Alcohol Rhapsody



「えへへへへへへ」
 妙にご機嫌な様子でキラは再びグラスに唇をつけた。
「……一体、どうしたって言うんだよ、これは……」
 そんなキラの体が倒れないように支えてやりながら、フラガは思わずため息をつく。同時に、この状態のキラを自分に押しつけてアークエンジェルに戻ってしまったマードック達を恨めしく思う。
「コーディネーターがこんなにアルコールに弱いなんて、聞いたことがないぞ」
 逆にアルコールを飲ませても酔わなかった相手なら知っているが……とため息が出てしまう。
「……と言うより、キラの場合が特別なだけです。これが日本酒ならまだましだったんでしょうけど、今日はブランデーですからね」
 幼なじみのアスランが、苦笑混じりにこう告げた。
「そうなんですか?」
 最年少のくせに平然と空き瓶を量産しているニコルがアスランに問いかける。
「あぁ。キラの場合、酒の種類で酔うらしい。米を原料としている日本酒は平気なんだが、麦やブドウを原料としているものは覿面なんだ」
 だから、小さい頃から食べさせるおやつにも気を遣ったよ……と彼は遠い目をした。彼がこういう表情をすると言うことは、それは幼年時代の話なのだろう。そのころからアルコールを摂取していた方が問題なんじゃないか、と思うフラガは、珍しく常識人だった。
「そりゃまた珍しい現象だな……調べたがる奴も多いんじゃないのか」
 既にグラスにつぐのも面倒くさい、と言うように直接瓶に口を付けて中身を空にしていたディアッカが口を挟んでくる。
「……人前で飲ませる……というか酔わせられなかったからね……」
 そこまで口にした瞬間、アスランは何かを思い出したのか。まずいというような表情を作る。
「フラガさん! キラから離れて……」
 手にしていたグラスを置くと、アスランは腰を浮かせながらこういった。
「坊主が何か?」
 一体どうしたんだ……というようにフラガはアスランを見つめる。そのまま視線をキラに向けたときだった。
「しょうさだぁ……」
 自分を見上げてきたキラの瞳とぶつかる。
「……さっきからいただろうが……」
 酔っぱらい独特のどこか舌っ足らずな口調に苦笑を浮かべつつこう言い返す。
「それに、もう俺は『少佐』じゃないって」
 お前も知っているだろうが……と言っても今のキラにはわからないんだろうなと思う。それでも言ってしまうのは、どうせなら今のキラの口調で名前を呼んでくれると嬉しいかなとか思ってしまうからだ。
「……しょうさはしょうさでしょ?」
 本当、フリーダムで戻ってきたときのキラは一体どこに……とフラガは思ってしまう。あの凛とした彼と、今目の前にいる、どこかのCMに出てきたような子犬のような表情のキラとは別人なのではないかと。
「だから、俺たちは……」
「……む〜〜〜」
 その声がうるさいと思ったのだろうか。キラは小さくうなる。
「フラガさん!」
 アスランの声が悲鳴に近くなった。
 いや、悲鳴を上げたのは彼だけではない。
「キラさんてば!」
「……まじかよ……」
 ニコルとディアッカの声がそれに続く。
 だが、それ以上に叫びたいと思っていたのは間違いなくフラガ本人だろう。
 しかし、それはできない。
 何故なら、彼の唇はキラのそれによって塞がれていたのだ。
「……やったか……」
 アスランが深いため息と共に言葉を口にする。
「これがあるから、人前で飲ませられなかったんだよな。キラも気をつけていたはずなんだけど……」
 俺が合流したことで気がゆるんだのか……と言いながら、アスランはキラの側へと歩み寄っていく。
「ひょっとして、キラさんって……」
「酔うとキス魔になるって事か」
 それはそれでいいんじゃないの……と口にした瞬間、ディアッカの顔にニコルの拳がめり込む。どうやらこちらもほろ酔い加減らしく、少々自制ができなくなっているようだ。
「気を許した相手にだけ、だけどね」
 フラガさんはよっぽど信頼されているらしいと言いながら、アスランはキラの肩に手を置く。
「キーラ。そこまでにしておきなって」
 フラガさんが困っているぞと言いながら、そのまま彼の体を揺さぶった。
「あえ? あすらんがいる」
 ようやくフラガの唇を解放したキラが、ぼけっとしたままこう告げる。
「らんで?」
「なんでって……お前の側にいたいからに決まっているだろうが」
 酔っぱらって記憶までおかしくなっているな……とアスランはため息をつく。しかし、そんなことは酔っぱらいには関係ないらしい。
「らって……」
 う〜っと目尻に涙を浮かべながら、キラがうなる。
「気にするな。もう俺は選んでいるんだから」
 な? と言いながら、アスランが軽く両手を広げてみせれば素直にキラはその中に移動してきた。
「ラクスやニコル達がお前の側にいるのに、俺だけいないって言うのは不本意だからな」
 そう言う問題なのか、アスラン・ザラ。
 その場にいたものは全員そう思ってしまう。
「……まさかと思うが……あいつも酔っているか?」
 ようやくキラに唇を奪われた衝撃から立ち直ったフラガがこう呟く。
「これだけ飲めば……いくらコーディネーターでも酔うだろう」
 苦笑と共にディアッカが、彼らが飲み干したとおぼしき空き缶の山を視線で示す。その量は確かに半端ではない。どころか……
「ナチュラルなら、急性アルコール中毒で医務室送りだぞ、間違いなく」
 感心していいのか、あきれるべきなのか。大人としてどちらの態度が正しいのか、とフラガは考え込む。
「まぁまぁ。一応、僕たちは成人しているわけですし」
 このくらいなら、よくあることだ……といつもの穏やかな口調で答えながらも、ニコルの表情は違っている。
「……しかし、アスランってば……」
「あれも役得って言うのかねぇ」
 二人の視線の先には、しっかりとキラに唇を奪われているアスランの姿があった。だが、フラガと違って、彼の腕はしっかりとキラを引き寄せている。
「アスランがキラさんをぉ〜」
 しかも、どう見ても触れあっているだけ……ではないらしい。
「あ〜らら……やるねぇ。幼なじみ君は」
 その上、無意識だろうか。アスランの手がキラの服の下に滑り込んでいるように見えるのは……
「……いい根性ですね、アスラン……キラさんを殺そうとしたくせに……」
 僕だってまだそこまでしたことないのに……という呟きに、どう突っ込むべきかとフラガとディアッカが頭を抱えている。
「って……あれ? ひょっとして、今アスランからキラさんを奪い取れば、僕もキラさんにキスしてもらえる、と言うことでしょうかね」
 今気がついた、と言うようにニコルはこう呟いた。
「だとしたら、何をする気だ?」
 彼の周囲に漂う雰囲気に、ディアッカだけではなくフラガまで怖いものを感じ取ってしまう。だが、それを追及するのは怖い。怖いから、適当なところで誤魔化そうというかのようにこう問いかける。
「ちょっとアスランからキラさんを奪取してこようかと……ついでに部屋まで運んで差し上げれば、キラさんのためかなって」
 本当にそれだけか、と二人は思う。思うが、口に出せない。
 彼らが黙ってしまったことをいいことに、ニコルはさっさと自分の言葉を実行に移すためにキラ達の方へと歩いていった。
「……坊主も災難だな……」
 その背を見送りながら、フラガがぼそっと呟く。
「否定してやれないな、これだけは……」
 まだ三角関係――と言っても、そう思っているのは自分だけだろう――を繰り広げている自分たちの方がましに思えてしまうらしいディアッカが、哀れみと共にこう告げた。
「え〜っ! キラさん、寝ちゃったんですか!」
 そんな二人の耳に、ニコルのどこか残念そうな声が届く。
「まぁね。こうなればもう寝るだけだから、キラは」
 キラを抱きしめたまま、勝ち誇ったような表情でアスランはニコルにこう告げる。
「と言うわけで、部屋に連れて行くから」
 もう酔いが醒めたのだろうか。アスランは軽々とキラを抱き上げると立ち上がった。そして、そのまま移動していく。
「……次は負けませんからね……」
 二人の姿を見送るニコルの背が怖い、と思ってしまうフラガとディアッカだった。

「何で、最近みんなで僕にお酒を飲ませようとするんでしょうか……」
 疲れ切ったという表情でキラがラミアスに相談を持ちかける。
「キラ君?」
「アンディさんに言っても、アイシャさんやラクスに言っても、笑って誤魔化されちゃうし……アスランもニコルも教えてくれないんですよ……」
 戦闘だけで手一杯なのに……とキラは付け加えた。その様子は本当に哀れを感じさせるものだったと言っていい。
「……わかったわ……一度注意してあげる……」
 こういう事はフラガの役目だったのではないか、と思いつつ、見捨てることもできないままラミアスはこう口にした。
 その瞬間、キラの表情が明るくなる。
 しかし、その後キラの処遇が改善されたのかどうか、定かではない。

ちゃんちゃん
03.08.27 up



コーディネーターがアルコールに弱いかどうかはわかりませんが……まぁ、その辺は愛嬌で(^_^;
本当は18禁になる予定でしたが、力尽きました、はい。