悟空は先ほどからこの場を逃げ出したい思いでいっぱいだった。
 しかし、光明を残してそんなことをできるはずがない。
 本当であれば、この場で誰かに助けを求めたいのだ。だが、タイミングが悪いことに三蔵も八戒もこの場はいない。唯一自宅にいたらしい悟浄が、先ほどこそこそと逃げ出していたことを悟空はしっかりと目撃をしてしまった。
 あのときに、彼を呼び戻しにいくと言って自分も逃げ出せばよかったのだろうか。
 そういっても、もう、後の祭りだろうが。
 それにしても、嫌いだといわれているのにどうしてこの男はこうしてやってくるのだろうかと思う。できれば会いたくないのに、と。
 それでもお客さんであれば相手をしなければならないんだよな……と悟空は心の中で自分に言い聞かせる。
「……悟空」
 そのときだ。
 不意に光明が声をかけてきた。
「……はい?」
 何を言われるのだろう……と思いつつ、悟空は彼に視線を向ける。
「すみませんが、ちょっとお買い物に行ってきてください。今、メモをあげますから」
 実のところ、一人で買い物に行くのはまだ怖い。それが、今まで行ったことがない場所であればなおさらだ。
 だが、目の前の男はもっと怖い。
 その理由はわからないが、どうしても好きになれないのだ。
 だから、光明のこの言葉に悟空は内心ほっとした。だが……と思う。果たして、自分に買い物がつとまるだろうか。その不安もまた、悟空の中には存在している。
「別に、僕は、お茶菓子がほしい訳じゃないんだけどね」
 そうすれば即座に烏哭が即座にこう言い換えしてきた。
「そう言うわけにはいきませんよ。もうじき、菩薩も来ますからね。彼女の場合、お茶菓子がなければどんなことを口にするか、想像できるのではありませんか?」
 優しげな笑みから飛び出した言葉が怖い。そう思ったのが悟空だけではないだろう。
「本当にいらないよ。僕はそろそろ……」
「逃げようとしても無駄ですからね」
 柔らかい口調で、光明は烏哭の動きを制する。
「そんなことをしたら、間違いなく菩薩が君のところに乗り込んでいきますよ?」
 さらに付け加えられた言葉に、完全に烏哭の動きが止まった。
「というわけで、悟空。お願いしますね。いつものお店ですから」
 完全に凍り付いている烏哭を尻目に何事かをさらさらと書き込んでいた光明が、悟空にメモを差し出してくる。
「後、好きなものを一つ買っていいですからね」
 この言葉に、悟空は小さくうなずいた。だが、それでも素直に喜べないのは、間違いなく目の前の存在のせいだろう。
 だが、菩薩が来てくれるのであれば大丈夫かもしれない。
 何よりも、光明が強いのがうれしい。
 この事実を胸に、悟空は彼からメモを受け取った。
「……いってきます……」
 そして、この言葉とともに悟空は立ち上がる。そして、ぱたぱたと音を響かせながら外へと駆けだしていった。

 悟空が戻ってきたとににはもう菩薩がたどり着いていた。
「おう。どうやら、一人でお使いができるようになったようだな」
 偉い、偉い、と彼女は笑う。その彼女の脇では、烏哭が白目をむいて倒れている。
「お疲れ様でした。悟空」
 一体何があったのか。それについては聞かない方が良さそうだ。そう判断をした悟空は正しいだろう。