「……なぁ、三蔵……」
 腕の中から呼びかけられて、三蔵は視線を下ろす。そうすれば、悟空の黄金の双眸が真っ直ぐに自分に向けられていることに気づいた。
「どうした?」
 ちゃんと本は読んでやっていただろう、と膝の上にいる彼に問いかける。
「じゃなくて……」
 何と言えばいいのだろうか、と言うように悟空は小首をかしげた。どうやら、言葉が見つからないらしい。
「……待っていてやるから、ゆっくり考えろ」
 他人と話すことが少なかった――あるいは皆無だったかもしれない――せいで、悟空は自分の感情を言葉で表現するのが苦手だ。
 それでも、ここに来てから一生懸命何かを訴えようとしている。その気持ちを積むような真似だけはしないようにした方が良い、と言う光明と八戒の言葉はもっともだ、と三蔵も思う。だから、彼は悟空に監視ってだけは気を長く持つことにしていた。
「んっとね……好きな人には、好きって言うのが正しいの?」
 そうじゃないから、お姫様と王子様は直ぐに仲良くできなかったのか、と悟空は問いかけてくる。
「それが正解だとは言い切れないだろうが、言った方が良いかもしれないな」
 そういう言葉を大安売りをしている人間――例えば、ここの三男坊だ――もいるがそれを悟空に教えても混乱するだけだろう、と三蔵は思う。
「ただ、日本には昔から、忍ぶ恋って言うのもあるからな。もっとも、お前達の年代じゃ、関係ないが」
 友達には素直に『好き』と言え、と三蔵は付け加える。
「ただし、嫌いと思っても、そう言わない方が良いぞ」
「好きは言っても良いけど、嫌いはだめなのか?」
 三蔵の言葉の意味がわからなかったのだろう。あるいは、そう言われたことがないのか。悟空は目を丸くしている。
「嫌いって言われて、嬉しい人間はいないだろう? だから、だよ」
 わかるか、と言われて、悟空はさらに首をかしげてしまう。
「そうだな……悟浄に、バカとか役立たずというようなのと同じもんだ」
 本当のことだけに、相手が怒る……と三蔵は口にする。
「それならわかる」
 本当のことを言われるとむっとすることがあるよな、と悟空は頷いた。
「そう言うことだ。だから、好きな人には好きと言っていいが、嫌いな人には何も言わないのが正しいんだな」
 もっとも、と三蔵は笑う。
「ただし、悟浄には好きなだけ言え。お前の言葉が一番あいつには堪えるようだ」
 少しは我が身を振りかえるだろう、と付け加える。もっとも、それで自分の行いを見直すかどうかはまったく別問題だろうが。
「三蔵がそういうなら、真実だよな」
 悟空は信じ切ったかのようなまなざしを向けてくる。
「そう言うことだ」
 そんな悟空の様子に、三蔵は彼には嘘を付けないな、と心の中で呟いたのだった。