何かが追いかけてくる。
 それが何であるのか、悟空にはわからない。
 ただ、あれに掴まってはいけない、と言う思いだけで、小さな体がはち切れそうになっていた。
「……やだ……」
 それでも、逃げなければいけない。
 そうしなければ、自分は……
 こう考えて、悟空は再び止まってしまった足を動かす。
 だが、どれだけ速く走っても、それは悟空の直ぐ後ろを追いかけてくる。
「……やだ、やだ……誰か、助けてよぉ……」
 悟空の大きな瞳から、とうとう涙があふれ出す。
 それでも、誰も助けに来てはくれない。
 いや、この場には自分とあれ以外存在していない、と言うべきか。
「やだ、怖いよ……」
 言葉と共に悟空は走る方向を変えた。
 その瞬間、悟空の後れ毛をそれの手がかすめる。
 辛うじて、今回はその手を逃れることが出来た。だが、次も大丈夫だろうか。
 そんなことを考えながら、悟空はまた走り出そうとする。
「えっ?」
 だが、足首に何かが絡みついて、それができない。どころか、そのまま真っ直ぐ前に倒れ込んでしまった。
 しかもだ。
 そのまま、それが悟空にのしかかってくる。
「や、やだ! 誰か!」
 このままでは、これに自分が消されてしまう。そう考えて、悟空がパニックになり始めたときだ。
 真っ暗だったはずの周囲が不意に明るくなる。
 そして、あれが何かによって吹き飛ばされているのもわかった。
「……誰?」
 助けてくれたのは……と呟いた悟空の頬を、優しい手が包み込んでくれる。そのぬくもりが自分を安心させてくれることに悟空は微笑んだ。

「……大丈夫だな?」
 再び目を開ければ、そこはようやく見慣れてきた三蔵の自室だった。
「三蔵?」
 どうして彼は、こんなに不安そうな表情をしているのだろうか。その理由がわからなくて、悟空は小首をかしげる。
「うなされてたぞ、お前」
 怖い夢でも見たのか、と三蔵は悟空の頬をそうっと撫でてくれた。そうすれば、嬉しいと思えるのは事実だ。
「……夢……何かに追っかけられてたかも……」
 よく覚えてないけど……と悟空は付け加える。
「そうか」
 何かを知っているのだろうか。三蔵は微かに眉を寄せる。だが、それも直ぐにかき消された。
「なんか飲むか? それとも、汗を拭くか?」
 そしてこう問いかけてくる。
 今なら、少しぐらいわがままを言ってもいいのだろうか。彼の様子を見て、悟空はそう思う。
「あのね……」
 思い切って、悟空は口を開く。そうすれば、三蔵は視線だけで次の言葉を促してきた。
「……ぎゅっとしてくれる?」
 この言葉に、三蔵は一瞬、目を丸くする。だが、直ぐに苦笑を浮かべた。
「ばーか」
 そして、こう言いながらそうっと悟空の体を抱き起こしてくれる。
「そのくらいなら、いつでも叶えてやる。だから、遠慮せずに言え」
 ぎゅっと抱きしめてくれる腕が、彼の言葉が嘘ではないと教えてくれた。
「……うん……」
 そして、これだけであれがもう二度と自分の側にやってこないのでは、と思える。その事実に安堵のため息をつきながら、悟空は彼の胸に額を預けた。