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「三蔵! あの村、何かやっている。お祭りかなぁ」 そう言ったのは四人の中で一番視力のいい悟空だった。ジープの後部座席に立ち上がって、伸び上がる様にして確認している。 「のぼりとか紅白幕とか見えるけど……それに、何かいい匂いがする。肉でも焼いているのかなぁ」 はっきり言って、三蔵達には匂いどころか悟空の言うのぼりすら見えないのだ。 「……さすがは猿だな……」 頭の上を押さえつけられる様な恰好になっている三蔵が呆れた様に呟く。 「食いモンに関しては犬なみだな……」 悟空の隣の席で悟浄がこう言うと、 「……おやつを食べていませんからねぇ……おなかがすいているんですよ、きっと」 ハンドルをにぎりながら八戒があははと笑って見せた。 「早く今見えている村に着かないと、ジープが悟空に食べられちゃうかもしれないですねぇ」 そう付け加えた八戒に、悟空が猛然と反撃する。 「そんな事しないよ! ジープってまずそうじゃン」 じゃ、うまそうだったら喰うのかい……と残りの二人が心の中で呟いたのは当然の成り行きだった。思わず救いを求めるかの様にたばこを取り出す。だが、お互いが同じ行動をとっている事に気づいて三蔵も悟浄も嫌そうに顔をしかめた。 「はいはい。そうならない様に急ぎますから、きちんと座っていて下さいね」 そんな中、八戒だけはペースを崩さない。何時もどおりのほんわかとした口調で悟空にそう注意をすると、アクセルを踏み込んだ。 村に着いた瞬間、悟空はもう大はしゃぎだった。と言うのも悟空の推測どおり村ではまつりが行われていたからである。 ふらふらと食べ物の屋台の方に行きかけた悟空の頭に三蔵のハリセンがヒットした。 「何すんだよ、三蔵!」 叩かれた場所を手で抑えつつ、悟空が唇を尖らす。その顔には『空腹』と『叩かれた事に対する不満』がはっきりと描かれていた。目尻に涙を浮かべれば、おそらく人のいいおばさんが助け船を出すかもしれない。 「この馬鹿猿! 勝手にうろつくんじゃねぇ」 だが、そんな悟空の表情になれきっている三蔵には何の効き目もあるわけがない。そう言うと同時にさっさと歩き出した。 「悟空。買い物は後でも出来ますよ。それよりもこれだけの人が集まっているんですから、宿が取れない可能性もあります。先に確保しておかないと今日も野宿になってしまいますよ」 思わず親に見捨てられた子供の様な表情で三蔵の後ろ姿を見つめていた悟空に、八戒がそう説明する。 「本当、三蔵サマったら言葉が足りないんだから」 その隣でたばこを口にくわえながら悟浄がそう呟いた。次の瞬間、彼の頭に小石がぶつかる。言うまでもなく先に歩いていた三蔵が投げつけた物だ。 「……何すんだよ、てめぇ!」 「うるさい! 変な事を言うんじゃねぇ。コロスぞ!!」 そう言いながらも昇霊銃を構えている三蔵の目は本気だった――と言いつつ、三蔵が本気でない時があるのだろうかと言う話もある。あるが、ここではひとまず脇においておこう―― 「駄目ですよ、三蔵。どうせ撃ったって悟浄は避けるんですから。他の人に迷惑が掛かってしまいますよ」 それでは他の人に迷惑が掛からなければいいのだろうか……と思わず突っ込みたくなる悟浄だった。しかし、八戒がそれについて明確な返答を返すかどうかというとかなり疑問である。 「ほら、馬鹿猿。ご主人さまが怒ってるぞ。そばに行って愛想振りまいて来い」 ともかくすべてこいつの我が儘から始まったんだとばかりに傍に居た悟空の背中を突き飛ばす。 「何すんだよ! 第一、俺は三蔵のペットじゃないぞ!!」 悟浄に突き飛ばされたという事実をあわせて悟空がそう噛みついてきた。 「何言ってるんだよ、猿! お前は三蔵サマのペット以外何の価値があるんだよ。喰う、寝る、遊ぶしかしてねぇくせに」 そう言いながら、悟浄は悟空の頭を小突く。 「……そういう悟浄はそれに酒・タバコ・女が増えただけじゃないか……」 どうやって仕返しをしてやろうかと考えながらも、悟空が反論してきた。 「おぉ、言うねぇ、お子さまが。どこでそんなセリフを覚えたんだ」 お兄さんに教えてみなと言われて、ついつい悟空は素直に口を開いてしまう。 「……三蔵とか八戒とか……」 「やっぱなぁ……」 でなければこの興味がある事には駄目といっても首を突っこむが、ない事には全然鈍いお子さまがあんなセリフを口にできるわけがないよな、と悟浄が苦笑を浮かべた時である。いきなり後頭部に何やら固い物が押し当てられた様な感触があった。恐る恐る振り向くと、そこには三蔵が凄絶な笑みを浮かべながら立っていた。 「どうやらこの頭はろくでもねぇ事しか考えられねぇ様だな……社会の為に吹き飛ばすか」 言葉と同時に三蔵は引き金にかけた指に力を籠める。 「三蔵さま、冗談だよ、冗談……やだなぁ、本気にしたのかよ」 頬を引きつらせながら悟浄がはははははと乾いた笑いを漏らした。だが、そんな悟浄の表情も三蔵を止める手段にはならなかったらしい。冷たい視線を向けたまま三蔵はさらに引き金にかけた指に力をこめた。 「駄目ですよ、三蔵。ここで悟浄を殺したらをせっかくお祭りを楽しんでいる方々の気持ちに水をさしてしまうじゃないですか」 そんな悟浄の危機を救ったのは、八戒のこのセリフだった。やっぱり、こう言う時には頼りになると悟浄が八戒に感謝の視線を向けようとする。だが、それで終わらないのが八戒だった。 「それに、ここで悟浄に死なれては荷物持ちが減るじゃないですか。そうなったら、買い物の時に困りますよ」 それ以外に俺の存在意義はないのか……と悟浄はショックを受けてしまう。だが、言った当人はそんな悟浄の様子など気にならないといった様子で三蔵を見つめていた。 やがて、三蔵は小さく舌打ちをすると拳銃をしまう。 「悟空。一時間だけ好きにしていいぞ」 ぶっきらぼうにそう言う。 「三蔵?」 ぱぁっと悟空の顔が明るくなった。しかし、本当にいいのだろうかというように悟空は三蔵の名を呼ぶ。 「嫌ならいいんぞ」 「嫌じゃない!」 「ならさっさと行って来い。一秒でも遅れたら置いてくからな」 そう言うと、話は終わりというように三蔵は袂からたばこを取り出すと口にくわえる。それを見た悟空はどうやら三蔵が本気でいっているらしいとようやく理解したらしい。身をひるがえすと早速かけ出そうとする。 「悟空。待って下さい」 そんな悟空を呼び止めると、八戒は幾ばくかのお金を彼に与えた。 「おやつはこれで買えるだけにして下さいね」 と言う注意とともにである。 「八戒、サンキュー」 そう言い残すと、悟空は今度こそ人込みの中にかけ出して行った。 二時間後、彼らは無事に宿に部屋を確保し、夕食も腹に詰め込む事が出来た。そのまま、食後のお茶でも……と部屋に戻った時である。 「三蔵、四十八手とってなんだ?」 今思い出したと言うように悟空が三蔵に問いかける。それに対し、三蔵は『いきなり何を言い出すんだ?』と言いたいような視線を向けた。 「広場でさ、相撲とかって言うのをやってて……その勝ち負けを決めるのだって聞いたんだけど、どんなのかしらねぇから」 どうやら、どこかで相撲大会があったらしい。お腹が膨れたので、ようやく疑問を思い出した……と言う所なのだろう。 「自分で調べろ。何でも人に聞くんじゃねぇ」 しかし、三蔵はそんな悟空の疑問に対しこの一言だけしか返さない。 「何だよ、三蔵のケチ! 知ってんなら教えてくれてもいいじゃねぇか!!」 そんな三蔵の態度に、悟空がふてくされる。だが、そんな悟空の態度になれきっている三蔵は気にする様子もなく眼鏡をかけると新聞を広げた。そんな三蔵を悟空が恨めしそうに睨み付けている。 部屋の中の空気が一気に重くなった。 「悟空。相撲についてはそんなに詳しくないのですが、僕が知っている事だけでいいなら教えてあげますよ」 ため息とともに八戒がそう口にする。 「えっと……」 どうしようかというように小首をかしげながら悟空は三蔵の顔を覗き込む。だが、彼が興味がないと言うように新聞から顔を上げないのを確認しただけだった。そこでようやくあきらめたのか、八戒の方へ歩み寄っていく。 「頼む、八戒」 「えっとですねぇ。確か勝負を決める為の技が48ぐらいあるからそう言われているようですよ。例えば、勇み足というのは『相手を土俵際に詰めながら、勢い余って自分の足を先に土俵外へ出してしまうこと』と規定されていたはずです……」 と八戒は次々と技の解説をしていく。だが、そんな八戒の説明も悟空の頭の中でうまくイメージが結べないのだろう。悟空は判ったような判らないような複雑な表情を作った。 「悟空? どうかしましたか」 そんな悟空の表情に気づいた八戒がそう問いかける。 「……ごめん……八戒が言っている事は判るんだけど、どういう状況なのかわかんない……」 本当に悪いという表情で悟空が口を開いた。 「あぁ、そんなに困ったような表情をしなくていいんですよ。考えたら今日初めて相撲を見たんですよね。だったら、判らなくても仕方がないです。本当は図解しながら説明してあげればいいんでしょうけどねぇ」 図鑑なんて持ってきていないですしねと、八戒は慌ててフォローをしはじめる。 「だけど、せっかく説明してくれたのに……」 と悟空は納得できない様子だった。 「四十八手の図なら持ってるぞ。何なら見せてやろうか?」 その時、ようやく部屋に戻ってきた悟浄がこう口を挟んできた。 「本当かよ」 妙に親切なその申し出に、悟空が疑いの眼差しを向ける。 「本当だって。まぁ、見たくないって言うのを無理にとは進めないけどな」 俺だってたまには親切な所を見せないとなと付け加える悟浄の表情には何時ものからかうような色はうかがえない。悟空はそんな悟浄を見つめながらどうしたものかと考え込んでいた。 「一応、見るだけ、見せてもらう……」 「了解。部屋に来な。荷物の中に入っているから」 顎をしゃくりながら悟浄が悟空を誘う。それを見て、今一つ気が乗らないというように悟空はもそもそと悟浄の方に歩み寄っていった。そしてそのまま二人はドアの向こうに消えていく。 直ぐに、隣の部屋からドアを開閉する音が響いてきた。 「……八戒……」 それまで呼んでいた新聞をたたみながら、不意に三蔵が声を掛けてくる。 「何です?」 「あの有害生物がまともな四十八手を教えると思うか?」 ぼそりっと呟かれたセリフの意味が八戒には直ぐに理解できなかった。しかし、考えてみれば『四十八手』と言うのは相撲だけではない。そして、悟浄の場合もう一つの方を実践している事の可能性が大きいのだ。 「確かめてきます」 悟空を一人で行かせるべきではなかったと反省しながら、八戒は部屋を出て行く。その後ろ姿を見送りながら、三蔵は昇霊銃の手入れを始めた。 次の日の朝、壁に開けた穴についてひたすら宿の主人に誤り倒している八戒の姿があった理由など、言わぬが花であろう。 ちゃんちゃん 「松葉くずしって寿司じゃなかったんだなぁ……」 八戒が運転するジープの上。あちらこちらに絆創膏を張りつけた悟浄の隣に座りながら助手席の三蔵に悟空がそう声を掛けてくる。だが、あえて三蔵は聞こえないふりをしていた。 それをどう判断したのか、悟空はさらに言葉を続ける。 「あれ? そう言えば、悟浄、前に『松葉くずしがうまい』って言ってたけど……」 次の瞬間、八戒が何故か急ブレーキを踏んだ。予想もしていなかった上に、シートベルトなどという面倒くさいものを身につけていない後部座席の二人はその衝撃に座席からずり落ちてしまう。 「……八戒、どうしたんだよ……」 座り直しながらそう問いかけてくる悟空に、どう説明しようか八戒はまた頭を悩ませる。 「……やっぱり、一度頭の中の風通しをよくした方がいいようだな」 三蔵は三蔵でそう言うと同時に、悟浄の頭に向かって昇霊銃を向けるのだった。 今度こそ終わる(苦笑) |