仮面VS美人



 ザフトが誇るナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウス。
 モスグリーンの制服の中、一際人目を惹く紅の制服。それがエリートであるクルーゼ隊のパイロットのものだ、というのは誰も知らぬ者がいない。
 だが、最近はそれ以上に人目を惹く姿があった。
 制服の丈は一般の兵士と変わらない。だが、微妙にデザインが違うのは、それが地上駐在軍のそれだからだろう。だが、地上軍とは言え、基本的に一般兵の軍服の色はモスグリーンのはず。
 だが、今、デッキの中を流れていく制服は鮮やかなブルー。
「キラ!」
 連合軍から奪取されてきたMSの一機であるイージスのコクピットから響いてきた声に、それが動きを止める。
「何?」
 そう言いながら、キラは視線をイージスへと向けた。
「……やっぱり、俺たちと同じのに着替えないか?」
 近づいてくるキラにアスランがこう声をかける。
「何で?」
 そんな彼に向かって、キラが小首をかしげて見せた。
「これ、似合わない? 僕、好きなんだけど」
「いや……似合うとは思うんだが……それ、地上用だろう? ここだといろいろと不具合があるんじゃないかと……」
 それに目立つからな……とアスランは付け加える。
「そんなことないよ。それに、アスラン達がその制服にプライドを持っているように、僕はこれにプライドを持っているんだけど」
 アスランはそれを否定してくれるの? とキラは彼を睨み付けた。
「……そうじゃなくて……」
「それとも、クルーゼ隊長に僕にそれを着せろって言われたの?」
 キラのこの問いかけに、アスランは言葉に詰まってしまう。実は図星だったのだ。彼の表情からそれを読みとったのだろう。キラの視線が険しくなる。
「お前の負けだな、アスラン」
 どうしようかとアスランが視線をさまよわせ始めたとき、笑いを含んだミゲルの声が飛んできた。
「キラも許してやってくれ。そいつの立場じゃ、隊長の命令に逆らえないんだし」
「わかっているけど……僕としては早々に地球に戻りたいんだよね。あくまでも、ここにいるのは臨時なんだし」
 早々に自分のいるべき場所に戻りたいのだ、と告げるキラに他意はないだろう。キラにしてみればバルトフェルド隊の副官としての役目を放り出しているという意識の方が強いのだから。
 これが、戦争という状況になければまた話は違っていただろう。
「……それに、何かとっても怖い話を聞いちゃったんだよね……」
 キラがため息とともに言葉を口にする。
「何だ? バルトフェルド隊長がおいでになるとか?」
 とうとう実力行使か……と告げるミゲルの口調が軽いのは、それが実現しないだろうとわかっているからだ。彼が今いる場所から動いたら、間違いなく連合によって彼の支配地域は奪還されてしまうだろう。
「……まだ、その方が被害が少なかったかも……」
 そんなミゲルに、キラが盛大なため息とともに言い返す。
「まさか……」
「……アイシャがね、来るって……」
 ぼそっとキラが付け加えた言葉に、ミゲルが硬直をする。
「…………マジか?」
 長い沈黙の後、ミゲルの口から出たのはこんなセリフだ。
「本当……僕、ガモフに逃げていい?」
「だったら、俺だって逃げるぞ」
 二人は顔を見合わせると乾いた笑いを漏らす。
「キラ……ミゲルでもいいけど。『アイシャ』さんって、誰?」
 アスランがおそるおそると言った様子で口を挟んできた。
「……誰って……隊長の恋人――本人は愛人だって言っているけど――で、一応、僕の保護者の一人……」
「実質的にバルトフェルド隊の一般実務をになっている女傑だよ……」
 美人なんだけどねぇ……とミゲルが笑う。
「……それ、本人の前で言うとはり倒されるよ……」
 気にしているんだから、とキラは苦笑とともに告げた。
「それに、そのくらい出来ないと、あのメンバーを掌握できないんだよね。一番の問題が隊長だし……」
 あの人も、趣味に熱中しちゃうと他に意識が回らなくなるし……とキラはさらに付け加える。
「それでも何とかなっているのは、お前らの実力……って言うわけだ」
 下が優秀で、しかも協調が取れていると、楽なんだろうなぁ……とミゲルが遠い目をした。その理由が何であるのか、アスランにはわかっている。わかっているが、おもしろくないというのもまた事実だ。
「……悪かったな……だが、俺だけのせいじゃないぞ」
 あいつが俺にかってに敵愾心を抱いているだけだ……とアスランは主張をする。
「それを何とかするのも副官の役目……かな?」
 隊員の人間関係を考えて何とかするのは……とキラが小首をかしげて考え込めば、
「って言うことは、悪いのは俺か?」
 ミゲルがむっとしたような口調で言い返してくる。
「そう言ってないじゃないか」
「言っているだろう?」
 何とかするのが副官の役目だ、と言ったじゃないか……とミゲルは付け加えた。
「……だって、家の隊の人って、みんないい人ばかりだもん」
 お願いすれば多少のことは我慢してくれるし……とキラは微笑む。
「それ、うらやましいよなぁ……お前だけでも何とか改善してくれる気、ないか?」
 言葉とともにミゲルが視線をアスランへと向けてきた。
「……俺じゃなくて、向こうが突っかかってくるんだけどね……」
 まぁ、努力はします……とアスランはため息とともに口にする。
「お前がいてくれると、こいつが素直で楽だ」
 アスランの言葉に苦笑を浮かべると、ミゲルはキラへと声をかけた。
「何なんだよ、それは……」
 憮然とした表情でアスランがぼやく。
「僕は誰かさんの手間を省くためにここにいるんじゃないんだけどね……」
 キラの言葉に、ミゲルがそそくさと逃げ出したのはそれからすぐだった。

 それから数日後。
 本国経由でアイシャがヴェサリウスへ辿り着いた。彼女を見た瞬間、艦内のあちらこちらから歓迎の声が漏れたのは言うまでもないだろう。
 なんせ、ここはあくまでも男所帯。
 見目良いものと言ってもみな男。
 そして、一番目の保養になると思われるクルーゼ隊のパイロット達は皆性格に難がある。
「……地上勤務の奴がうらやましい……あんな美女が隊にいるのか……」
「バルトフェルド隊長の隊だけかもしれないがな……でもあそこにはキラもいるし……やっぱりうらやましいよな……」
 少し前までは地上部隊なんて……と言っていたメンバーとは思えない。最も、その気持ちもよくわかるが。
「キラ!」
 アイシャが彼の姿を見つけると同時に、床を蹴った。そして、そのまままっすぐにキラへと飛びついてくる。
「アイシャ。元気そうだね」
 その彼女の体を全身で受け止めながらキラが微笑む。
「それはこっちのセリフでしょ? 半年近くも一人で潜入任務に就いていたのに、それを失敗させられた挙句、こんな戦艦なんかに押し込められて……メンタルケアだって受けていないのでしょう?」
 それに、少しだけどやせたような気がするわ……と言いながらアイシャがキラの顔を自分の胸へと抱き込んだ。その様子に、うらやましいというようなため息が周囲から漏れる。
「ちゃんと食べてたよ。ここにはミゲルもアスランもいるし」
 食べないと怒られるから……とキラは苦笑とともに口にした。
「ミゲルは知っているわ。彼は……まぁ、信用していいんでしょうけど……アスランというのは?」
 誰かしら、とアイシャが周囲を見回す。
「彼だよ。月にいた頃からの親友」
 そう言いながら、キラはアイシャに抱きつかれたまま振り返る。その視線の先には当然のようにアスランの姿があった。
「あぁ、彼がそうなのね。よくキラが話してくれた、なんでもできる親友って」
 そう言う人がいたから、手を出したというわけね……と付け加えるアイシャに、一瞬怖気すら感じてしまうアスランだった。
「アイシャ……お願いだから、アスランをいじめないでくれる? 隊長やアイシャ達と同じくらい大切な人なんだし……父さん達の話が出来るのは、もう、彼だけだから……」
 嫌われたら困る、とキラは彼女に囁く。
「あぁ、ごめんなさい。貴方にそんな表情をさせるつもりじゃなかったの。わかったわ。彼に関しては除外してあげる」
 つまり、そうでなければ何かをするつもりだったわけね……とアスランは困ったような表情を作った。
「他の者にもされると、非常に困るのだがね」
 言葉とともに表れたのは、この隊の責任者であるクルーゼである。その瞬間、アイシャの表情が一変する。
「出たわね、諸悪の根元!」
 きっぱりと言い切る彼女の言葉に、周囲の者たちが皆が固まった。
「アイシャ」
 ちょっと、まずいよ……とキラが彼女に向かって囁く。
「あら、本当のことじゃない。アンディが早く貴方を返せって言っているのに、のらりくらりと逃げ回っているのよ? 本国からもそうしろという指示が出ているはずだって言うのにね。ストライクだったかしら。それが貴方以外に使えないのだったら、かまわないからそれごとと言う話もあるのにねぇ」
 本当、誰かさんが全部握りつぶしてくれちゃって……と言うアイシャの言葉はどこか彼らをからかっているようにも思える。だが、その口調か全てを裏切っていた。
「作戦上、どうしても必要だから……なのだがね」
 そんなアイシャのセリフを、まるで柳に風といった風情でクルーゼは受け流す。
「あら……こちらにはご自身で集めた有能なパイロット達がいらっしゃるんじゃないの? 地上でのたくた蠢くしか能がないパイロットは必要ないとおっしゃっていたのはどなただったかしら」
 家の隊でも一二を争う大事なパイロットですけど、キラは……といいながら、アイシャはさらにキラを引き寄せる。
「……そんなこと、言ったのか……隊長は……」
 ため息とともにアスランが呟く。
「そう言えば、聞いたような……」
 そのころはまだ、一般兵と同じ立場だったし……とキラは苦笑を浮かべる。最も、それでもバルトフェルドの押さえに同行していたのだが、さすがに、会議室までは足を踏み入れられなかったのだ。それでもドアの外でその騒ぎはしっかりと耳にしていたのだ、とキラはアスランに説明をする。
「……本当、隊長って相手の神経を逆撫でするのは得意だよな……」
 感心していいのか、それともあきれるべきなのか……とミゲルはため息とともに吐き出した。
「それ以上に、あの二人、止めた方がいいかな……」
 このままだととんでもないことになるような気がする……とキラは呟く。
「否定は……出来ないな……」
 あはははは……とミゲルが笑う。
「それ以上に、女性に対する認識が変わるんじゃないのか?」
 バルトフェルドもかなりなものだったが、アイシャの方がさらに上手なような気がする……と彼女の口から飛び出す罵詈雑言は、女性の声であるためにさらに威力が増しているような気がする。
「と言うよりは……あれって、母親の態度だからなぁ……」
 息子を悪の毒牙から守ろうとしている……とミゲルは苦笑混じりに口にした。
「と言うことは、隊長が悪の権化か」
「……笑えないね、それ……」
 って言うか、そう言っていいわけ? とキラが問いかける。
「俺にふるな、俺に」
 アスランが慌てたようにこう言い返す。
「だからといって、俺にふるなよ?」
 慌ててミゲルも口を開く。
「いっそ……ガモフにでも逃げようか」
「それ、いいかもしれないな」
「賛成……と言いたいけど、そうしたら、誰があの二人を止めるわけ? アイシャだけなら引き受けられるけど、クルーゼ隊長までは無理だよ」
 そちらは自分の管轄じゃないし……とキラは苦笑を浮かべながらミゲルを見つけた。
「……はいはい……俺が隊長を彼女から引き離せばいいんだろう……」
 しょうがない、それも役目だ、とミゲルは小さくため息をつく。
 その間にも二人の言い争いはさらにヒートアップしている。
「問題は、タイミングだよな」
「そうだよね……」
「……がんばってくれ……」
 もうさじを投げたい。
 三人ががそう思ったとしても、きっと責める者はいないだろう。

 間違いなく、これが嵐の第一段階だった。

ちゃんちゃん
03.07.01 up



アイシャのイメージが(^_^;
いや、子猫を守る母猫かなっと……と言いつつ、家の設定では非常に頭がいい女性のはずなんですが……これでいいのでしょうか。ともかく、アスランとミゲルだけは無事でしょう(苦笑)