ラクス出陣



『お久しぶりですわ、キラさま』
 モニターの中で微笑んでいるのは、ピンク色の髪をした少女。
 その笑顔も仕草も変わっていないはずなのに、どこか以前出逢ったときとはまったく違う雰囲気を身にまとっていた。
 それ以上にキラ達を驚かせているのは、彼女が乗り込んでいる船だった。どう見ても、それはザフトの新鋭艦ではないだろうか。
「ラクス……」
 それは、と問いかけようとしてキラはやめる。今はそんなことを問いかけている場合ではないのだ。
「ニコル?」
 その代わりというように、ストライクのコクピットにいるはずの少年へと声をかける。
『わかっています。極力怪我をさせないようにします……でも、キラさんほどの実力はないので……』
 間違えて殺してしまったら申し訳ない……と付け加えながら、ニコルはライフルの照準をラクスが乗っている艦を襲っている者たちへと向けた。
「何を言っているんだか」
 そんなことはないと知っている、と言い返しながら、キラもまたフリーダムの全ての照準をロックする。
 そのまま、彼らはできるだけ死者を出さないようにと気遣いながら戦闘を展開していた。それはキラの願いであると共にラクスの願い、そして仲間達全員の願いでもあった。
「とはいうものの……さすがにちょっと辛いかな……ラクス、そちらにMSは?」
『あいにく、全て出払っておりますわ。エターナルはフリーダムとジャステスのために作られた艦ですもの』
 他のMSはあいにく積んでいないのだ、とラクスが微笑む。
『心配するな、少年。きちんとフォローするから』
 聞き慣れない声がその後に続く。
『誰かと思えば、ダコスタ君じゃないか。ちゃんとラクス様を守りきっていただけではなく、おみやげまで持ってくるとは、感心感心』
 その声に答えたのは、いつの間にか作られていたらしいストライク2号機に乗り込んでいたアンディだった。
『お元気そうですわね、アンディさん。貴方もキラ様を守ってくださいまして、ありがとうございます』
『いえいえ。なかなか楽しい任務でしたよ、ラクス様』
 のほほんとした会話が通信機越にキラの耳に届く。
「今、そんなことを……」
 している暇があるのか……とキラは思いきり悩んでしまう。だが、しっかりとアンディもエターナルと呼ばれている戦艦もザフトのMSを動作不能にしているのだ。これでは文句の言いようがない。
『キラ……余計なことは終わってから考えた方がいいぞ』
 そのキラの耳に、プラント本国へ戻ったはずのアスランの声が届く。
「アスラン?」
 どうしてと言う思いと、無事だったのかと言う思いが綯い交ぜになった声でキラが彼の名を口にする。
『ラクスに助けられたよ』
 苦笑と共に返された言葉に、キラは安心したような微笑みを口元に刻んだ。
『よかったですね、キラさん……と言うことで、さっさと終わらせてしまいましょう。アークエンジェルとクサナギの皆さん達も待っておられますよ』
 さっさと終わらせてしまいましょう、とニコルも安心したような口調で言葉を口にする。最も、それが額面通り受け止められないと言うことをアスラン達は気づいていたが。
「そうだね」
 ただ一人それに気づいていないキラがふっと微笑む。
 そして、意識をまた戦闘へと戻すと、フリーダムのスロットをしっかりと握り直した。

 とりあえず全てのザフトMSを動作不能にした彼らは、さっさとメンデルへと戻る。もちろん、その場所が特定されないようにしっかりと工作をしたが。
「みなさま、お元気そうで何よりですわ」
 白い陣羽織のような服を身にまとったラクスが、ダコスタをはじめとする者たち共にアークエンジェルやクサナギの乗組員達の前に姿を現した。その中にはもちろんアスランの姿もある。それを見た瞬間、キラの表情が険しいものになった。
「キラさん?」
「キラ君」
 左右からニコルとアイシャが声をかけてくる。
「わかっています。大変だったことは」
 そんな二人の声を耳にして、キラは怒りを少しでも収めようとするかのように大きく息を吐き出した。
「だからといって、怪我をするようなことを……」
「ごめん、キラ……心配かけて」
 キラの言葉を征するかのように、アスランが謝罪の言葉を口にする。
「ちょっと過激な親子げんかをしてきた結果だけどね。おかげでしっかりと決別できたよ」
 鮮やかに笑う彼に、キラは辛そうに視線を伏せた。
「ついでに、いい情報も入手してきたし……それで許してくれないか?」
 そんなキラの肩に手を置いて、アスランが囁く。そんな光景を、ニコル達が心穏やかに見つめていたわけではない。だが、
「いい情報?」
 キラがアスランの言葉に興味を惹かれた……というように視線を向けたのでは、引きはがすわけにもいかないだろう。
「ウズミ様達は、ご無事だそうだ。現在はシーゲル様と一緒に別行動を取っておられる」
 そちらにも護衛が付いているから心配いらない、と付け加えれば、キラは明らかにほっとしたという表情を作った。
「……よかった……」
 キラにしてみれば本の数度だけ顔を合わせた相手でも、カガリにしてみれば育ててくれた親だ。しかも二人は双子なのだという。
「カガリがよろこぶよ」
 どのような事情があるのかは、キラだけではなくその場にいるもの全員がわからない。それでも、彼女がウズミを愛していたことは知っている。だから、キラは極上の微笑みと共にこう口にしたのだ。
「と言うわけで、今のセリフをちゃんと自分の口で言ってきてね、アスラン」
 その表情のままキラがこう言えば、アスランが硬直をする。まさかこう言われるとは思っていなかったらしい。
「そうですよ、アスラン。がんばってきてください」
 どうやら、彼女が苦手らしいアスランには丁度いい収支返しだろう。ニコルもキラの意図を察して言葉を口にする。
「私達はダコスタくんと話し合った方が良さそうだものね。これからのことを」
 だから、一人で行ってね……とアイシャまでが言うあたり、どうやらキラを悲しませた罪は重いと言うところか。
「……わかった……」
 どうやらこのままではさらに墓穴を掘ることになりそうだとか、アンディだけならともかく、さらにカガリやラクスまで加わったときにはどうなるかわからない、と思ったのだろう。アスランは深いため息と共に彼らから離れていく。
「しかし、困ったわね。これからのMSの配置とか何かを相談しなければならないのでしょうけど……」
 エターナルにキラが移るのは当然だと思える。ついでに言えば、ダコスタ達の様子から艦長の座にアンディが着くことも誰も反対はしないだろう。そして、アスランがジャステスのパイロットである以上、彼も同様。アイシャに関しても誰も問題は言わないはず。
「……僕も向こうがいいのですけどね……」
 キラの側を離れたくないとニコルがため息混じりに告げた。
「でも、ニコルにはアークエンジェルを守って貰わないと……」
 それに、一緒に行動しているのだから、戦闘さえなければ会えると、キラは口にする。
「……って、ストライク2号機、どうしよう……」
 アンディがエターナルに移動するのであれば、機体が浮く……とキラが呟けば、
「またあの二人がケンカを始めますね」
 カガリはともかくフラガは『大人げない』の一言ですませられないのではないだろうかとニコルもため息をつく。
「それに関しても、きっちりと話し合いましょう? そうね。個人的にはあの子よりもフラガ氏の方がいいと思うわ。戦闘経験というのは、ナチュラルの場合、侮れないようだし……」
 彼女よりも戦場での判断力はフラガの方が上だろう……とアイシャが頷く。
「問題は……その理屈をカガリが受け入れてくれるかどうか、だよね」
 キラがため息混じりに言葉を口にした。
「それは……そうですね」
 双子とはいえ、二人の基本的な性格は正反対だと言っていい。それはおそらく暮らしてきた環境の違いなのだろうが、それでもここまで正反対だと、キラをコーディネイトするときに何かあったのではないかとまで思ってしまうほどだ。
「でも、それはムウさんがご自分でカガリさんを説得するのが本当だとは思いませんか? でなければ、マリューさんとかキサカさんとか……僕たちが心配するよりはそちらの方がいいと思いますよ」
 ようするに、面倒なことは他人に押しつけてしまえ……というのがニコルの主張らしい。
「そうよ。そう言うのは責任者の役目。キラ君が考えなければいけないのはもっと他のことでしょう?」
「……それはわかっているんだけど……2号機のOSをパイロットに合わせて調整したいし……他にもあれこれしておかないと……」
 ナチュラルでは使えないOSだし、ストライクの本領が発揮できないのではないだろうか……とキラは考え込む。
「その問題があったんですよね、そう言えば」
「うん……ニコルもアンディさんも、微調整だけですんだけど……ムウさん達だとそう言うわけにはいかないし……アストレイのOSはあくまでも汎用だから」
 ストライクであれば不具合がでるかもしれない、とキラは付け加えた。
「それも後にしましょう? 結論が出るまでの間、少しでも休んでおかないと、後々困るわ。食事を取って一眠りするの。起きてくる頃には結論が出ているはずよ」
 いいわね、とアイシャは完全に口癖になっているのではないかと思われるセリフを口にする。
「そうですね。僕もおなかが減りましたし……そうしましょう」
 ニコルがこういうと、キラの腕を取った。当然、反対側はアイシャだ。
「あらあら……お二人とも、ずるいですわ。キラ様を独占するなんて」
 そんな彼らの背にラクスの声が投げつけられる。同時に、キラの首に背後から細い腕が回された。
「お食事でしたら、エターナルでなさってくださいな。おいしいですわよ」
 その言葉が実は『強要』である事はその場にいた全員がわかっている。それでも文句が出なかったのは、キラに食欲が出るなら、と思ってのことだろう。
「しっかりと喰って来いよ!」
 それはフラガのこのセリフからも十分察することができた。

 キラ達が食事を取っている間にどのような話し合いが行われたのか。それは彼らのあずかり知らぬ所であろう。
 それでも、しっかりと結果は彼らに伝えられた。
 エターナルに配備されるMSは、フリーダムとジャステス、そしてニコルのストライク。
 アークエンジェルにはフラガが乗るストライク2号機とバスター。そして、アストレイ数機。
 クサナギには残りのアストレイ。
 エターナルを動かす元ザフト軍の者たちを束ねるのがアンディで艦長はラクス。
「って、本気?」
「……無謀だ……」
 最後の一言を耳にした瞬間のキラとアスランは思わずラクスの顔を見つめてこう口にする。
「本気ですわ。エターナルはキラ様の親衛隊ですもの。会長である私が指揮を執らずにどうするのですか」
 にっこりと告げるラクスに、二人は返す言葉もないらしい。
「心配するな。戦闘の指揮を実際に執るのは僕だから」
 そんなキラ達にアンディが苦笑混じりに告げてくる。
「と言うわけですので、僕も当然こちらです」
 キラに抱きつきながらニコルが付け加えた。
「ニコル様!」
 ずるいですわ、とラクスもまたキラに抱きついてくる。
「……なんか、思い切り疎外感を感じるのは、俺の気のせいか?」
 アスランが目の前の光景に思い切りため息をついていた。

「ちょっと違ったけど、また、彼と手をつなげるようになったかな?」
 エターナル内にしつらえられた私室で、キラは、大事にしてたマスコットに向かってこう呟く。
「このまま、誰も死なないでいてくれると……って言うのは、わがままなのかな?」
 でも、それだけが自分の願いなのだ……とキラは付け加える。そして、今は離れてしまった人たちとも再び巡り会いたいとも。
 そのままキラはそうっと目を閉じた……

ちゃんちゃん
03.08.09 up