再会



「これはやっぱり、お仕置きですよね」
 にっこりと微笑みながらニコルが言葉を口にする。
「そうよね。よりにもよって、彼があの子を殺そうとしたのだもの……たまたま命が助かったからよかったものの……」
「そして、ここに戻ってきてくれたから、か」
 モルゲンレーテの秘密ドック。その中に納められたアークエンジェルを見ながら、キラ・ヤマト親衛隊の三人は黒い笑みを浮かべる。
「会長からも遠慮するなという連絡を貰っているし」
 好きにさせて貰おう。
 アンディのこの言葉に、残りの二人も大きく頷いた。
 それも無理はないだろう。
 三人とも、あの日以来、思い切り心配をかけられたのだ。そして、その原因を作ったのは彼――アスランである。
 おそらく、ニコルが死んだと思っていたのだろう。アスランは今までのためらいを完全に捨てて、ストライクに攻撃を加えていた。しかも、キラをフォローしようと駆けつけたアンディのスカイグラッパー2号機にシールドを投げつけて大破させたのだ。
 アンディだからこそ、あの機体から脱出てきたと言っていい。
 しかし、それの事実をキラが認識している時間があったかどうか。
 おそらく、驚愕の方が強かったのだろう。その後のストライクの動きはキラらしくなかったと言っていい――初めて、アンディ達がストライクとバクゥの戦いを見たときのそれのように――だから、アスランが『自爆』することまで思いつかなかったのではないだろうか。
 だから、対処が遅れた。そして、そのまま……

「我々はアラスカに向かいますからあなた方は、このままこの艦を降りてください」
 これ以上その場にとどまるのは、艦全体を危険にさらすことになる。そう判断したのだろう。ラミアスが苦渋に満ちた声でアイシャ達にこう告げた。
「アンディさんは、無事にオーブに保護されたそうです。あなた方もそちらに……そして、できることなら、キラ君の捜索をお願いします……私たちは、正規軍である以上、この艦を無事にアラスカまで運ぶ義務があります」
 本当なら、彼女もキラの捜索を続けたいのだろう。その思いはひしひしと伝わってきている。
「……わかりましたわ……私たちがここにいると、皆さんの立場が悪くなる可能性もありますものね」
 アイシャの言葉に、ラミアス達は苦笑を浮かべた。どうやらそれも理由の一つだったらしい。
「すみません。今まで守っていただきましたのに」
「かまいませんわ。私も、アンディも、皆さんのこと、気に入っておりますから。また、お会いできるといいわね」
 答えを聞く前に、アイシャはブリッジを後にする。そして、そのままニコルを連れてアークエンジェルを降りたのだ。
 爆発があったであろう場所は特定できている。そして、アンディもそこにいるであろうとアイシャは確信していた。
 だが、その惨状までは二人とも想像できていなかったと言っていい。
「……嘘……」
 彼らが駆けつけたとき、ストライクのはまるで捨てられたおもちゃのようにぼろぼろの姿をさらしていた。そして、その中にいたであろう人物の姿はそこにはなく、周囲を探しても、見つけることはできなかった。
 それが意味をすることを考えて、誰もが絶望を感じていたときだ。カガリが声をかけてきたのは。
「お前達、私と一緒に来い。あいつが死んだなんて……信じられるものか! どこかで生きているに決まっている。そして……生きているなら、きっと見つけ出す」
 過去のあれこれは忘れてやる! と宣言したカガリは、ものすごく男らしく見えた。

 それからいろいろとあったのだが……
「キラ君は無事だそうだ。会長の下で療養中だという」
 オーブはモルゲンレーテの秘密工場の一角。そこに居場所を与えられた三人は、とりあえず事の次第をラクスへと報告をすることにした。その結果、この喜ばしい報告を耳にすることができた。
「それはよかったです」
「でも……心配しているあの人達には連絡をする手段がないのよね……」
 彼らはおそらくアラスカに着いたであろう。そんな彼らに『コーディネーター』でなおかつ元とは言え『ザフト』の軍人が通信をいれるわけにはいかないだろう。
「……オーブからの連絡も不可能だものね……」
 無事でいてくれることを祈るしかない……と三人はため息をつく。
「さて……ともかく我々はお嬢ちゃんに頼まれた仕事をしよう。食べさせて貰っている以上、そのくらいはしないとな。彼ほど役に立つとは思えないが……」
 それでも、ナチュラルに比べればMSに関する知識はある。そして、それを実際に動かした経験も。
「あの子のことだわ……自分だけ安全なところにいるとは思えないものね。なら、少しでも周囲の者たちを底上げしてあげましょう」
 そうすれば、彼が守らなければならない者が少しは減る。
 それはすなわち、キラの負担を減らすことにもなるはずだ。
「本当は、もう戦って欲しくないのですが……キラさんの性格では無理なんでしょうね」
 彼がアークエンジェルに乗り込んでいた理由を考えれば……とニコルは小さくため息をつく。
 軍医をはじめ、コーディネーターに対する偏見と侮蔑を隠せない者たちも確かにいた。だが、それ以上に普通に接してくれる者たちの方が多かったのだ。特にブリッジのクルーや整備の者たちはそうだった。それは全て《キラ》と言う存在があったからだとニコルは彼らに聞かされていた。
「まして、今いるのがあの方の所だからね……あぁ、ダコスタ君が彼女の所にいるそうだ。近々あえるかもしれないな」
「あら、それはすてきね。いっそ、彼も親衛隊に入って貰いましょうか」
「……我々が画策しなくても、彼に会えば十分だと思うがな」
「そうよねぇ」
 ニコルの前で、二人が楽しそうに会話を交わしている。
 昨日までは見られなかったその光景は、間違いなく『キラ生存』が伝えられたからだろう。
「……早く、またお会いしたいですね……」
 ほほえましいという表情でアンディ達を見つめながら、ニコルはこう呟いた。

 その光景は、まさしく天から大天使が舞い降りた……というのが一番ぴったりとくる表現だったのだろう。
 そして、その天使の名は『自由』
 彼は、その力強き翼と戦うべき理由を得て仲間達の元へと戻ってきたのだった。
 そして、守るべき者たちを乗せた傷ついた大天使と共に再びオーブへと彼は戻ってくる。
「キラ!」
 真っ先に彼の元へと向かったのはカガリだった。コーディネーター三人組はその後をゆっくりと追いかけていく。
「カガリさんには教え忘れていましたからね」
「こちらも焦っていたもの。つまらないミスだわ」
「だから、真っ先に再会をする権利を与えてあげよう」
 と言うのがその理由だった。
「それに、機会ならこれからいくらでもありますしね」
 キラが選んだのは、ある意味自分たちと同じものだ。最も、自分たち三人が《キラ》だけをその対象にしているのと違って、彼は全ての者たちへとその対象を広げている。それが不可能だと彼に言うつもりは三人にはない。むしろ、少しでも手助けをと思っているのが本音だ。
「これから、忙しくなるわね」
 それはそれで楽しいけど、とアイシャは笑う。
「昔から、君は困難な状況の時ほど嬉しそうだね」
「だって……楽しまなければやってられないじゃない? それに、今回の報酬は彼の笑顔だもの。十分だわ」
 それに、これで戦争が終わるのなら余計によ、と言うアイシャのセリフは思い切り説得力を持っている。
「そうですね」
 ニコルにしても、この泥沼化している戦争が終わる糸口が見つけられるなら、と思う気持ちに嘘はない。そして、キラはその答えをつかみかけているようだ。なら、今まで以上に協力をするだけ、と頷いてみせる。
 そのまま彼らがアークエンジェル内の通路を曲がったときだった。
「おやおや」
 カガリに押し倒されているキラの姿が飛び込んでくる。その様子は、モニターで確認したときのような大人びたものとはまったく違っていた。
「……もう少し体力をつけないと……女性に押し倒されてどうするんだい?」
 笑いを含んだアンディの声に、キラは見慣れた笑みを返してくる。それを見た瞬間、三人は一様にほっとした思いを抱いた。
 ようやく、キラが戻ってきたのだと……

 と言っても、彼らが落ち着いて話をできたわけではない。
 連合軍の言いがかりに近い理由での侵攻がオーブに向けられたのだ。
 それを黙って受け入れられるキラではない。そして、そのキラを一人で戦場に出せるアンディ達ではなかった。
 ただ問題は、彼らのMS――と言っても、既にニコルのブリッツは存在しいていないのだが――を使うわけにはいかない、と言うことだ。連合がオーブを攻撃した理由が『ザフト支援国家』と言う名目であったが故に。
「……さて……誰がストライクに乗ります?」
 キラがフリーダムを使う以上、ストライクはパイロットがいない。そして、キラは彼らにOSのパスワードを教えていた。
「私が乗る!」
「いや、俺が乗る」
 そう口げんかをしているナチュラル達の脇で、アンディ達はあっさりと結論を出してしまう。
「ニコル君が乗るのがこの場合、良さそうだね。機体のポテンシャルにかなり違いはあるが、あのタイプのMSに一番慣れているのが君だ。それに、戦闘経験も一番豊富だし」
 これがバクゥやラゴゥであれば話は別だが……とアンディが言えば、
「そうね。私たちは……敵さんからいただきましょうか。キラ君や貴方に機体に損傷を与えずに落としてもらえれば、使えるのがあるでしょう?」
 スペック的に辛いものはあるが、ないよりはマシだとアイシャも笑う。
「わかりました。できるだけ無傷で落としますね」
 キラさんもそれを望んでいるようですし……とニコルが微笑む。
「と言うことでかまわないね?」
「僕は……あの二人が納得してくれるかどうかは……また別問題だと思いますけど」
 まだどちらが乗るかでもめている二人へと視線を向けながら、キラは口元に苦笑を浮かべる。
「そんなもの。事後承諾で十分だよ」
 さっさとOSを戻して貰おう……というアンディに、その場にいた者たちがさっさと動き始めた。そして、彼らが我に返ったときにはもう、全てが終わっていたのだった。
 翌朝、連合軍の容赦のない攻撃がオノコロ島を襲う。
 キラ達も善戦をするが、いかんせん数が違いすぎた。
「バスター?」
 襲われかけたアークエンジェルを助けるかのように乱入してきたのは、バスターだった。その事実にニコルは目を丸くする。
「……そう言えば、捕虜になっていたのでしたね、ディアッカ」
 キラに助けられた自分とは違い、彼は『投降』と言う形を取ったが故に、拘束をされていたのだ。そんな彼が、自分たちがあの船を下りた間に何かあったのだろうか……とニコルは心の中で呟く。
「どちらにしても、味方は多い方がいいですね」
 敵の敵は味方……という考えでも、とニコルは付け加えると、目の前の敵をとりあえずたたき落とす。もちろん、これは比喩ではない。文字通りシールドでたたき落としたのだ。これなら、衝撃でパイロットは気絶しても、機体にさほど損傷を与えないだろう。
「キラさんほどの実力があれば、もっとスマートにできるのでしょうが……」
 残念だが、自分では無理だ……とニコルは呟く。
 正式に訓練を受けていないはずのキラが、どうしてあそこまで戦えるのか。
 だが、それも全ては彼が望んだわけではない力で……そして、今はそれを自分の目的のために使っている。だから、彼の動きにはもう迷いが見られない。
 しかし、それだけでは勝てないのは自明の理だ。
「……あのMS……動きが違う」
 どう見てもナチュラルのそれとは違う。機体が他の量産機と違うと言うだけではない。そして、それらがフリーダム一機を攻撃している。
「助けに行かなきゃ」
 そうは思うのだが、ニコルにしてもストライクダガーの相手で精一杯だ。アークエンジェルをはじめとする艦を少しでも沈めないようにしなければ、キラが悲しむ故に。
 だが、このままでは間違いなくキラが危ない。
 そのジレンマにニコルが押しつぶされそうになったとき、天から深紅の刃が降ってきた。そしてフリーダムに襲いかかっていた機体を蹴散らす。
「……誰だ?」
 自分たち以外にあれだけの動きができるものは……
 そう思ったニコルの耳に、ある意味懐かしい声が届く。
『キラ・ヤマトか?』
『アスラン・ザラ』
 キラの声の中に、かすかに喜びの色が含まれていたのは気のせいではないだろう。同時に感じられたのは困惑の色。それはニコルにしても同じだった。
 キラを殺そうとした――その原因が自分だと言うことをニコルは気づいていた――アスランが、今は彼を守ろうとしている。
 だが、目の前の二つの機体はそんなニコルの困惑をよそに、見事なまでのコンビネーションを見せていた。
 まるで、ずっとともに戦ってきたかのような……
 それだけ二人の絆は深かったのだろう。
 同時に、だからこそアスランの怒りは深かったのだろうか。
「……なんて言っている場合じゃないですよね」
 ともかく、今は戦い抜いて生き残ることが先決だろうとニコルは思い直す。そして、目の前の敵を再びたたき落とそうとしたときだった。
「えっ?」
 いきなり敵が全て後退していく。
「……何が?」
 そう思ったが、理由に思い当たるものがない。どう考えても、相手の方が優勢だったはずだ。
「あちらも、何か爆弾を抱えているようですね……」
 まぁ、自分たちの方もあまり大きなことは言えないが……とニコルは心の中で付け加える。
「ともかく、皆無事だった……と言うことでいいことにしましょう」

 そして、二人の再会が彼らの前で繰り広げられたのだが……ここで話は冒頭の会話へ戻る。
「と言うわけで、思い切り邪魔をして差し上げましょう」
 にっこりと微笑むと、ニコルは二人の元へ駆け寄っていく。
「キラさん! お怪我はありませんね?」
 そのままキラに抱きつくようにした瞬間、アスランの目が信じられないと言うように大きく見開かれた。
「……ニコル……何で……」
「そう言えばアスラン。よくも僕の命の恩人を殺そうとしてくれましたね。あとでじ〜っくりお話ししましょうか」
 そんな彼に、ニコルは遠慮のない黒い微笑みを向ける。
「その……それは……」
「ともかく、キラさん。休憩を取りましょう。ね」
 アスランは無視して……といいながらニコルはキラを引きずって歩き出す。
「そうだよ、少年。君は地球に戻ってきてから休みなしだったんだから、少しでも体を休めないといけないよ」
 そんなニコルを手助けするかのように、アンディまで姿を現した。
「……えっ? バルトフェルド隊長? 何で?」
 ずるずるとキラを引きずっていく人影に、アスランはますます混乱を極めていく。
「まずは第一段階よね」
 そんな彼の姿に、アイシャがくすりと笑いを漏らした。

 これがある意味アスランの苦悩の始まりだったと言っていい。それでもキラの側にいることを選らぶのだろうか、彼は。その答えはまだ当分でそうにない。
「……君がいてくれれば嬉しいんだけどね」
 マスコットの彼にキラはそう呼びかける。
 その言葉は、当人の耳には届かなかった。


ちゃんちゃん
03.07.18 up



ディアッカはこの裏で、ミリィを巡ってトールと争っています(苦笑)