拾い物金網越しにアスランと話している相手。 その相手の顔からニコルは視線を離すことが出来なかった。 「……あの人って……」 見覚えがある容姿。 それ以上に気になったのは、その人の泣きそうな笑顔だった。自分たちからははっきりとは見えないが、アスランの様子もおかしいと思う。 「アスランの知り合いなのかな?」 確か、彼は月にいたことがあると聞いた覚えがニコルにはあった。 そのころの知り合いなら、ここにいてもおかしくないだろう。 ついでにいえば、彼に手引きをして貰うように頼めばいいのではないだろうか。 いざとなったら、その身柄をザフトで保護してもいいのだし……とニコルは考える。 しかし、アスランはきびすを返してニコルたちの方へ向かってきていた。 その瞳が、やはり泣き出しそうなくらい揺らいでいて……と思った瞬間、ニコルはある可能性に気がついてしまう。 ひょっとしたら、彼は『ストライク』のパイロットなのではないかと。 何かの理由で、連邦軍に関わらざるを得なかったのではないか。だから、あれだけ人々があのフォログラムマスコットのモデルを捜そうとしても見つからなかったのではないか。 「……そう言えば、ラクス嬢は一時期足つきに保護されていたのでしたね……」 そこで知り合ったというのであれば、あれも納得できる。 だが、それはそれで辛いことだったろうとニコルは思った。 知り合い――あの様子ではかなり親しかったのではないか――同士がお互いと知りつつ銃口を向け合う。自分であればとっくに耐えられなくなっているだろうと。それを耐えてきたアスランの心労はいかほどのものだったろうか。そして、彼の…… 「僕に、何が出来るでしょうか」 あのマスコットを見たときから、彼に会いたいと思っていた。 そして、実際にその姿を見てもっと親しい関係になりたいと感じたことも事実。 これは都合がいい希望かもしれない、と思いつつも、ニコルは彼らが自分の側で笑っていてくれる未来を願ってしまった。 しかし、現実はそううまくいかない。 中でも戦争というものは非常に非情な状況しか生み出さないもので…… 彼が乗っているであろうストライクが、アスランが操縦しているイージスを今にも倒そうとしている光景がニコルの瞳に飛び込んできた。 「いけない!」 どちらが傷ついても、残された方が傷つく。 その傷は、決して癒えることはないのではないか。 兄のように思っていた人と、一目で魅了された人。 それくらいならば……と思ったわけではない。 ただ、自分の目の前で二人が傷つく姿を見たくなかった。 そんなある意味自分勝手な理由で、ニコルはブリッツをイージスとストライクの間に滑り込ませる。 それとほぼ同時にキラが操るストライクがシュベルトゲベールを振り下ろしていた。 『な、んで……』 開かれていた通信回線から、キラの驚愕に彩られた声が飛び込んでくる。 『ニコル!』 それに重なるのはアスランの声。 「アスラン……」 お願いだから、あの人を恨まないで…… ニコルがそう告げる前に回線が切れる。同時に、彼の体を爆発が包み込んだ。 そのまま、自分の存在は無になったはずなのに…… 痛みなんて、苦しさなんて、もう二度と感じないはずだったのに…… 「……ど、して……」 こんなに体中痛いのだろう。 そんなことを思いながら、ニコルは無理矢理まぶたを開いた。 その瞬間飛び込んできたのは、見知らぬ天井。 だが、どこか見覚えがあるような気がするのは、それがガモフを含めた戦闘艦に共通したデザインであったからかもしれない。 「……こ、こは?」 絞り出した声は自分のものとは思えないほどかすれている。だが、それでも側にいた相手にはしっかりと届いたらしい。 「気がついたんだね! よかった……」 言葉とともにニコルの蜂蜜色の瞳に映ったのは、涙に濡れた菫色のそれ。 「……よかった……」 繰り返される言葉とともに、その白い頬を涙が伝い落ちていく。それが連邦軍の蒼い制服に染みてその色を濃くした。 「……あの……」 どうしてそんなに泣いているのだろう、とニコルは思う。だが、そんな彼の涙を見ていると何故か痛みが薄れていくような気がしてならない。 「死なないでくれて、本当によかった……」 涙を流しながら、目の前の人物は柔らかく微笑む。 そのまま、彼の体が崩れるように力をうしなった。 「危ない!」 自分の体の痛みすらも無視してニコルが叫ぶ。次の瞬間、彼の体を襲ったのは耐え難いまでの激痛。しかし、それすらも彼を気遣う気持ちには負けてしまう。 「おっと……」 だが、その体が床にぶつかる前に、誰かが彼の体を抱き留めた。 「ようやく緊張がほぐれたのね」 柔らかなアルトが、どこか舌っ足らずな口調で言葉をつづるのがニコルの耳に届く。 「それから、貴方も無茶はしないの。本当に助かるかどうかわからない状況だったんだから」 ねっ、といいながらニコルの視界に入ってきたのは、体の線もあらわな服を身につけた女性だった。 「そんなことを言うんじゃない。彼の体を心配してのことだろう?」 可愛いじゃないか……と告げられた声にニコルはどこか聞き覚えがあるような気がして、視線だけその方向へと向ける。 次の瞬間、ニコルは思いきり目を丸くした。 「……バルトフェルド隊長……」 砂漠の虎、と呼ばれ、クルーゼと並ぶ名将と呼ばれていた彼が、何故、連邦軍の船に乗っているのだろうか。 「こらこら、その名前は口にしない。私のことは『アンディ』とのみ呼ぶこと。ザフトの『アンドリュー・バルトフェルド』は公式には死んだことになっているのだからね」 だが、実際はこうしてアークエンジェルに乗り、キラを守っているのだ……と彼は笑った。 「君を助けたのも彼だよ。ほとんど神業だと言っていい状況だったね。あの一瞬で君が使っていたMSのコクピットをストライクでこじ開け、シートごと掴みだしたんだよ、彼は」 それでもあの爆風からニコルの体を完全に守りきることは出来なかったのだ……と彼は説明をする。 「元々、シュベルトゲベールでかなり傷ついていたようだからね、君は」 そして、例え瀕死の状況だったとは言え、ニコルの存在をアークエンジェルに引き取りその治療を行うことに反対した者もいたのだ、と彼は続ける。 「……では……」 「キラががんばったのよ。貴方を見捨てるようなら、いずれ自分も見捨てるんだろうって。そんな人は信じられないって、ね。だから、貴方の治療を認めないなら、自分は脱走してでもこの船を降りるとと言ったのよ」 「そんなことになったら、私たちも彼に付いていくつもりだったし……三人いれば、連邦軍からだろうとザフトからだろうと逃げ切れる自信はあるからね」 ニコルの疑問に、二人が言葉を重ねる。ここまではニコルでも納得できる内容だった。 「なんせ、今の私は『キラ・ヤマト親衛隊隊長』だし。プラント本国でも密かにその役目は認められている」 だが、次に続いたその言葉に、彼は唖然としてしまう。 「……『キラ・ヤマト親衛隊』ですか?」 一体誰がそのようなものを……と呟くニコルに、 「それは内緒だ。さすがに彼の立場を考えると、表だって活動できないからねぇ」 にやりと笑うと、バルトフェルドが答えを返す。 「違います! 僕も参加させてください」 きっぱりと言い切るニコルに、バルトフェルドとアイシャは思わず顔を見合わせる。だが、次の瞬間、爆笑とともに頷いたのだった。 「……本当にいいのかな、これで……」 意識を取り戻してから真っ先に聞かされた言葉に、キラは思わずこう呟いてしまう。 いや、一人でも味方が増えるのは嬉しい。 それに、彼からは別れてからのアスランのことをあれこれ聞けるし……とは思う。 だが…… 「いっそ、他のGのパイロットも坊主の魅力で落としてくれんかなぁ」 フラガののほほんとした声が、ストライクのコクピットにいるキラの耳にもしっかりと届いてしまう。 「そうですねぇ……そうしてもらえれば、それほどありがたいことはねぇんですが」 いや、彼だけならまだ聞き流せたのだ。だが、それにマードックまで賛同しているとあれば、自分に逃げ道はないのかもしれない。 「……でも、君はきっと僕を許してくれないよね……」 呟かれた言葉は、伝えたい相手に届くことはなかった…… ちゃんちゃん
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