モーニングパニック「三蔵……」 まだ眠りの中にいたい時間帯だというのに、悟空の情けない声でただでさえ浅い眠りがあっさりと破られてしまう。 (この馬鹿猿! 人の眠りを……) そう思いながら、手探りでハリセンを探そうとして、三蔵はその手を止めた。 「悟空! 気がついたのか!」 一気に覚醒した意識のまま、三蔵は叫ぶ。そして、そのまま飛び起きた。 「なっ」 視線を悟空に向けた瞬間、三蔵は思わず硬直をする。 「……さんぞぉ……」 そんな三蔵の反応をどう思ったのか。悟空が泣きそうな表情を作った。 「……あぁ、あれか……って事は、本来そうなるのは俺だったってことか」 何を考えていたんだか、あいつは……と三蔵は小さく呟く。それはそれでインパクト大だろう。そして、彼らの気力を奪い取るのは目に見えていた。 などと考えているうちに、悟空の指がすがるように三蔵の服の裾を掴む。 「大丈夫だ。元に戻す方法は必ずあるに決まっている」 あの術について調べれば必ずな、と三蔵は悟空に向かって安心させるように微笑んだ。普段滅多に見せないそんな表情から、そう言う三蔵も実はかなり動揺にしていると言うことがわかる。もっとも、それを指摘するだけの余裕は悟空にもなかったが。 「本当だよな?」 不安を滲ませた声でごくうはさらに問いかけてくる。 「もちろんだ」 言葉と共に三蔵は悟空の体を引き寄せた。そして、その頭を撫でてやろうとして、違和感を感じてしまう。 「ったく……邪魔なのと可愛いのと紙一重だな、これは」 苦笑混じりに三蔵は悟空の頭に着いている『猫耳』を指でつまんだ。 「しかし、猿が猫になるとは……」 いいのか悪いのか、と三蔵はため息をつく。 「……三蔵……」 やっぱ、迷惑だったよな……と悟空が呟くように口にする。 「じゃねぇよ……八戒達の反応を考えたら、気が重くなっただけだ」 絶対騒ぐに決まっている……と三蔵がため息混じりに口にすれば、悟空はさらに顔をこわばらせた。 「ぜってぇ……悟浄になんか言われる……」 馬鹿にされるんだ、と悟空は瞳を潤ませる。 「いくらあいつでも……あり得るか」 悟浄の性格は三蔵達の常識から斜め45度の方角にひね曲がっているのだ。 「……やっぱ……」 「心配するな。八戒を巻き込めばいいだけのことだろうが」 そうすれば、八戒が怖くて悟浄はとりあえずおとなしくなるはず……と三蔵は口にする。 「……だといいけど……」 悟浄の場合、自分に被害額るとわかっていてもその場の楽しみのために敢えて地雷をふむのだ。今回もそうならないとか限らない、と悟空は思う。 「……でも、相手は、悟浄じゃん……」 「……本当にバ河童だからな、あいつは」 ため息と共に三蔵は体の向きを変える。 「三蔵?」 その行動に悟空が思いきり不安そうな表情を作った。 「とりあえず、八戒だけを呼んでくる。善後策を考えておくべきだろうが」 あのバ河童の対策を含めて、といいながら三蔵はベッドから滑り降りる。 「お前はここでおとなしく待ってろ」 いすの背にかけて置いた僧衣を羽織りながら、三蔵は悟空に声をかけた。 「……でも……」 「まだ悟浄に見られたくねぇんだろうが。おとなしくしてろ」 この一言で三蔵は悟空の反論を封じる。 「う゛〜〜っ」 予想通り悟空は頬をふくらませるものの、それ以上口を開こうとしない。その悟空に背を向けると、三蔵は帯を結びながら歩き出した。 「すごく可愛いですけど……目立ちますよね、これは」 悟空の姿を見た八戒は、いつもの穏やかな微笑みと共にこう口にする。その態度に、悟空は少しだけほっとしたようだった。 「いっそ、しっぽもつけてしまいましょうか。そうすれば、こちらも作り物だと思ってもらえるかもしれませんよ」 そうすれば、周囲の目はごまかせるだろうと八戒は付け加える。 「それも一考だな……問題は、周囲の目よりもあれじゃないか?」 「……悟浄ですか」 言われてみればそうですね……と八戒も小さくため息をつく。 「でも、ここに籠もっているわけにはいきませんでしょう、悟空?」 そうしたら、絶対に見られますよ……と八戒は付け加える。 「……わかってるんだけどさ……でも……」 やっぱ、いやだ……と悟空は主張した。 「その気持ちもわかりますけどね」 八戒が微笑みを悟空へと向けた。 「でも、悟浄だけ仲間はずれにできませんよ」 「……何も言わないならいいんだけどさ」 馬鹿にされるのだけは我慢できない……と悟空はさらに主張を繰り返す。 「ともかく、あのバ河童に釘をささねぇとな。猿が部屋からでねぇぞ」 第一、ウゼェ……と三蔵も悟空に味方をする。 「それは……否定しませんけど」 悟浄も学習能力がありませんからねぇ……と八戒はわざとらしいため息をついた。 「悟空の気持ちもよ〜くわかりますから努力はしましょう」 ねぇ、三蔵……と八戒は微笑みを彼に向ける。 「いっそ、コロスか?」 静かでいいかもしれねぇな……と三蔵は物騒なセリフを口にした。 「それは困りますよ。力仕事担当がいなくなるじゃないですか」 三蔵、買い出しに付き合ってくれます? と八戒が言い返す。本人が耳にしたら『俺の存在価値はそれだけか』と騒ぎそうなセリフだが、口にした当人はいたってまじめだったらしい。 「ウゼェ」 その言葉の裏にどれだけの意味が含まれているか、悟空と八戒にはわかる。 「と言うことですから、コロスのは我慢して……半殺しでとどめておいてください」 それもまたいいのだろうか、と悟空は思う。思うが、八戒と三蔵が納得しているのだからいいのではないかと納得をする。 「……それより、これ、なおんねぇの?」 悟空は自分の頭に着いている猫耳を指でいじりながらこう言った。 「可愛いんですけどねぇ……」 八戒はその悟空の指を外しながら口を開く。 「目立ちすぎますから……何とかしないといけませんね」 方法を探してあげますから、と、八戒は悟空に微笑みかける。 「八戒」 そんな彼に向かって、悟空がどこかほっとしたような微笑みを向けた。三蔵と八戒が味方に付けば怖いものはない、と知っているからだ。 「と言うわけで、それまではいつもの服は着ないようにしましょうね」 さて、どんな服が似合うでしょうか……と考え込む八戒に、それは早計だったのだろうか、と悟空は不安を覚える。 「……三蔵……」 「諦めろ、猿……」 不安げな悟空に、こういうしかない三蔵だった。 「マジ? それ、本物なのかぁ」 予想通り、悟浄がニヤニヤと笑いながら悟空の側へと歩み寄ってくる。そして、そのまま手を下ろすと、悟空の頭に着いている猫耳を引っ張る。 「いてっ! いてぇってばぁ!」 放せ、と悟空は悟浄の弁慶の泣き所を蹴飛ばす。 「ってぇ……」 さすがにこれが堪えたのだろう。悟浄は悟空の耳から手を放すとその場にうずくまる。 「……何するんだよ、この馬鹿猿!」 それでも恨めしげにこう口にするあたり、さすがは紅ゴキブリと呼ばれるだけのことはあるのだろうか。 「馬鹿はテメェだろうが!」 言葉と共に三蔵のハリセンが悟浄の頭の上に振り下ろされる。 「そうですよ、悟浄。これが三蔵でなかった……という事実に感謝するんですね」 悟空が彼をかばったから、この状況なのだ……と言いながら、八戒は八戒で掌に気を集めていた。 「……あの……お二人さん?」 かちゃっと音がした……と言うことは、三蔵が銃の撃鉄を起こしたからだろうか。 「一体何を……」 まずい……とその顔にしっかりと書きながら、悟浄は苦笑を浮かべている。 「何でしょうねぇ?」 「少しは自分で考えるんだな」 笑顔で言葉を返す二人が身にまとっている雰囲気が怖い。それを真っ正面から向けられている悟浄だけではなく、悟空まで本気で思ってしまう。 「……えっと……二人とも……」 あのさ……と悟空が言外にその事実を告げる。 「あ、はいはい。おなかが空いていたんですよね、悟空は」 朝ご飯はここで食べた方がいいですよね、と即座に八戒は気を散らしながら悟空へと笑顔を向けた。その豹変ぶりはいつ見ても見事だ、としか言いようがない。 「待っていてください。ついでに今の格好でも違和感がない服を調達してきた方がいいですよね?」 最後のセリフは三蔵への問いかけだ。 「そうだな……飯を食ってから頼む」 言葉と共に、三蔵はどこからともなく取り出したカードを八戒へと投げる。 「了解です」 任せてくださいとほくそ笑む八戒に、悟浄が嫌そうな視線を向けた。 悟空にいたっては、もう話を聞きたくないと言うように布団に潜り込んでいる。 「おや? 完全にすねてしまいましたね……これは早々にご飯を持ってきてあげないと嫌われちゃいますか?」 妥協しますか……と笑いながら八戒は部屋から出て行く。 「……あいつ、たががゆるんでるのか?」 それともねじが飛んだのか……という悟浄の疑問に答えられる者は、誰一人としていなかった。 「……菩薩様……」 菩薩の斜め後ろでその光景を見ていた二郎神がため息と共に呼びかける。 「何だ?」 くくっと笑いを漏らしながら、菩薩が言葉を返す。 「あれは……いくら何でもやりすぎではないかと……」 いくら事情があったとは言え……と付け加える彼に、菩薩はさらに笑みを深めた。 「いいじゃねぇか。似合うんだから」 金蝉達なら死んでもさせねぇがな……と口にしながら、菩薩は頬杖をつく。 「第一、あのままだと、あの時の惨劇が地上で起きるぞ」 その時、止められる者が果たしているか。そう言われて、二郎神は首を横に振る。 「ですが、あの子供の記憶は……」 「完全に封じてある。だが、あいつまでは封じられていねぇぞ。今までは金蝉でも何とか抑えられた。だが、あの光景を再び見せられて……あいつが正気でいられるとは思えねぇな」 そうなれば、自分で求められない可能性がある、と菩薩に言われてはもう何も言うことができないだろう。 「……だからといって、あれは……菩薩様でしたら、まったく影響を出さずにあの術を無効におできになるでしょうに」 そうすれば、悟空があんなに迷惑を被ることもなかっただろうと、二郎神は指摘をした。 「それじゃ、俺がつまらないだろうが」 無償でそんなことをすれば……と菩薩が言い切る。 「……菩薩様……それがお役目では……」 「何を言っている。んな事してやれば、あいつらは即座に物事を投げ出すぞ」 それじゃ、目的が達成できないだろうとまじめな口調で菩薩は言う。それに二郎神が頷きかけたときだった。 「それに、それじゃ俺がつまらないじゃないか」 ぼそっと呟く声が彼の耳に届く。 「……菩薩様?」 今何と、と二郎神が聞き返す。 「まぁ、術の影響がなくなれば耳は取れるさ」 一週間と言ったところかな……と白々しい口調で菩薩が口にした。 「本当にあなた様は……」 そんな菩薩に、二郎神はため息をつくしかできないようだ。 「とっとと西へ行けば、それだけ早く消えるかもな」 もちろん、それをまじめに受け止めることはできない。 「あの子達がそれに気づけばいいのですけどね」 三蔵と八戒のあの盛り上がりぶりではそれはそれで問題になるのではないだろうか。それを考えると、なんだか胃のあたりが痛くなってきた二郎神だった。 西はまだ遠い。 ちゃんちゃん |