Secret




「……あの人、心配だわ……」
 壁により掛かりながら眠っているキラを見つめつつ、ミリアリアが呟く。
「何が?」
 それに言葉を返したのは、彼女の恋人のトールだった。
「ミリィの心配って、あの噂?」
 だが、その答えを返してきたのは意外なことにカズイである。咄嗟にサイとトールの視線が彼へと向けられた。
「小耳に挟んだことがあるんだけどさ……『エンデュミオンの鷹』って手が早いって」
「キラってば、こんなに可愛いのよ! 確かに、スレンダーでユニセックスに見えるけど……女の子らしい格好をするとものすごく似合うの! そんなキラが、あんなおじさんに目をつけられてもいいと思う? それに、キラってば初恋の人を未だに忘れられないって言ってたのよ!」
 男の子と思いこんでいるくせに、しっかりとキラにチェックをしていたわ、あの人……と付け加えるミリアリアの瞳は本気だった。
 こういう時の彼女に逆らってはいけないことを男性陣はよく知っている。
 それ以上に、この場で熟睡している友人が『天然』などという言葉で言い表せないほどお人好しだと言うことも知りすぎるくらい知っていた。その性格のために何度危ない目にあったのか……なんて思い出すだけでもうんざりしてしまうのは、そんなキラをフォローしていたからだろう。
「……確かに、思い切り心配だ……キラが自覚したときにはとんでもない状況だって言う可能性も否定できないわけだし……」
「そんなことになったら、キラのことだから何をしでかすかわからないか」
 早々にこの船を下ろしてもらえるならともかく、しばらく付き合わないければならないとするなら、なおさらだろう。
「……とりあえず、あの人と二人だけにしないようにしないと……」
 まさか人前で手を出すほど破廉恥じゃないのでは……とサイは口にする。
「だが、俺たちだけじゃ」
 このままでは間違いなく、キラはあれに乗せられてしまうだろうという予感も彼らにはある。
「あの人に相談したら、どうにかならないかしら……同じ女性なら私たちの不安も理解してもらえると思うの」
 どうやら、立場はフラガと似たようなものだし……とミリアリアは周囲に同意を求めた。
「そうだよな。女性なら俺たちじゃわからないことも理解してもらえるか」
 男の目から見ればフラガはかっこいいとしか言いようがない。
 だが、それは女性の目から見れば違うらしいと男三人組は思っていた。
 こう言うときは他人に押しつけてしまえばいい……と彼らがとんでもない結論を出したとしても無理はないだろう。

 クルーゼの呼び出しは当然のものだろう。アスランはそう判断をして彼の元へと向かった。同時にキラのことを何とか出来ないかという思いがあったことも否定しない。
「……申し訳ありません。思いもかけぬことに動揺し報告が出来ませんでした。あの最後の機体……あれに乗っているのはキラ・ヤマト。月の幼年学校で友人だったコーディネーターの少女です」
 最後の一言を付け加えた瞬間、クルーゼが珍しく動揺を露わにする。
「少女?」
「はい、少女です」
「友人と言うことは、同年代かね?」
「……同じ年ですが?」
 一体クルーゼが何を聞きたがっているのか。今ひとつアスランにはわからない。
「そうか。そう言うことなら納得できるな。コーディネーターはみな一定水準以上の容姿の持ち主だ。何よりも、あの艦にはあの男が乗っている」
 望まぬ関係を強いられる可能性がある……と付け加えられた言葉に、アスランの眉が寄った。
「……あの男?」
 普通のナチュラル相手なら、自分が教えた護身術で何とかすると思うが、とアスランは心の中で自分に言い聞かせる。
「ムウ・ラ・フラガ……と言うよりは君たちにはエンデュミオンの鷹と言った方はわかりやすいかな?」
 だが、クルーゼのこの言葉でそれはあっさりと霧散した。
「あの男は、撃墜した敵機の数よりも女性の数を自慢とするような奴だ! 妙齢の女性となれば、手を出さないわけがない。と言うことは、その、キラ・ヤマトだったな。彼女の身も危ない、と言うことだ」
 立て板に水……というのだろうか。
 クルーゼの口からよどみなく流れ出す言葉を聞いているうちにアスランの顔から血の気が失せていく。
「……な、んで、連合軍はそんなケダモノを自由に歩かせているんですか!」
「奴が軍人として有能だからだ」
 アスランの疑問に、クルーゼはただ一言で答える。
「そんな……キラの身が……」
 危ない、とアスランが呟いた。何でそんな奴がキラと一緒にいるんだと。
「イザーク達に話を通しておこう。出来るだけ早くその身柄を確保できるようにな」
 あんな奴の毒牙にかけさせるわけにはいかないだろう。
 拳を握りしめてそう告げるクルーゼは、過去にそれに関してそのケダモノと何かあったのだろうか。そうは思うが、問いかけることがはばかられてしまうアスランだった。

「……キラ君が女の子?」
 同じ頃、ミリアリア達はブリッジへと足を運んでいた。
「そうです。キラは女の子です!」
 きっぱりと言い切るミリアリアに、ラミアスが小さくため息をつく。その隣でバジルールもまたこめかみに手を当てていた。
「ですが……ストライクを動かせるものが他にいない以上……」
 彼女に頼むしかないのだ……と吐き出す言葉を否定できる者は誰もいない。
「それは……キラ本人の判断ですから……私たちが心配していることは別のことです!」
「フラガ大尉って……大丈夫なんですか? キラと二人っきりにして……」
 ミリアリアの言葉を補足するようにトールが問いかける。
「……その問題があったわね……ただでさえ戦闘に巻き込んでしまっているというのに……」
「フラガ大尉のことまで降りかかっては、キラ・ヤマトの精神が保たないか……」
 本当にあのセクハラ大尉は……と二人が口にしたときの表情から判断して、彼は既に何かを彼女たちにしたのだろうか、と子供達は思う。
「わかりました。極力二人だけにしないように、マードック軍曹にもお願いしておきましょう。もちろん、キラ君の性別に関しては、トップシークレットにするように、と」
 ついでに、フラガ大尉をしっかりと監視して貰いましょうと付け加える彼女の言葉に、その場にいた全員が頷く。
「……大尉には、せいぜい書類の方も受け持って頂きましょう」
 苦手だそうですから……と笑うバジルールの表情は怖いとしか言いようがないものだ。その表情に、彼女が本気でフラガに含むものがあるのだと、男の子達は判断する。同時に、一体どうしたらここまで彼女を怒らせることが出来るのかとも思ってしまった。
「ともかく、どのような手段を使ってもかまいません。艦長権限で認めます。キラ君をフラガ大尉の毒牙から守ること。戦闘時以外はそれを最優先にしてください」
 ラミアスの言葉に、バジルールや子供達だけではなくブリッジクルー全員が大きく頷く。
 彼らにしても、可愛らしい女の子をまんまとオオカミさんの口の中へ放り込むような真似だけはしたくなかったのだ。中には、それをいいことに、おつき合いを……という妄想を抱いていた人間がいたことも否定できない。
「あなた方も、キラ君にしっかりと言っておいてね。フラガ大尉の前では気を抜かないようにって」
 あの性格では、つけ込まれたら最後だ……と言うラミアスが、一番キラの性格につけ込んでいるのだが……ここではあえて指摘しないでおこう。

 キラをフラガの毒牙から守る。
 この一点においてアークエンジェルとクルーゼ隊の利害は一致していた。それをお互いが知らなかったことは不幸なのだろうか。
 ただ、これだけは言えるだろう。
「俺が何をしたって言うんだぁ!」
 間違いなく、ムウ・ラ・フラガ一人だけは不幸だったと……最も、その理由を本人が知るのはまだまだ先のことだったが。


ちゃんちゃん
03.05.19 up



リクエストをいただいたので書いてみました。女の子キラの話です。フラガ大尉がひたすら不幸になりそうですね、このまま続けると(苦笑)