」
 任せておいて、と言い切れば、キラはようやく安心したというような表情を作る。
 これがまた騒動の元だと、二人はこの時点でまだ気づいていなかった……

「……ミリィ……」
 目の前にある陳情――と言っていいのか、これは――の山に、キラは本気で困ったという表情を作ってしまう。
「どこから聞きつけてきたんだろうね、本当に」
 そのまま背後を振り向けば、ミリアリアだけではなく、ラミアスもあきれた、と言う表情を作っていた。
「ほとんどがアークエンジェルのクルーよね。それはこちらで注意するとか、仕方がないから、一人一つと言うことで配ることにしても……」
 問題はその他の例外の方だろう。
 いや、別段、カガリやラクス達ならいいのだ。同じようにお裾分けをすればいいのだから。
「どうやって聞きつけてきたんでしょう、この人……」
 その名前を指さしながら、キラは言葉を口にした。
「……それ以前に、どうやってここにメールを送って来れたのかが問題よね」
 一応、全ての外部組織からは切り離されているのだ。辛うじて繋がっているのは、現在行動を共にしている三艦の間だけだと言っていい。
 しかし、どこからかそれ以外の場所からのメールが届いている。それはセキュリティに問題があるということだろう。
「調べた方がいいのでしょうか……」
「……それはこっちでやるから……キラ君はあっちの方に専念していいわよ」
 期待しているメンバーも多いし、何やら、それが意欲に繋がるのであれば……と艦長としてのラミアスは判断したらしい。
「と言っても、キラ君は肝心のアスラン君の分と、主要メンバーの分だけを作ってくれればいいわ。他のメンバーの分は、私達の他にもクサナギの女性陣に応援して貰えば何とかなるでしょうしね」
 だから、キラ君は心配しなくていいの……と言う彼女に、それこそ悪いのではないか、とキラは思ってしまう。
「たまにはね。こういうこともいいでしょう。戦闘戦闘で、精神的に疲れているんだから、リフレッシュよ」
 さらにラミアスは言葉を重ねる。
「それに、これを機会に告白……なんて事を考えている人もいそうだしね」
 バレンタインにはかなり早いが、いいでしょう……と言われればようやくキラも納得した。女性陣が比較的多いクサナギと、アークエンジェルのクルーの中でそう言う関係になりかけている者がいたとしてもおかしくはない。あるいはエターナルの乗務員という可能性だってあるだろう。
「……でも、アスランのプレゼントなのに……」
 みんなと同じじゃ……とキラは小首をかしげる。
「そこは任せておいて。中身を変えればいいのよ」
 にっこりと微笑むミリアリアにキラはほっとしたような表情を作った。彼女がこういうのであれば大丈夫だろう、と。
「あとは……これに関してはムウに押しつけちゃいましょう」
 綺麗に笑みの形を作った赤い唇から出たのはこんなセリフ。同時に、彼女の指がモニターに映し出されたある名前を弾く。
「でも……」
 大丈夫なのだろうか、とキラは言いかけた。はっきり言って、彼にディスクワークその他を求めるのは無謀なのではないか、と。
「大丈夫よ。かなり怒っていたし……いざとなったらニコル君達も手伝ってくれるでしょう」
 あの一件があるのだから……と付け加える彼女に、キラはそうかもしれないと思う。
「納得してくれたところで、一回、試作してみようね? そうすれば、本番の時に気分が楽になるでしょう」
 ミリアリアがすかさずこう声をかけてくる。
「……多分……」
「じゃ、行きましょう? 厨房にはもう頼んであるの。それで、できたのはおやつにすればいいし」
 久々のおやつ作りを楽しまないと、と告げるミリアリアは本当に楽しそうだ、とキラは思う。そのまま半ば引きずられるようにしてキラはモニターの前を明け渡した。
「がんばって来いよ!」
「期待しているからな」
 そんなキラ達の背中に、ブリッジクルーの声が届く。それに苦笑を浮かべる二人だった。

 特訓の甲斐があったのだろうか。
 アスランへ渡す分はキラが見ても自分で作ったとは思えないほどのできになった。しかも、他のメンバーへ渡す分とは違い、ドライフルーツやナッツをふんだんに使い、しかもアスランの好みに合わせて甘みを抑えているのだ。
「これなら、きっとアスランさんも喜んでくれるわよ」
 ラッピング用に、と綺麗な紙とリボンを見つけ出してきたミリアリアも、こう太鼓判を押してくれる。
「ならいいんだけど……」
 どこか心配そうな、それでいてはにかんだ微笑みをキラは浮かべた。はっきり言って、それは誰が見ても可愛らしいと思うものだろう。それを独り占めしているかと思うと、ミリアリアはカメラを用意しておかなかったことを悔やんだ。だが、直ぐにトールが何やらサインを出しているのに気づく。
「……ほら、早くカットして包んでしまいなさいよ。その間に、他の人たちに配る分もやっちゃうから。少なくとも、ラクスさんやカガリさん達に配る分はキラにやって貰わないと、ね」
 でないと、文句が出るわよ……とミリアリアが笑いながら口にした。同時に、トールには視線で合図を送る。それに、彼はしっかりと頷き返す。後は任せておけば大丈夫であろう。そう判断をすると、ミリアリアはキラの手元へと意識を集中させる。
「……みんな、どうして……」
 僕にこだわるんだろう……とキラはため息をつく。
「仕方がないわよ。ここにいるメンバーはみんな、キラが好きで集まっている人たちなんだから」
 はっきり言って、いつの間にかバルトフェルド達だけではなくほとんどの者たちが『キラ親衛隊』に入っていたのだ。その事実をキラも知っているはずなのだが、どうしても認められないだけらしい。
「だからって……ねぇ」
 小さくため息をつきながらも、キラは慎重な手つきでアスランに渡す分をカットしていく。それが終わると、今度は一つずつラッピング用の紙で包んだ。
「ほら、キラ。これに入れてあげるといいわ」
 そう言いながらミリアリアが差し出したのは、可愛らしい陶製の籠だった。
「どうしたの、それ?」
「オーブにいたときにね、買い物に行く時間があったでしょう? その時に買ったお菓子が入っていたの。使い回しで申し訳ないんだけど、こんなご時世だから、アスランさんには勘弁して貰って」
 にっこりと微笑みながら、ミリアリアが言葉を口にする。
「ごめん……大切にしていたんじゃ……」
 そう言うキラに、彼女は笑いながら首を横に振って見せた。
「そう言うわけじゃないんだけど……そうね、気になるって言うのなら、この戦争が終わった後で何か買ってくれる?」
 それでチャラにしましょう、と言うミリアリアに、キラはしっかりと頷いて見せた。
「わかった。トールに怒られない程度のものでいいんだよね」
「もちろんよ。何なら、一緒に買い出しに行けばいいんだし」
 くすくすと笑いながら、ミリアリアが他のメンバーの分を包み始める。それを見て、キラはとりあえずアスランの分を貰った籠の中にバランスよく納めた。そして、リボンをかけてから脇に置く。その代わりというように、ミリアリアの脇で手伝いを始めた。
 手が空いたのだろう。トールもそれに参加してくる。他にもアストレイのパイロット3人娘とか何かも部屋へと顔を見せた。
 人手が増えれば、それだけ作業は進む。
 三つの艦のメンバー全員に平等に行き渡るだけのケーキを包み終えると、今度はそれぞれの人数分ずつわけていく。
「キラは、この人達に持っていってね」
 にっこりと微笑みながら手渡されたリストに、キラは頬を引きつらせる。
「アスラン以外のメンバーは、みんなと同じじゃ駄目なの?」
「駄目ですよ。カガリ様が怒りますって」
「そうそう。諦めて持っていってあげて」
「顔を出してくれるだけでいい、と言うメンバーもいるから、お願いね」
「諦めろ、キラ」
 キラの言葉に、周囲から次々と声がかけられた。こう言われてしまえば、断り切れないのがキラだ。
「……アスランの誕生日のプレゼントだったはずなのに……どうしてこう大事になっちゃったのかなぁ……」
 思わずこうぼやく彼に、誰もが苦笑を浮かべる。
「それだけ、キラがみんなに好かれているって事だって」
 嫌われているよりいいじゃん、と言うトールの言葉がフォローになっているのかいないのか、キラには判断ができなかった。

「……というわけで、はい」
 ようやく二人だけ、になったところで、キラがアスランにケーキを手渡す。
「ミリィに手伝って貰ったから、味の方は大丈夫だと思う……」
 でも、おいしくなかったら捨てていいから、とキラは付け加えた。
「そんなもったいないこと、するわけないだろう?」
 キラががんばって作ってくれたのに……とアスランは幸せそうな微笑みを浮かべるとその顔を覗き込んでくる。
「ありがとう。本当に嬉しいよ。忙しい思いをさせてしまったようだし」
 そう言いながら、アスランは周囲に視線を巡らせた。その範囲内だけでも、あちらこちらでパウンドケーキをむさぼっている者の姿が多数見受けられる。
「そうでもないよ。手分けして作ったし……それに、たくさん練習できたから」
 だから、アスランのは少し自信があるんだ、とキラが微笑む。
「ならいいんだけどね」
 それにしても、どうしてこういう事になったのか、とアスランだけではなく、キラも思う。
「じゃ、お茶にしようか。キラの自信作を食べさせて貰わないとね」
 にっこりと微笑みながら、アスランはこう言ってくる。
「うん」
 食べて、とキラも微笑み返す。
「そう言えば、キラの分は?」
 キラが自分の分を持っていない、と言う事実にようやく気がついたらしいアスランがこう問いかけてくる。
「匂いと味見だけでもういいやって気になっちゃって……ミリィ達もそう言っていたし……」
 今日は甘いものよりもちょっとしょっぱいものが食べたいかもしれない、とキラは笑う。
「なるほどね」
 それだけがんばってくれたと言うことか、とアスランは笑みを深める。
「だから、僕のことは気にしないで、アスランは食べてね」
 キラの言葉に、アスランは彼の体を引き寄せた。
「もちろんだよ」
 一緒に食べようね、といいながらアスランは移動していく。その表情がどこか自慢げだったのは言うまでもないだろう。

「今日だけですからね、アスラン」
「まぁ、誕生日なのだし……こちらにもおこぼれが来たからいいことにしましょ」
 その後ろ姿を見送りながら、ニコルとアイシャが囁き合っている。
「作っている最中のキラさん、楽しそうでしたしね」
 その笑顔でも十分、とニコルは思う。
「そう言うこと」
 アイシャもそれには頷いて見せる。そんな彼らの手の中に、キラにばれないようにこっそりと売買されている彼の写真があった。それは、あの日トールが盗撮したキラのとっておきの笑顔が納められている。
「……そう言えば、あちらはどうなったの?」
「それなりに対処させていただきました。下剤をトッピング……だったかと」
 それでもあの男に対しては甘いだろう、とニコルはほくそ笑む。
「いっそ、毒でも仕込んでやろうかと思ったのですが、万が一のことを考えると、被害は小さい方がいいだろうと思っただけです」
 まぁ、それはそれで大変な状況になっているだろうが、と彼は付け加えた。
「さすがね」
 それはほめ言葉になるのだろうか。だが、ニコルには十分だったようだ。

 その日、ヴェサリウスの指揮官はトイレから出てこなかったらしい。ただ、その理由を本人以外誰も知らなかった……

ちゃんちゃん
03.10.27 up



アスランのお誕生日ネタだったのに……アスランの出番は少しです。まぁ、プレゼントを用意するキラというのが書きたかっただけなので(^_^;
しかし、結局はクルーゼさんで締めか……