「……これ、何?」
 悟空が興味深そうに八戒の手元を覗き込んでくる。
「これですか?」
 確かに、普通は見たことがないのだろうか。そう思いながら、八戒は微笑み返す。
「ぬか床、ですよ」
 春まで使っていて休ませていたものに、新しいぬかを足しているのだ、と八戒は説明をした。悟空が育ってきた環境であれば、こんな行為を見たことがないだろうと判断したのだ。
「何に使うの?」
 さらに悟空はこう問いかけてくる。
「これに野菜を入れれば、漬け物が出来るんですよ」
 ぬか漬け、好きでしょう? と八戒は付け加えた。
「うん! でも、家で作れるんだ」
 知らなかったと悟空は目を丸くする。
「もちろんですよ。でなければ、昔の人はどうしていたんでしょうね」
 自分の家で作るのが当然だったのだ、と八戒は笑う。
「もっとも、今はお店で買ってくるのが普通で、だから、そう言うことを職業にしている人もいらっしゃいますけどね。残念なことに、市販のものには食品添加物も入っていますから。僕は、それを食べたくないんですよ」
 悟空にも食べて欲しくないですから……と言えば、
「何で?」
 さらに悟空はこう問いかけてくる。
「あまり体に良くないからですよ。自然のものが一番です」
 だから、多少手間暇がかかっても自分が作るのだ、と八戒は口にした。同時に、今までぬか床をかき混ぜていた手を止める。
「悟空も、おいしい漬け物を食べたいですよね?」
 そして、こう問いかけた。
「もちろん!」
 八戒が作ってくれるご飯はおいしいから……とさらに八戒を喜ばせるセリフを悟空は口にしてくれる。
「それでは、お願いがあるのですが……かまいませんか?」
 お手伝いをしてください、と言えば、悟空は嬉しそうに頷く。
「何をすればいいんだ」
 そして、わくわくとした口調で問いかけてくる。
「悟浄の部屋からね。お酒を持ってきたいんですよ。ビールを入れるとぬか床がおいしくなりますし、それに、あの人にはお酒は、まだ早いですから」
 だから、荷物もちを手伝って欲しい、と付け加えれば悟空はしっかりと頷いて見せた。
「でも、あるのか?」
 そんなに、と悟空は小首をかしげる。普段『お金がない』と騒いでいる彼の部屋だから、そういうものがないのではないか、と。
「あるんですよ、あの人の場合……だから、お金がないらしいんですよね」
 もっと有益なことに使えばいいのに、と八戒はため息をつく。
「悟浄のお金で買ったんだろう? いいのか?」
 泥棒にならない? と悟空は問いかけてきた。
「盗むわけじゃなくて、預かっておくだけですから、かまいませんよ」
 詭弁と言われるかもしれないが、かまわない……と八戒は心の中で呟いた。だが、それで悟空は納得をしたらしい。
「わかった。なら、お手伝いする!」
 この言葉に、八戒は立ち上がった。そして、悟空の肩に手を置く。
「じゃ、行きましょうか」
 そのまま、ふたりでこっそりとあるきだした。
 その後の騒動はまた別の話、と言うことで。