仮面VS虎



 予想もしていなかった幼なじみとの再会。しかも、彼は自分たちに協力してくれて……ラスティを失った為に奪取をあきらめかけたストライクを持ってヴェサリウスに来てくれた。その事実が、アスラン・ザラ(16)の心を歓喜で包んでくれていたのだが……
「……ひょっとして……アスラン達の隊長って『ラウ・ル・クルーゼ』さんなの?」
 機体から降りてきた幼なじみ――キラ・ヤマト(16)は、アスランの同僚であるミゲル・アイマンを見た瞬間、泣きそうな表情を作ってしまった。
「……すまん……」
 そんなキラに対し、ミゲルが本気ですまないという口調で謝っている。
「……キラ? ミゲル?」
 一人状況がわからないアスランが、二人の顔を交互に見比べながら問いかけてきた。実際、彼にしてみればいつキラがザフトに入隊したのか、とか、どうしてヘリオポリスにいたのかとか聞きたいことが山ほどあるのだ。
「……僕はバルトフェルド隊所属なんだよね……」
 アスランの疑問に応えるかのようにキラがぼそりっとこんなセリフを呟く。
「バルトフェルド隊……というと、地上勤務だったよね」
 それも、かなりの戦果を上げている優秀な隊だという知識はアスランにもある。
「そう」
 こくりと首を縦に振ってみせるキラの仕草は、幼年学校時代と変わらない。だが、今はそれを懐かしんでいる暇はなかった。
「ついでに言うと、ウチの隊長とクルーゼ隊長ってめちゃくちゃ仲が悪いんだよね」
 ため息とともにキラは言葉を付け加えたのだ。
「あれに関しては……隊長が100%悪いんだけどな」
 苦笑を深めながら、ミゲルがさらにフォローをするようにこういう。
「副官同士は仲がいいのにね」
「って言うか……同病相憐れむって言う状態だと思うぞ」
 隊長のフォローをしないわけにはいかないんだから……と二人同時にため息をついた。
「……なんか……想像できないな」
 自分が知っているクルーゼは有能の一言でしかない。そんな彼が同じザフトの隊長とそんな風に対立している所など想像できないとアスランは付け加えた。
「アスランは……会議に立ち会ったことがないんだもんね」
「あれは……側に着いている人間にしてみれば胃が痛いとしか言いようがないぞ。前回の隊長のセリフが『ドン亀』だったっけ?」
「それはその前だよ。前回は『馬鹿相手は片手間でも出来る』だった」
 あの後、なだめるのが大変だった……とキラは付け加える。
「丁度ブルーコスモスの皆さんのテロが激しくなっていた時期だから余計にね」
 地上軍でもかなり被害出ていたし……とため息をつくキラに、ミゲルは同情を禁じ得ないという表情を作っていた。それはアスランも同じである。
「……まぁ、ぼくはまだダコスタ君に比べればマシなんだけどね。八つ当たりされないだけ」
「あの時期、あいつが休暇を取っているのってそう言う理由か」
「らしいよ」
 苦笑を浮かべながらキラが言葉を返す。
「でないと、胃薬の量が増えるからだって」
「……哀れな……」
 目の前でアスランが理解できない会話が繰り広げられていく。
「……でも、今度ばかりは僕がダコスタ君の胃痛の原因になりそうだよねぇ……いくら、目の前で自軍が作戦を繰り広げていたからって……ついつい手を出す必要はなかったんだろうし……」
 その上、OSまで書き換えちゃったしなぁ……とキラはため息をついた。
「あきらめろ、キラ……やってしまったことは仕方がない」
 俺も付き合ってやるから……とミゲルが彼の肩を叩いたのを見て、ようやくアスランは状況を飲み込む。
「大丈夫だよ、キラ。俺もちゃんと口添えしてやるから。元はと言えば、俺たちのミスをお前にフォローして貰ったのが原因なんだし」
 いざとなったら本国にいる父親の権力だろうとなんだろうと使ってやる、と心の中で付け加えた。
「気持ちだけ受け取っておくよ、アスラン」
 それにキラは微笑み返す。
「そう言えば、まだ言っていなかったよね。またあえて嬉しいって」
 深められた微笑みに、アスランだけではなくその場にいた誰もが見ほれてしまったことは言うまでもないであろう。

 しかし、アスランはまだ、自分の考えが甘いという事実を認識していなかった。

「すみません……つい……」
 ヴェサリウスのブリッジからキラが通信をいれている先は、自分の隊長であるバルトフェルドの所だった。
『まぁいい。君の性格はよくわかっているからね。自軍が作戦を失敗しそうだと言って見捨てられないこともよく知っている』
 モニターに映った顔がキラに優しく微笑む。
『それに、艦に着くまで、誰の隊かわかっていなかったというならなおさらだね』
 おかげでこちらの作戦はパーになったようだけど……といいながら、バルトフェルドが視線を向けたのは、そんなキラの背後に立っているクルーゼだった。
『本国の許可を取らずに作戦を強行するとは……まるでクルーゼ隊長とは思えぬ独断ですな。おかげで、こちらが半年近くかけて準備をしてきた作戦が無駄になりましたよ』
 本国からも遂行を急がせられていたのに、と言う彼の口調は、先ほどまでとはうってかわって冷たいものだった。
「それは申し訳ない。こちらとしても至急行わなければならない事柄だったのでね」
 もちろん、そんなことでひるむようなクルーゼではない。
 平然と言い返している。
「キラ……」
 そんな自分の上官を尻目に、アスランが小声で彼に呼びかけた。
「何?」
「キラがやろうとしていたことって何?」
 本国からも急がされていた……と言うことはかなり重要な事柄なのではないだろうか。そう思いながら、アスランは問いかける。
「連合のメインコンピューターへのハッキングだけど?」
 さらりと言い返された内容に、アスランだけではなくキラの声が聞こえた者たち――と言ってもクルーゼを除いてだが――全員が驚きで目を丸くした。
「だいたい終わってたんだけどねぇ……後は、こちらに連合の情報が流れてくるようにするスパイソフトを組み込むだけだったから……後半日あったら終わってたはずなんだよね」
 さすがに、全部パーになったけど、とキラが苦笑を浮かべる。
「……ひょっとして、それが終わっていたら……ザフトがめちゃくちゃ優位に立てたってこと?」
 それどころか、この戦争その物が終結した可能性すらあるのでは……とアデスあたりは考えていた。
「どうかな……ともかく、もう無理だろうなぁ……」
 たぶん、今回のことでセキュリティホールもばれちゃったろうし……とキラは付け加える。
『無理はしなくていい。それよりも、早く戻っておいで。みんなも寂しがっている』
 その声を聞きつけたのだろう。バルトフェルドが優しい声でキラに話しかけてきた。それにキラが頷き返そうとしたその時である。
「残念だが、それは認められないな」
 クルーゼがわざとらしくキラの体を引き寄せながらきっぱりと言い切った。
『どういう事だ!』
「奪取してきた連合のMSのうちの一機、彼が奪取してきた機体のOSを彼が書き換えてしまってね」
 動かせる者がいない以上、責任を取ってもらう必要がある、とクルーゼが告げる。
『勝手なことを言わないで貰おうか。そこのはうちの子だ!』
「だが、こちらとしても切実なのだよ」
『冗談じゃない! そんなことを言って、うちの可愛いキラを毒牙にかけるつもりなのだろう。そんなことをしてみろ! 私だけじゃなく、地上部隊全てを敵に回すぞ』
 一体バルトフェルドは何を心配しているのだろうとアスランは思う。だが、他の者たちには思い当たるものがあるらしい。アデスやミゲルにいたっては困ったという表情で額を抑えている。
「おや? 何を心配されているのかな?」
 くくっと笑いを漏らしながら、クルーゼが言い返す。
『……何を? 地上部隊にだって情報は届くのだよ、ラウ・ル・クルーゼ隊長。君が部下を《顔》で選んでいるという話はね』
 ハーレムを作っていると言い切ったそうじゃないか! と叫ぶバルトフェルドの言葉にアスランは固まってしまった。
 確かにクルーゼ隊はコーディネーターの中でも格段に美形といえる人間がそろっている。しかし、それは単なる偶然ではなかったのか。そう思いながら、アスランは自分の上司をおそるおそる見つめた。
「当然だろう。顔の美醜と才能は比例するものだからね。それに、どうせ雁首を並べられるのなら、見目よい方がいいだろう。第一、貴方には言われたくない。愛人を任地においているそうじゃないか」
 だが、そんなアスランのささやかな願いをクルーゼの言葉が打ち砕く。
「……クルーゼ隊をやめたくなってきたな、俺……」
「あきらめろ、アスラン。別段手出しをされることはないから」
 ぼやくアスランにミゲルがフォローにならないセリフを投げかけてくる。
「ごめん、アスラン……ウチの隊長が……」
 自分の責任ではないだろうに、キラが小さな声で謝罪の言葉を口にした。
「キラが悪いんじゃないだろう」
 ため息をつく三人の脇で、クルーゼとバルトフェルドの言い合いが際限なく続いていく。
 その内容が次第にくだらないものになっていったのは気のせいだろうか。
 ザフトの有能な指揮官の評判を守るため、その内容は全て隠匿された。
 ただ、キラが期限付きとは言えヴェサリウスの住人になったことだけは事実であった。

ちゃんちゃん
03.04.28 up



書いていて楽しかったです。続きも書こうと思えばすぐに書けそうです。でも、読みたい方がいるのかどうかが問題ですが……