Flower西への旅の途中。 この街で足止めを喰うことになったのは、単純な理由からだった。 ここまでの道のりの過酷さに、ジープがとうとうダウンしてしまったのである。その療養と、ついでに旅の途中でたまってしまったあれこれをこの場でいったん終わらせてしまおう……と一週間の予定で逗留することになったのだ。 久々に訪れた穏やかな時間に、誰もが思い思いの時間を過ごしている。 そんな彼らの耳に届くのは、部屋に備え付けられていたラジオの音だった。 「……何で、そんなことしたんだろうな……」 ラジオから気怠い女性の歌声が響いてくる。それを耳にした悟空が、ぼそっと呟いた。 「何がですか?」 しっかりとそれを聞きつけた八戒が悟空に向かって問いかける。 「どうしてさ。画家は住んでた家も大事なカンバスとか何かも売って、バラの花を買ったのかなって……だって、女優は画家のプレゼントだって知らないんだろう?」 この言葉で、八戒には悟空の言葉が何を意味しているのかわかってしまった。今彼らの耳に届いた歌の歌詞に疑問を持ったのだ、悟空は。 「そうですね……彼は、一瞬でもいいから女優の笑顔を見たかったのですよ。自分のためだけに浮かべられたね。それを見るためなら、命すらいらないと思っていたのかもしれませんよ」 果たしてこの言葉で悟空が理解してくれるだろうか。そう思いながら、八戒は悟空に自分の解釈を伝える。 「……そのくらい、女優が好きだったってこと?」 「と言うのとは少し違いますか。女優というのは誰にでも笑みを向けなければいけない職業ですよね。その笑みを得るためにはお金がかかります。残念ですが……でも、画家はそれが欲しかったのですよ」 その気持ちは好きと言ってもいいのでしょうけど……と八戒は微笑む。そんか慣れの前で悟空が小首をかしげて何かを考え込んでいる。 「三蔵のせっぽーが聞きたくて、あれこれキシンするのと同じこと?」 そして、悟空が口にしたのはこんな言葉だった。どうやら、自分が知っている状況で八戒の説明に一番近いものを探し出したらしい。 「まぁ、そう言うことでしょうか」 その根底にある感情が違うのだが……と思うものの、これ以上悟空を混乱させてしまっても仕方がないと八戒は頷く。 「……女優を好きになると大変なのかな?」 悟空がぼそっと付け加える。 「それは……その人の考え方一つでしょうね」 それが幸せだと思う人間もいるのだ、と八戒は一応画家をフォローするような言葉を口にした。 「……よくわかんねぇ……」 悟空は瞳を伏せるとぼそっと呟く。 「誰かが誰かを好きになって……その誰かを喜ばせようと何かをするのはわかるけど……それが自分に向けられたものじゃなくても嬉しいのかな?」 悟空が問いかけとは言えないような呟きを漏らした。 「いいんですよ、悟空はそれで」 好意は好意と受け止めて、その裏に隠されている者に気づかなくて……と八戒は心の中だけで付け加える。 「だけどさ……」 「たくさんある花はきれいですけど……一目見ただけでは一つ一つがどれだけきれいかわからないですよね? 女優や三蔵に集まる人々はそれと同じです。でも、悟空も画家も一人だけですから。だから、画家の歌はみんなの心を引き付けるのですし、悟空は僕たちにとって大切なんですよ」 他の誰にも返られないのだ、と八戒は付け加える。 「そう、なのかな?」 「そうですよ。何なら、三蔵や八戒に聞いてみてもいいですよ。悟空が悟空だから、大事なのかって」 きっと同じ事を言いますから、と八戒は微笑む。 「……わかった……聞いてくる」 言葉とともに悟空は立ち上がる。そして、とりあえず隣の部屋にいるであろう悟浄に聞きに行こうと駆け出していった。 「悟浄はともかく、三蔵は恥ずかしがって答えてくれない……と言う可能性もありましたね、そう言えば……」 まぁ、大丈夫でしょうが……と言いながら八戒も腰を上げる。 「さて……何を作ってあげましょうかね。今日のおやつは」 どうせ、すぐにおなかを空かせて戻ってくるのだから……と微笑みながら、八戒は冷蔵庫の中を覗いたのだった。 悟空が戻ってきたのは、それから1時間ほど経ってからのことだった。その手には大きなひまわりの花が一つ握られている。 「どうしたのですか、それ?」 その見事さに、おそらく自然に咲いていたものでないのではないか……と思いながら八戒は問いかけた。 「さっきの質問をさ、聞きに行っただろう? 悟浄はすぐに答えを教えてくれたんだけど……三蔵が教えてくれなくて……その代わりに、これ、買ってくれた」 どういう意味だと思う? と悟空は小首をかしげて八戒を見つめる。 「そう来ましたか」 三蔵のことだ。素直に答えを口にしないだろうとは思っていたが、こういう手段に出るとは思わなかった……というのが八戒の偽らない感想だ。 「八戒?」 どうやら、八戒がすぐに教えてくれないことが気に入らなかったのだろう。悟空が唇をとがらせながら彼の名を呼ぶ。 「悟空。三蔵は何か言っていませんでしたか?」 八戒が逆に問いかける。 「何かって……バラよりこっちの方が好きだっては言ってたけど……」 わけわかんねぇ……と悟空がぼやく。 だから、買ってくれたのだ……と言いながら、悟空の瞳が周囲をさまよった。その理由を八戒が的確に理解をする。 「さすがに花瓶はありませんでしたが……これなら十分代わりになると思いますよ」 悟浄の気まぐれも、たまには役に立ちますね……と言いながら、八戒が手にしたのは、酒の空き瓶だった。 「お酒の瓶ですが、きれいな色ですし……ね」 ひまわりも映えますよ……と言いながら、ふっと八戒はあることに気がついてしまう。 「……そう言うことですか……」 くすりっと笑いがこぼれ落ちる。 「八戒?」 一体どうかしたのか? と悟空がそんな八戒を見つめながら彼の名を口にした。 「三蔵は、バラをくれる人よりも、自分がひまわりを上げたい人の方が好きだって言いたかったんですよ、きっと」 でなければ、いくら何でも彼が『花』何か買わないだろうと。 「……そ、それって……」 いきなり指摘された事実に、悟空は目を白黒させている。 「みんな、悟空が大好きだって言うことですよ」 これで、結論が出ましたね……と八戒が微笑みを深めれば、悟空が小さく首を縦に振って見せた。 世界にただ一つだけの花。 それをあなたに…… 終 |